第2話 表と裏の事情①
「ダルカレー(豆カレー)美味しかったですね、豆が煮崩れて、クリーミーな感じがして。ナンもふかふかモチモチしてカレーに合っていました」
昼食に立ち寄った店からの帰り道、後輩が満足げな表情で語りかけてくる。
彼女は食にうるさいのだが、こうして喜ぶ顔を見せられると、連れてきた甲斐があったと俺の心も少し弾んだ。
「ナンがおかわりできて良かっただろ? ラッシーもおかわり出てくるし、サービス満点の店だ。カロリーの行き先を気にしなければコスパ最高の優良店だ」
「私、カロリーは胸に行く仕様なので、なんの問題もないです。また来ましょうね」
その言葉に、意識せずとも視線が胸元へ吸い寄せられた。
いつもながら、なかなかの存在感だ。視線を戻すと、後輩とバッチリ目が合った。
「先輩、隠してるつもりでしょうけど、時々、熱い視線を感じます」
「マジでわかっちゃうの!?たしかに時々見てるけど」
「冗談だったのに//////」
後輩の顔に赤みがさす。
「こっちも冗談だ。それより、日向さんが戻っていたらCFOとの件を報告してくるから待っていてくれ」
……半分はウソだ。たまに見てるのは本当だ。だって立派なんだもん。
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「日向さん、少しお時間よろしいですか?」
オフィスに戻ると、我らが課長、日向さんが自席にいた。
私は迷わず、先ほどの不可解なCFOからの呼び出しについて、報告に向かった。静かなフロア、日向さんの周囲に人影もないので、場所を改める必要もなさそうだ。
「例のCFOからの話か? 『国民的大人気RPG』制作プロジェクトになるのかな。CFOが、お前だけ直接呼び出すとは思ってなかったから、相模から聞いてビックリしたぞ」
「こちらこそ、驚きしましたよ。で、慌てて行ってみたら『メインプランナーは任せる』とだけ言い残して詳細は日向さんに聞けって、丸投げなんですから」
正直、私を驚かしたかっただけだろう。
ただ、今まで社内でこんなことはしてこなかったが……。
「まあ、あの人も忙しいからな。同じ話を二度するのは時間の無駄だと思ってるんだろ。そもそも、お前がCFOに直接呼ばれること自体がイレギュラーなんだ」
日向さんの下についてから、まだ三ヶ月。
大爆死したハイフライヤーⅣリリース後の組織再編で組まされたばかり。
やり手との評判にも関わらず、彼は意外にも話しやすい上司だった。
だからこそ、私は遠慮なく切り込んだ。
「正直、突拍子もなさすぎて困惑しています。何か裏があるんじゃないですか?」
日向さんは少し声を潜め、デスクのディスプレイを指差した。
そこには管理職向けの会議資料が映っていた。
「事情はこうだ。ハイフライヤーⅣの収支が壊滅的で、続編の制作目処も立たない。このままだと中止された大型アップデートのDLC開発分だけじゃなく『Ⅴ』でも流用できるよう用意していた膨大な開発アセット(注:モデルや音声等の素材データ)を『減損処理』、つまり利益を生まない負の遺産として、マイナス計上しなきゃならないと監査法人に詰められているらしい。要はハイフライヤーVはあきらめろ、って言われているようなもんだ」
「ハイフライヤーを諦める?……それから減損ですか?」
「ああ。だからな、損切りを求められているアセットを『制作中の新作用アセット』という建前にすり替えることで監査法人を納得させて、ハイフライヤーV開発の芽を残す。ついでに今期の損失(減損額)を少しでも少なくしよう、ということだ。キャッシュの流出は変わらないが、バランスシート上の見栄えは多少マシになるからな」
さすがに今期の決算はCFOの稼ぎ抜きでは酷過ぎたからな。と日向さんが呟く。
……会計面倒くさい。
「それからな、本業のゲーム事業が赤字だと若手のモチベーションが死ぬ。『この先開発に回ってくるお金がなくなるんじゃないか』ってな。だから『若手主導の新規開発チームを立ち上げよう』という話でもあるんだ。もっとも、それだけだとリソースが厳しいから、管理面を中心に俺たちも多少は手伝う予定だがな」
若手のモチベーション維持目的にしては、話が大きい。
会社上層部の温度感をもうすこし確認したい、私はさらに踏み込んだ。
「話が大きすぎませんか、それに失敗は許されない感じでしょうか?」
「言っただろ、名目は若手の育成とモチベーション維持だ。ハイフライヤーのアセットを有効活用しているように見せる以上、それなりの大風呂敷を広げる必要もある。だが安心しろ。プレッシャーをかけすぎてお前らに転職されたら元も子もないってことは、『上』も理解しているさ」
なるほど。いきなり責任を取らされて死ぬような目には合わない、と。
まあ、日向さんが言うように、そんな状況になったらその前に転職するけど。
せっかくなので会社上層部の温度感をさらに確認する。
「極論ですが、なにかしらの成果が出せれば、あとは若手で好き勝手に作ってもいい感じでしょうか?」
「程々にな。空気は読めよ。あとはプロジェクトである以上、マイルストーンは厳守して報告は欠かすな。中身がわかってなきゃ炎上した時に俺が盾になれないからな」
日向さんはハイフライヤーⅣの炎上現場で、死に物狂いの鎮火作業に奔走していた人だ。
複雑怪奇なフラグ管理の整理から、他社製ライブラリのバグ修正。
さらには、作中で主人公が作るチャーハンを『しっとり』にするか『パラパラ』にするかで内部分裂した開発メンバーの仲裁といったアホみたいな話に至るまで、とにかくエピソードに事欠かない。
ちなみにチャーハン論争は、彼が『天津飯に変更する』という斜め上の裁定を下したことで終結した。幸いなことに、天津飯にかける餡の派閥争いはなかったらしい。全会一致で甘酢餡だったと愚痴っていた。
「わかりました、頑張ってみます。ところで肝心な国民的大人気RPGのイメージが全く湧かないのですが……」
ここまで頼れる上司だった日向さんが、初めて困ったような顔をした。
「それを考えるのがメインプランナーの仕事だ。一応CFOにも訊いてみたけどな、『みんなに支持され、思い出として語り継がれる大ヒットRPGを作れ』だとさ。具体的な仕様は一切なし。すまないが、まずは自分なりに形にしてみてくれ。それよりお前、CFOと面識があったのか?いきなりお前の名前が出たから驚いたぞ」
「お酒の場で偶然会って、話す機会がありまして。それで憶えていたんでしょうね。そういえば、若手のモチベーション対策は分かりましたが、もう少し上の世代向けの対策も何かあるんですか?」
一番聞きたかったところが曖昧なままだな。
一方で、こちらも、あまり広まって欲しくない事実についてはとぼけることにし、別の話題を振ってみた。
「いいんだよ、俺たちおっさん達は。大人しくソーシャルゲーム部門の立て直しに回る。正直なところ、俺だってしばらく『大作』なんて言葉は聞きたくもない。しばらくは、水着とか温泉イベントの企画でも練って、バカやって癒やされていたいんだよ」
流石の日向さんもまだまだお疲れのご様子だ。
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「相模、ちょっといいか?」
「なんでしょうか」
自席に戻るなり、日向さんから受けた説明の内容を伝えるため、私は後輩に声をかけた。給茶機で二人分のお茶を入れ、一緒にフロア内に設置されているミーティングルームへと向かう。
彼女の名は相模未来。
名字と繋げると『サガミミク』となるため、社内の一部では――『ミミック』と呼ばれているが、本人は知らないと思う。
わが社へ入社して、私が入社時のトレーナーを務めてから早三年。
入社時は「絵に描いたような新入社員」だった彼女も、そろそろ二十五歳。
一方、私は今年で三十路に足を踏み入れる二十九歳。
時の流れというやつは、残酷だ。自分が三十になる姿なんて想像もしてなかった。
「早速本題に入るけど、『国民的大人気RPG』を作れ。開発期間は最長三年まで許す、だそうだ」
「三年ですかー。開発が終わるころには先輩も三十歳超えちゃいますね」
……うるさい。
MP(精神力)に一〇ダメージが入る。
これから経緯を詳しく説明しようとしたところの出鼻をいきなりくじかれる。
よし、反撃だ……これは効くぞ。
「相模も二十七歳か? それとも二十八か? どちらでも四捨五入すれば同じ三十歳だな」
「四捨五入はやめてください! あれ、ちょと待って……、私あと数ヶ月で四捨五入すると三十……。『アラサー』のゾーンに入れられちゃうんですか?」
MP(精神力)にクリティカルヒットしただろ?
効果は抜群だ。
精神力が尽きて気絶するなよ?
「そう、同世代だ。いっそ明日から同級生扱いしてもいいぞ」
「まだ早いです。それに先輩を先輩と呼べないのはちょっと寂しいですが……。試してみましょうか? 『これからもよろしくね、因幡』」
いきなり呼び捨てかよ。
ちなみに「因幡」が私の名字だ。白うさぎで有名な因幡だ。
ただ、裏でも「白ウサギ」とは呼ばれていないと思う。見た目は黒い方だからな。
「呼び捨てはまだ早い。二十五歳になるまで、あと一ヶ月待て」
「『君』呼びの方が好みですか?でも先輩、私の誕生日をばっちり覚えていてくれてますね。今年もよろしくお願いします」
少し甘えの混じった声が返ってくる。
プレゼントのおねだりをしているつもりだろう。
今は九月の半ば。相模の誕生日は十月十六日だ。
ちなみに私の誕生日は年明けの二月。今は五歳差、しばらくの間は四歳差になる。
「よし、今年の誕生日プレゼントには、因幡と呼び捨てにする権利を正式に贈ろう」
「えー、プレゼントをそんな安上がりに済ませないでください。というかタダじゃないですか。かわいい後輩のモチベーションと好感度が爆下がりしますよ?」
「今年限りの限定品だぞ? タダより高いものはないと言うだろう? プライスレスだぞ!」
本当に因幡と呼んできたらビックリするし、何より周囲が戸惑うだろう。
彼女の目上への応対は丁寧だ。
私と相模との間で何か新しいプレイでも始めたのかと余計な詮索をされてしまう。
ちなみに、昨年の彼女の誕生日には少し高価な紅茶のセットを贈った。
一昨年はゲームショウで手に入れたノベルティグッズと駄菓子だったからな。
付き合いの長さに応じて、扱いは良くしていくつもりだ。
「……ちょっと考えさせてください。誕生日まで一ヶ月ありますから」
相模はあごの下に手の甲を添え、わざとらしく長考するふりを見せつけてくる。
何か途方もないイベントのフラグを立ててしまったのではないか。
ふと、そんな予感が背中をかすめた。




