第40話 課題整理③
「——よし、二人の意見をまとめるとこんなところか」
AIが提示した『一般論』との差)
・成長の可視化:明確な課題あり。レベル・強化要素の考慮が必要。
・戦略的な攻略:明確な課題あり。アクションの仕様を詰める。
・未知の探索:『こじんまり感』をどう魅力に変えるかが鍵。
・物語への没入:現状維持。独自性を強みとする。
・努力の報酬:概ね良好。おまけ要素の検討。
「いいと思います。大きな課題は成長の可視化と戦略的な攻略ですね。ただレベル・強化要素については先輩も事前に検討していましたし」
「未知の探索については世界観の提示の仕方を工夫しよう。物語への没入は俺たちが一番力を入れてきた部分だし、ひとまずはこの線を信じる。努力の報酬はストーリークリアへの報酬以外の何かだな……よし、やるべきことが見えてきたな」
さあ、次は……と言いかけたところで相模からストップがかけられた。
「やるべきことは見えてきましたが」
「見えてきたが」
「これ、全部自分たちで決めますか」
「というと?」
相模がディスプレイに映るリストから目を離し、こちらを見つめてくる。
何か考えがあるようだ。
「日向さんは『コアな箇所は二人で決めろ。後から決めても問題ない枝葉は他のメンバーに任せろ』って言ってましたよね? 全部私たちで決める必要があるんでしょうか?」
相模は少し言葉を選ぶようにして、こう続けた。
「必要があるというよりも……全部私たち二人で決めた方が、本当に面白くなるんでしょうか?」
「なるほど、一理ある。課題を仕分けする時の重要なポイントだ」
――ただそこで、何かが引っかかる。
そうだ、日向さんの言葉の捉え方が私と相模の間で異なっていた。
(大事な課題の解決を人任せにしちゃダメだぞ。コアな箇所は因幡と相模が決めるんだ。後から決めても問題ない枝葉だけを他のメンバーに任せられるようにしろ。この前も言ったが、コアな部分を大勢でいじると作品の純度が落ちるからな)
日向さんが言ったことを正確に思い起こす。
「でも、相模は日向さんの言葉を少し誤解している」
「最初から課題の解決を人任せにしちゃダメ、という点ですか? それなら覚えていますし、注意もしますけど」
「そうじゃない。日向さんは『任せろ』じゃなくて、『任せられるようにしろ』と言ったんだ」
「任せられるように、コントロールしろ……ということで合っていますか?」
少し考える仕草を見せたあと、相模が自分なりの回答を出す。だが、惜しい。
「もう一息だ。任せられるように、コントロールできるようにしろということだよ。俺たち自身でな」
自分なりの解釈だが、おそらく間違っていないはずだ。
「なるほど、その捉え方の方がしっくりきます」
「ハイフライヤー開発からの教訓だろう。これは管理上の課題になるな」
「管理上の課題ですか?具体的に、どうやってコントロールするつもりですか?」
「さっきのやり方が意外と手応えあったからな。判断のブレをなくすために、またチェックリストでも作るか?」
今までチェックリストに頼る進め方は効率が悪いと考えていた。ただし明確な基準を設けて判断することには、確かな効果があると思い直したのだ。
「ええ……チェックリストですか。そんなものばかり量産してたら、後から参画するメンバーに嫌がられますよ」
「すまん、チェックリストというより『基本的な考え方』を表したものかな。憲法のようなものを作るのはどうだ?」
「日本国憲法の第一条って、なんでしたっけ?」
不意打ちの質問に言葉が詰まる。相模はそれ見たことかと、にんまりとする。
「……」
「作るにしても、覚えさせる手段が必要ですね」
「あるいは覚えられるよう短くするかだな」
「標語程度ですね。『みんなで守ろう優しい世界』ぐらいですかね。それにしても、急にチェックリストがお気に入りですか?普段は効率が悪いってブツブツ言ってるのに。『尻派』から『胸派』に乗り換えたみたいな宗旨替えですね」
例えがひどい。
ただ、リストを使っているうちに、思うところがあった。
「なあ相模。今回のプロジェクトに参画するメンバーは若いだろ。以前も言ったが、俺が最年長だ」
あとは石見も。
「最年長を強調しますね。リーダーとして仕切りたいんですか?」
「そこまで俗な考えじゃない。若い連中が迷った時の『道標』くらい必要だろう、と思ったんだ」
真剣な口調で告げると、相模は、じっとこちらを見つめた。
「道標、ですか」
「うん。古くさい日本の会社だと『社訓』なんてものがあるだろ。最近じゃ時代遅れだと一蹴されがちだけどさ」
「たしかに。意味がないと思っている人が大半でしょうね」
「だが海外の会社にも同じようなものはあるんだ。経営理念とかそういう言葉でな。あちらは日本より人の出入りが激しい。だから新しく来た人間にも何を重視すべきか分かりやすく伝えるための言葉を用意しているんだ」
「なるほど」
「今回は経験の浅い若手ばかりが集まる。だからこそ全員が重視すべきことを教えなきゃいけない。そのためには道標となる言葉はあったほうがいい」
私の言葉を聞いて、相模は膝の上で無意識に指先を組み、私の言葉をなぞるように何度か小さく瞬きをしたあと、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、いつもの茶化すような光ではなかった。
「……今の先輩、ちょっとカッコよく見えます」
少しの沈黙の後、相模がぽつりと呟いた。
「わかります、その必要性。みんなが同じ方向を向くための道標があれば、迷う時間は減りますもんね。それに、先輩がそうやって後に続くメンバーのことまで考えてるんだって分かって、ちょっと感心しました」
相模はそう言って、どこか誇らしげに、それでいて少し照れくさそうに微笑んだ。
「じゃあ、『因幡さんはかっこいい』でいいか?」
「さっきのいいセリフが台無しですよ。あと意味が分からなすぎて、確実に遭難しそうな道標です」
「じゃあ、『相模はかわいい』で」
「……ふふっ、そっちの方がまだマシですね」
「相模はかわいい」
「やっぱり、やめてください」
「相模はかわいいなー……相模が一番かわいい」
「いつまでバカなこと言ってるんですか。ほら、仕事に戻ってください」
顔を赤くして私の肩をバンバン叩き続ける相模を、私はニヤニヤと眺めていた。
その時だった。
「そろそろ終わったか? 今日はこれから外出する……ことに……」
唐突に日向さんがドアを開けてミーティングルームに入ってきた。
「ごめん、でも相模はかわいい――」
最悪のタイミングだった。
日向さんは無言で「すまん」とだけ言い残し、バタンとドアを閉めた。
時計を見ると、すでに予定時間を過ぎている。
「……」
「……」
「どうしよう」
「先輩がふざけるからですよ……!」
誤解を解こうと日向さんを追ったが、廊下にその姿はすでになかった。
「さて」
「『さて』じゃないです。……ただ、今日はもうおしまいにしましょう」
「そうするか。じゃあ議事録をAIに作らせて、内容を確認したら終わりにしよう」
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第9回・国民的大人気RPG制作会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 相模(司会・記録)、先輩(因幡)
1. 会議の目的と視点の転換
これまでの開発者視点による評価から脱却し、本質的な「ゲームとしての面白さ」を追求するため、プレイヤー視点に立った課題の洗い出しを行うことで合意した。
2. RPGにおける「面白さ」の定義と現状分析
作成した「面白さチェックリスト」に基づき現在の企画案を5つの評価軸で照合し、以下の通り課題を整理した。
・成長の可視化: 課題あり。プレイヤーキャラクターおよびピーターのレベル概念、強化要素のシステム再考を要する。
・戦略的な攻略: 明確な課題あり。アクションの仕様を詰め、パズルを解くような戦略的バトルの構築を目指す。
・未知の探索: 概ね良好。舞台設定による「こじんまり感」を子供の視点を通した「未知のワクワク感」へ昇華させる演出を工夫する。
・物語への没入: 現状維持。操作キャラが主人公ではない特殊な構造を、独自の世界観として継続する。
・努力の報酬: 良好。親友との再会等の情緒的報酬に加え、マップ踏破報酬やクリア後の隠し要素の検討を追加する。
3. チーム運営における「道標」の策定
今後参画する若手メンバーが判断に迷わないよう、プロジェクトの根幹となる指針(憲法・標語)を作成する方針を決定した。
・目的: コアな仕様は主導しつつ、枝葉のタスクを他メンバーが自律的に判断・コントロールできる土壌を整えるため。
・手法: 経営理念や社訓のように、シンプルかつ記憶に残る言葉で「重視すべき価値観」を言語化する。
4. その他(特記事項)
課題解決における他メンバーの関与について
・課題の一部を他メンバーに委ねるかについて、相模氏より提議があったが、結論は持ち越しとなっている。
会議終了間際の突発的事象について
・定時経過後、因幡より相模に対し「相模はかわいい」等の不規則な発言が反復して行われた。
・当該発言の最中に第三者が入室し、即座に退室するという事故が発生。
・本件により生じた気まずい空気および社会的評価の毀損について、相模より「ふざけた先輩が100%悪い」との断定的な見解が示され、因幡もこれを追認した。
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「いつも通り、特記事項の一部以外はいい出来ですね」
「オチをつけることを学習しているのかもな。ただ今回は削除しないで、このまま見せるか?」
「日向さんの誤解を解くためですね。どんな誤解をされましたかね……」
相模は、ディスプレイ上の『相模はかわいい』という文字列をにらんでいる。




