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第4話 表と裏の事情③

「先輩、ありがとうございました。お礼といってはなんですけど、これから夕食を食べに行きませんか?」


「ひょっとして奢りか?」


 帰り際、相模から今日の手伝いに対するお礼と提案があった。確かに腹を空かせるにはちょうどいい時間帯だ。ただ、今日はこのあとに用事がある。たとえ「奢り」だとしても、気持ちだけ受け取っておくべきだろう。


「先輩、前に奢られるの苦手って、言ってましたよね。私は奢られるのが大好きですけど! でも、いつも奢ってもらってばかりで悪いなと思っているので今日はワリカンです! いつもの半額で済みますよ、お得です!」


 理由なく奢られるのは落ち着かない。だが、明確な「対価」としての奢りなら吝か(やぶさか)ではないんだが……いや、今日くらいは素直に奢ってくれてもいいんだぞ?


「ごめん。悪いけど、今日はこのあと、人と会う予定があるんだ」


 魅力的な「半額」の誘いだったが、先約を優先させた。今日を逃せば、次に会えるのは1週間後。それまでモヤモヤを抱え続けるのは避けたかった。


「えー、残念です。では埋め合わせはまたの機会にお願いします。埋め合わせとして今度は奢ってくださいね?」


 あれ、いつの間にか自分が奢る流れにすり替わっていないか? いつの間にそんな高等話術を身につけたんだ。

 

「ごめんな、相手の都合もあって水曜日の二十一時頃じゃないと会いにくいんだよ」


「怪しいですね……お姉様と会話するお店にでも予約入れちゃいました?」


「アホか。まあ、これから会う人が女性であることは確かだけどな」


 奢りの件は華麗にスルーしながら、少し思わせぶりな台詞を投げてみる。

 

「へぇー……ちなみに、おいくつくらいの方なんですか?」


 食いついた。これだから恋愛脳は。


「四十後半だな。まだ五十まではいってないと思うけど、正確には聞いたことがないな」


「私の倍じゃないですか! 先輩、年上好きだったんですか? 熟女趣味?」


「体重の話だ。痩せ気味だからそれくらいだと思うぞ。そっか、相模の倍か。……相模、軽すぎじゃないか?」


「…………」


 相模が沈黙した。今のジョークは少し滑ったらしい。

 

「悪い悪い、冗談だ。年齢もそれくらいだよ。確かに倍だな、合ってるよ」


「ならいいですけど。今の『フリ』は難易度高すぎます、反省してください。

 ……で、本当にどういう関係の人なんですか?親戚の方ですか?」

 

 いつの間にか駅が近づいていた。ここで説明するには少し情報量が多い。

 だが、コーヒーを一杯飲むくらいの時間なら作れるだろう。そう思い直し、相模を誘ってみる。


「まだ少し余裕があるから、コーヒーでも飲んでいこう。そこで説明するよ。

 ……仕事を手伝ったお礼に、デザートは奢ってくれよ?」


 奢らせる分には、ちっとも嫌いじゃない。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……ほとんど夕飯を食べるのと変わらないな」


 初めて入るカフェだったので、注文は何度か来たことがあるという相模に任せてみた。

 

 ——そして目の前に現れたのは想像以上の大きさの積み重なったパンケーキ三枚。その上には山盛りのホイップクリームとこれでもかとフルーツが盛られていた。量の問題もさることながら、これを短時間で食べきれるだろうか。時間がないとは伝えてあるはずなのだが。

 

「食べ切れないなら、一枚ください」


 最初からそれが狙いだったのだろう。彼女が自分の前に置いた小ぶりのオレンジケーキを見つめながら、そう確信する。

 だが、二枚でも相当なボリュームだ。昼間に食べたナンと合わせて、今日は小麦粉にまみれた一日である。


 さて、これどう分ければいいんだ? ひょっとして自分は「パンケーキを等分できない大人」だったのか……?


「それで、その女性との関係は?」


 パンケーキの分け方に集中していた自分へ声がかかる。ひとまず店員を呼んで取り皿を注文し、時間を稼ぐことにする。その間に分け方を考えよう。

 

「ド直球だな……」


「話が脱線して長引いて、待ち合わせに間に合わなかったら悪いです」


 これでも気を遣っているつもりらしい。


「じゃあ、こっちもストレートに答えるよ。これから会おうとしているのは……『CFO』だ」


 ホイップクリームとフルーツが雪崩を起こさないよう慎重に、一番上のパンケーキを丸ごと彼女用の皿へと移した。


 ところで、女子へのパンケーキの取り分け方として、これは正解なのだろうか。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 CFOとの出会いは十年近く前まで遡る。もっとも、出会ったのは現実ではなく「オンラインゲーム」の中だ。国民的な知名度を誇るRPGから派生したオンライン版の世界で、私は女性キャラクター姿の彼女と出会った。


 彼女のプレイヤー名は「レイチェル」、魔法使いタイプのキャラクターだ。

 対する私は「黒ウサ」、戦士タイプだ。


 名字(因幡)にちなんだ動物のウサギと、当時、日焼けをしていて「黒かった」自分の見た目をひっかけて名付けた安直な名前である。ただし、外見は女性にした。キャラクタークリエイト中、カメラのローアングル規制が案外ゆるいことに気づき、「どうせ眺め続けるなら可愛い方がいい」という下心全開で、そのまま女性キャラにしてしまったのだ。無論パンツ見放題である。


「なんとなく」で始めた私は決して熱心なプレイヤーではなかったが、ログインのタイミングが重なる彼女とは自然と顔を合わせる機会が増えた。しばらくするとチャットを交わすようになり、情報交換やクエストを共にする仲になった。


 もし彼女が「女性プレイヤー同士」だと思って声をかけてきたのなら申し訳ない、という罪悪感がなかったわけではない。だが、私自身も彼女の性別を確信していたわけでもないし、オフ会でもしない限りは問題ないだろうと考えていた。


「実はね、ゲーム会社で働いているのよ。たまに他社の作品も遊ばないと視野が狭くなっちゃうから。まあ、ライバル調査ってほど大層なものじゃないけどね」


「向こうはライバルと思ってなんかいないでしょうけど」と、自嘲気味に付け加えながら、彼女があまり見せないプライベート面を明らかにしてくれたことがあった。

 

「どんなゲームを作ってるんですか?」


 ボイスチャットで話す機会はこれまでにもあったが、どことなく年上を感じさせる雰囲気があったため、私の言葉遣いは自然と丁寧なものになっていた。


 ちなみに「声」の方も、ボイスチェンジャーを使って入念に「女声」へと変換している。


「RPGがメインよ。結構売れた作品もあるからゲーム好きなら、プレイしたことあるかもね。それからソシャゲも最近リリースしてるわ」


「タイトル教えてくださいよ。今度遊んでみます」


「課金しないと辛いバランスだけどいい?」


「ソシャゲのほうは遠慮しておきます。コンシューマー向けのほうでお願いします。」


 このゲーム内での私たちは、無課金に毛が生えた程度の微課金勢だった。


 このころでもCFOはそれなりの資産を持っていたはずだが、彼女にとってゲームは暇つぶしだったのだろう。少なくとも投資の対象とは見ていないのは間違いない。


「PrayBoxは持ってる?」


 高性能機だ。残念ながら持っていない。

 

「残念ながら持ってませんね。給料をもらえるようになったら買いますよ」


 彼女の素顔を少し知れた嬉しさから、私も自分自身のプライベートを小出しにした。

 

「あら、まだ学生さんだったの?若いとは思ってたけど……若い子は気をつけなきゃダメよ。結構、パンツ見えてるわよ」


 痴女扱いされた。残念ながら、中身は男です。




「——という関係なんだ」


 パンケーキを頬張る相模に、出会いの経緯をひと通り説明した。改めて数え直すともう十年になるのかと感慨にふける。


「先輩が、女の子だったなんて……しかも昔は真っ黒に焼けていたなんて」


 そっちに引っかかるのか。


 ちなみに今はそれほど黒くない。最近、久しぶりに会った旧友からも「色が薄くなったな」と言われた。


「自分で操作するなら女キャラの方がいいだろ。走って、ジャンプして、剣を振り回して……その拍子にチラッと見えるのがいいって思う年頃だったんだよ」


「大学生のころでしょ?ガキっぽくないですか?」


「一周回ってチラッと見えるのがいいなって、思い直した頃だ。二週目だぞ、二週目」


 相模は呆れた顔をしながら話を聞き終えると、まもなくパンケーキを完食した。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「先輩、お疲れさまでした。CFOから聞き出したこと、絶対教えてくださいね」


「なんでこんなことになったのか、ちゃんと聞いてみるよ。……気をつけて帰れよ」

 

 駅に着き、相模と別れる。現在、二十時二十分。これならギリギリ二十一時までに帰宅できるはずだ。パンケーキ二枚が胃に溜まっているので、夕飯は抜きでいいだろう。それにしても相模は、あの後にまだ夕飯を食べるつもりなのだろうか。

 どうでもいい思考を巡らせながらホームで待つが、なかなか電車がやってこない。


「——駅で発生した人身事故の影響により、ダイヤが大幅に乱れています。次の電車は、二十分後に到着する予定です」


 電遅延アナウンスが響く。二十一時までの帰宅は絶望的だ。仕方なくスマホからログインし、フレンドチャットから「今日は入るのが遅れます」と短くメッセージを送る。

 


 ——ようやく乗れた電車を降り、私は家路へと急いだ。

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