第3話 表と裏の事情②
無駄話でだいぶ時間を使ってしまった。今は業務時間だ、さっさと本題に入ろう。
「前置きが長くなったが」
「さっきの話ですが」
示し合わせたように言葉が重なる。
「えっ」
「……すみません、私の話はあとにします」
相模は流石に空気を読んで話を譲ってくれた。
「——というわけなんだ。」
ミーティングルームに連れ出した相模に、日向さんとの会話を記憶の限り正確に伝えた。相模は「ふむ」と人差し指を顎に当てて考える素振りを見せたあと、核心を突く質問を放ってきた。
「先輩。一番肝心なことを聞いてないんじゃないですか?」
「……何だろう。予算か?」
「いえ。なぜ、他ならぬ先輩がメインプランナーなんですかっていう点です」
「言っただろ、今回は若手中心の構成なんだ。俺が若手かと言われればグレーゾーンな年齢だが、招集されるメンバーの中では最年長になる可能性が高い。だから指名されてもおかしくないと思ったんだが」
二十九歳と数か月。実に見事なまでに微妙な年頃だ。「もう若くない」と直球を投げられればムッとするが、手放しで「若手」扱いされるのも、どこか現場を知らない若造と見下されている気がして落ち着かない。自分がメインプランナーに指名された本当の理由は、他ならぬCFO本人に直接聞けばいい、そう考えたから日向さんに聞かなかっただけだ。……そういえばCFOと面識があることは相模にも明かしていなかったな。
「なるほど、身も蓋もない言い方をすれば『年功序列』というわけですか。てっきり、先輩が大抜擢されたのかと思ってました」
「まだ年功序列の方が納得感あるだろう。メインプランナーはいくらなんでも抜擢しすぎだ」
「なるほど、私も先輩ぐらいの年になれば……」
「三十歳だな」
「あまり何度も『三十』言われると、さすがに私も怒りますよ? セクハラですよ、セクハラ。セクハラは禁止です。女性に年齢を意識させるのは重罪です」
「すみません」
素直にあやまる。
「もちろんセクハラする気もない」
「反省してください」
「これからはただの『ハラスメント』だけにするよ」
「……ただのハラスメントも、普通にダメなんですけど?」
相模はリアクションが面白い。だから、ついからかうのを止められないんだよな。
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そうだ、相模をメンバーに加えたいという希望を日向さんに伝え忘れていた。まずはこれが最優先事項だ。私はすぐさま日向さんの席へ向かった。意図を察したのか、隣の席から後輩の視線が突き刺さるのを感じる。
「日向さん、先ほどの件ですが、相模をメンバーに加えてもらうことは可能でしょうか?」
先ほどの話の続きとして、手短に切り出す。却下されることはまずないだろう、という確信はあった。
「いいよ。どうせそう言うと思っていたしな。お前たち、コンビ解消じゃ寂しいだろ? あとの調整はこっちでやっておくよ」
あっさりOKが出た。視界の端で、相模が小さくガッツポーズをとるのが見えた。遮るものがないフロアのせいか、あそこまで聞こえているらしい。……さっきの「三十歳」のくだりも、ひょっとして筒抜けだったんじゃないか?
「コンビ、ですか。いつまでも甘えさせるわけにもいかないので。これを機に相模がピンでも戦えるよう、しっかり仕込んでおきます」
これには本心が含まれている。プロジェクト期間は最長三年。相模も単なる若手ではなくなってもいるころだ。そのころには独り立ちさせてあげたい。それが元トレーナー(今も?)の義務だと思っている。ちらっと横を見ると、視界の端の相模が、売れっ子の相方に置き去りにされた芸人のような、少し悲しげな目を……した気がする。
「解散は寂しいといったろ?最後まで面倒見てやれ」
すると今度は、視界の端の相模が、どこか嬉しそうな目を……した気がした。最後までって、相方ではなくペットの飼い主に対する忠告のような言い草だけど、いいのだろうか。
「ありがとうございます。それから、他のメンバーがいつ頃決まるかもご存じですか?」
これも肝心なことだった。さっきは気が動転していたのか、後から気づいた「聞き忘れ」が多すぎる。
「今、各部署にメンバーを選出させているところだ。お前は特例だが、他は少し調整に時間がかかる。焦らなくていい。……とはいえ、何もしないと落ち着かないタチだろう? ひとまず相模と相談しながら企画の叩きを作ってみろ、そうだな……まずは『主人公』について掘り下げてみるといい」
どのみち私がメインプランナーだ。いずれ自分のタスクになる。先行して考える時間を貰えるのは、むしろ、ありがたい。
「企画の件は承知しました。それから……主人公からですか。ストーリーや世界観の構築からではなく」
「あまりヒントを出しすぎるのは良くないんだが……ここで決めるのは主人公の容姿や性格じゃない。いわば『在り方』だ」
「在り方ですか?」
正直ピンとこない。勇者なのか、村人なのか、あるいは王族なのか。そういった「設定」の前に決めるべき「在り方」とは一体何だろう。
「ロール・プレイング・ゲームにおける主人公の在り方だ。プレイヤーの分身として物語に関わっていかせたいのか、あるいは、あらかじめ用意されキャラクターを固定された主人公の物語を映画のように追体験させたいのか。お前はどちらを作りたい? そして、どちらがより『国民的大人気RPG』の主人公に相応しいと思う?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロール・プレイング・ゲームにおける主人公の在り方か……確かに重要なポイントだ。この選択でゲーム性が全く変わってしまう。
自席に戻り、日向さんの言葉を反芻してみる。
(お前はどちらを作りたい?)
私だってゲーム屋の端くれだ。あれこれと空想するのは嫌いじゃないし、自分で面白いと思うゲームを作ってみたい。そんな夢もあった。
ただ、これまでは他人が敷いたレールの上で、いかに効率よくタスクをこなすことに腐心してきた。「作りたいもの」をゼロから構築するなんて、一度もなかった。クリエイターではなく、ただのサラリーマン。
……サラリーマンとして認められれば、いずれは作品を任される日が来るだろう。そんな甘い考えでいたことは否めない。
「先輩、相談ですよ、相談!」
隣から飛んできた相模の声に、思考のダイブを中断される。だが、悪い気はしなかった。放っておけば自虐的な深みへ沈んでいたはずの意識を、彼女が強引に引き戻してくれたからだ。私は苦笑いしながら応える。
「盗み聞きは良くないぞ」
「手間が省けて良かったじゃないですか。コンビ継続ですよ、継続!」
コンビ継続を喜ぶ相模の明るさに毒気を抜かれ、私は小さく息を吐いた。沈んでいた思考が、強引に水面まで引き上げられたような感覚。切り替えろ、と自分に言い聞かせる。
「わかったよ。……で、さっそく相談だけど、主人公の『在り方』についてだ」
「えっ、もう始めるんですか?」
「話は聞いていただろう?宿題が出たんだ。相談に乗ってくれるよな」
「あー……それ、すぐに答えが出るやつですか? 相当、長くなりそうですけど」
「だろうな」
「じゃあ、その前に今日が締め切りの仕事を片付けちゃわないとダメですね」
「仕事、溜まっているのか?」
「先輩が手伝ってくれる前提で、残業一時間分ぐらいあります」
今は十四時過ぎ。つまり、私の手助けなしだと丸一日分は残っている計算じゃないか。
「先輩がこの前見つけたバグの再テストもあるんですよ。再現条件がややこしいので、先輩が手伝ってくれないと今日中に終わるか怪しいです」
「わかった、手伝うよ」
「了解です! じゃあ、チャチャッと終わらせちゃいましょう。ハイ、先輩の分です」
……いつの間に、こんなに先輩使いの荒い子になったんだか。バグは俺のせいじゃないが、仕方がない、手伝おう。
仕様書の共有リンクがチャットで送られてくる。来るのが早い、最初からそのつもりだったな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「この動作、想定通りですか?」
仕様書を見ながらひと通りテストを消化した相模が、気になることを言い出した。新しいバグを踏んでしまったようだ。
「そんなわけない」
仕様書に書いていない動きをした時の挙動がおかしい。
「仕様書に書かれている挙動自体はパスしてるんですけど、これ、どうします? もっと『ぐりぐり』触ってバグ出し続けますか?」
「いや、いったん条件付きOKで事象と再現方法だけ報告しておけ。クリティカルじゃないし、ユーザーへのデメリットもない」
「わかりました。じゃあ、撤収しましょう!」
相模が見つけたのは、プレイアブルキャラが回鍋肉を調理中、カメラを真上から覗き込んだ時だけ、湯気のエフェクトと服のテクスチャが干渉して「下着が透けて見える」バグ。そんなもの、プレイヤーからすれば不具合どころか「ご褒美」でしかない。
そもそもゲームに回鍋肉を作るシーンなんて必要なのだろうか?
日向さんが鎮火したチャーハン事件といい、うちの社員たちの中華料理に対する執念じみたこだわりは、どこから湧いてきているんだ?




