第41話 課題整理④
「俺はこれから残ってる仕事を片付けにかかるけど、相模は今日の進捗どうだ?」
「大丈夫です。時間に余裕があるので、これから和泉ちゃんを慰めに行ってきます。じゃあ……ハイ」
右手を差し出してくる。
お昼のパン代と和泉ちゃんへの慰謝料合わせて、三〇〇〇円を寄越せということだろう。財布を取り出して中身を確認するが、あいにく一万円札しか持ち合わせがない。
「お釣りはあるかい?」
「一万円札ですか……ありませんね。どうします?次回の慰謝料に備えて、お釣りをチャージしておきますか?相模ペイです、便利ですよ」
「次はないと願いたいが……相模ペイにチャージするメリットはあるのか?」
「ポイントがたまります」
「ポイントがたまると?」
「特典がもらえます」
「どんなメリットが?」
「叱られる時の罵り方を選べるようになります」
「例えば?」
「先生、姉、悪役令嬢、背後霊から選べます」
「先生や姉は新鮮味がないなー……それに最後のはなんだ?」
「背後霊です」
「いや、それは分かるけど、どんな罵り方なんだ?そもそも背後霊は話せるのか?」
「知りたければポイントを貯めてください」
卑怯な商売だ。
「ポイントはどうすれば貯まるんだ?」
「チャージしていただければ貯まります」
「慰謝料を求められるたびにチャージすればよいと」
「これでは先輩のいたずらが減りませんね。思い付きで喋ってみましたが、システムに限界が来たようです」
「いや、罵り方変わってもそんなに嬉しくないから」
「ある界隈ではご褒美ですよ、ご褒美」
「ちなみに罵る相手を選ぶことはできるのか?」
「えっ」
どんな反応するか、石見あたりで試してみるか?どうせあいつは何かやらかす。
「……先輩だけがいいです」
予想しなかった反応。
それに上目遣いで見るな、卑怯だ。
結局、一万円札を渡してお釣りは相模ペイにチャージされた――。
「冗談だったんですけど……」
相模が出かけてしまったので、今朝から残っている仕事を片付け始める。
残っているではなく、「手つかず」と言ったほうがいいかもしれない。
まずは同僚が作ったソーシャルゲームのイベント企画の確認からだが、思ったよりボリュームがある。以前はそっけないほど簡潔で薄い資料も多かったが、AIを使い始めてからというもの、軒並みどの資料もページ数が増えている気がする。
おかげで理解度や納得度は上がったが、読み込む時間そのものも増えているので、時短には繋がっていない。
AIが普及したことで、必ずしも仕事が早く終わるわけではないらしい。
一人で仕事をしていると余計なことを考え出すな、と内心で苦笑いしているところに相模が帰ってきた。
「はい、お釣りです」
「相模ペイにチャージしなくていいのか?」
「よく考えたら私がお金を持つ必要はありません。気前のいい先輩から奢って貰える『因幡ペイ』の方が便利でした」
「酷い」
「冗談です。それから、先輩の分です」
「ありがとう……でいいのか?」
「では、和泉ちゃんのところに行ってきます。お仕事頑張ってくださいね」
机の上には七〇〇〇円と、高そうな箱に入った栄養ドリンクが残された。
三〇〇〇円は取りすぎと思ったのだろうか、どうやらキックバックらしい。
ありがたく……ありがたいのか?
元は自分のお金なのだが。
腑に落ちない気持ちで箱を回し、成分を確認する。
「凄九」マカと亜鉛……九種類の成分入り。
……相模よ、これは精力剤だ。
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「これは先輩からのお詫びです」
「私が勘違いして怖がっただけなのに、申し訳ないです」
「先輩も悪気はなかったんですよ。ただ、ふざけすぎただけで。時々やりすぎるので、きちんと叱らないとダメなんです」
「相模ちゃんは、年上の男の人をよく叱ることができるよね。そこが凄いよ」
「うーん、慣れですかね……いつの間にか慣れてしまったような気がします」
「うらやましいなー」
「えっ」
「私も男の人をビシッと叱れるようになりたいなー。さっきの相模ちゃん、格好良かったなー」
「うーん、和泉ちゃんは無理しなくてもいいと思いますが。でも今度のプロジェクトでは後輩もいますし、可愛いところだけじゃなくて、たまにはビシッと叱る姿も見せた方がいいですかね。よし、時にはビシッとガツンといきましょう。試しに先輩に頼んで練習してみますか? 『和泉ちゃんに叱られてください』って頼んでみますよ」
「さすがに無理があるんじゃない?あと、反撃が怖いし……」
「私と一緒なら大丈夫です、反撃にも慣れてますから。ちょっとMP(精神力)を削られるだけです」
「それが怖いんだって……慣れって怖い」
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「と、いうわけなんですよ。和泉ちゃんに叱られてもらえませんか」
「帰ってくるなり何を言い出すかと思えば……」
相模がおかしな提案を持って戻ってきた。
「ダメですか?」
「普通、『うん』とは言わないよな」
「じゃあ、先輩を呼び捨てにしてもいい権利と交換でどうですか?」
まだ覚えていたのか……。
あれは適当な思いつきだったので、オチを考えていない。
扱いに困っていたのも事実なのだが。
「分かったよ……冗談のつもりだったけど、誕生日プレゼントもそれでいいな」
「それはダメです。相模さんの好感度が爆下がりします」
「欲張りだな。プライスレスだぞ、その権利は」
まあ話のネタになるから和泉ちゃんに怒られるのも悪くないが、今日は相模に怒られる姿を結構な人数に見られている。
……そういえば、石見もいたな。
また叱られている姿を目撃されたら、いよいよ私の評判が危うい。
本物のMだと思われてしまう。
「じゃあ、俺の代わりに誰かを叱ってもらうってのはどうだ?」
「はい?」
「そのままだ。俺が誰かを叱りたくなったら、代わりにその人を和泉ちゃんが叱る。これなら俺もOKだ」
「そんな都合のいい人いるんですか? まさか私じゃないですよね」
相模が引き気味に身構える。
「叱りたいのは年上の男だろ」
「そうでした」
「まあ、心配するな、和泉ちゃんが叱る時は一緒にいてあげるから」
しかし本当にそんな場面が来るのだろうか。
「さて、話はまとまったわけだが」
「まとまったんですかね……」
「相模が変な話を持ってくるからだ」
「すみません、調子に乗りすぎました」
「罰として仕事を割り振ってもいいか?」
「どんな仕事ですか、標語作りでしょうか」
相模が再び身構える。
「いや、標語の作成は後回しだ。もう少し二人で考えを突き詰めて、俺たちの間の認識にブレがなくなってからだな」
「確かに。言葉だけ立派でも、二人で解釈が違っていたら示しがつきませんもんね。それで、具体的にどんな仕事をすればいいんですか?」
「今日の打ち合わせで、面白さについての課題が見えてきただろ」
「はい、そうですが」
「だが、まだ課題の粒が大きい。だから分解してほしい。ただし……」
「ただし?」
キーボードを叩き、ディスプレイに映るメモへ文字を打ち込んでいく。
成長の可視化):明確な課題あり。レベル・強化要素の考慮が必要。
・ステータスに反映するパラメータを決める。
・プレイヤーキャラクターのパラメータを決める。
・ピーターのパラメータを決める。
・レベルアップにより成長するパラメータとそうでないパラメータを区別する。
「細かくして、何を決めるか分かり易くすればいいんですか」
「……残念ながら今見せたのはダメな例だな。いずれ決めなきゃいけないことだが、パラメータを決めることが、どう面白くなるかに繋がらないといけない」
「確かにそうですね。どうしたら面白くなるかという視点で課題を分解しないといけないということですね」
「その通り、でも無理しなくていいからな」
「試しにやってみます」
隣で相模が、ディスプレイの文字とにらめっこを始めた。
真面目に考えているのだろう。時折、首を捻ったり、一文字も見逃すまいとディスプレイに顔を近づけたりしている。
その横で、私はひたすら残った仕事を片付けていく。
相変わらず人の少ないオフィスで、定時を迎えるまでそんな光景が続いた。
「お疲れ。どうだ?」
「うまく整理できたところと、そうでないところが半々といったところでしょうか」
「この短時間でそこまでいけば上出来だよ」
「今、確認しますか?」
「いや、明日じっくり見よう」
「じゃあ、明日のミーティングを予約しておきます……いえ、もうまとめて今週分を押さえちゃいますね」
「助かるよ。俺からも日向さんに、こちらに回ってくる仕事のボリュームを調整できないか頼んでみるよ」
「お願いします」
他の課員に多少のしわ寄せが行くことになるが、背に腹は代えられない。
元はと言えば、こんな無茶なプロジェクトをねじ込んできたCFOと言い出しっぺの日向さんのせいだ、と心の中で開き直る。
――おかげで、人生でここまで「ロールプレイングゲームの在り方」について深く考える貴重な経験ができているわけだが。
「相模はもう上がっても大丈夫だろ?」
私は肩を回して凝りをほぐしながら、声をかけた。
「先輩はまだ残っていくんですか?」
「ああ、この分だと二十一時ぐらいまでかな」
午前中寝ていた分が、まるっと残業時間になっている。
「手伝いますよ。今日のところは、先輩は早く帰って寝た方がいいと思います」
「いいのか?」
「いつもは私が手伝ってもらっていますから」
「すまん、じゃあこれをお願いする」
タスク資料が格納されたリンクをチャットで送る。
「お任せください」
「助かるよ。……しかし、会議の後の議事録作成にAIがやってくれるのは楽だな。以前ならもっと仕事が残ってたところだ」
「でも、あの議事録AIはたまに変なことを書きますけどね。なぜか行間を読みすぎている気がします」
相模がキーボードを叩く手を止めて笑う。
「行間を勝手に読んで要約するAIか。……便利なんだか、お節介なんだか。まあ、気にしても仕方ないか。よし、もう一踏ん張り頑張るか」
再び心地よいタイピングの音が重なり始めて数分。ふと思い出したように、相模が私のデスクの端を指差した。
「そういえば先輩。栄養ドリンク飲まないんですか? 高かったんですよ、それ」
「……相模」
私はキーボードを叩く手を止め、机に置かれた「凄九」の箱をじっと見つめた。
「はい?」
「栄養ドリンクっていうのはな、用途によって種類があるんだよ」
「種類、ですか?」
「これは……その。男の、なんていうか、『アレ』向けだ」




