第37話 相模家訪問④ 布団を並べて
「フルコースにするのは大変だったろ?本当に美味しかったし楽しい料理だったよ。ごちそうさま。それから、ありがとう」
食後のリビングで、まったりとした会話を楽しみながら、何度も何度も相模の料理を称賛し、労いの言葉をかける。
「いえ、私も作っていて楽しかったですから」
相模はそのたびに謙遜するが、満更でもないといった様子で微笑みを返してくる。
「甘い空気が漂ってる……」
「甘ったるいねー」
すかさず双子たちが冷やかしてくる。
君たち、こういう空気は大好物だろう?
そこへ、お父さんから「ちょい飲み」の誘いが飛んできた。
「因幡くん、これから少し飲まないかい?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「先輩、何にしますか?」
「軽いものがいいな」
「じゃあ、ビールにしますね。お父さんとお母さんもビールでいい?」
「ああ、頼むよ」
「じゃあ、私たちが持ってくるね!」
双子たちが連れ立って、冷蔵庫から瓶ビールとグラスを取りに走る。
ついでに自分たち用のアイスティーと、料理で余ったカシューナッツを添えた小皿も一緒に持ってきた。このあたりの相模家内の連携は実にスムーズで見ていて気持ちが良い。
相模が四人分のビールをグラスに注ぎ、お父さんの音頭で「カチン」と鳴らして、親交を深める。
「ところで……未来は職場で迷惑をかけていないか?」
「未来さんには仕事でも助けられていますし、なにかとお世話になっていますよ」
この台詞、つい最近お母さんにも言ったばかりだな、と心の中で苦笑いする。
「もっと感謝してくれてもいいんですよ?」
相模がここぞとばかりに恩着せがましい口調で割り込んできた。
ほう、面白い。日頃の相模の「真の姿」を軽くばらしてみようか。
「感謝してますよ。この前なんかカフェで注文を任せたら、これくらいの『パンケーキ五枚セット』を頼んでくれましたからね。翌日の私の朝食分まで気を遣ってくれたんだと思います」
手でパンケーキの大きさをジェスチャーしながら、両親へ「告げ口」してみる。
「あれは先輩が悪いんです。前の日に散々私をからかった罰です」
相模が顔を赤くして抵抗の姿勢を示すが「未来、食べ物で遊んじゃ駄目よ」という、まるで小さな子供を諭すかのような、お母さんの静かな一言。
それだけで、相模が目に見えて小さくなった。
「それって、この前ケーキを買ってきたお店? パンケーキもあるんだー」
陽菜ちゃんが食い気味に興味を示す。
「よかったら今度、みんなで行ってみるかい?」
「え、ハーレム?」
「いやいや……」
この子は本当に、隙あらばグイグイくるな。
その後も会社での出来事を話そうとするたびに相模が必死に食べ物の話題へ逸らすという攻防が続く。どこそこの店がおいしい、あれはどうだった、と話は尽きなかったが、お母さんの「そろそろお風呂にしましょうか」という言葉を機に、相模家との賑やかな団らんは一旦お開きとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お風呂をいたいた後、下ろしたての真新しいパンツを穿き、パジャマ代わりのジャージを着る。
よし準備は万端だ。……何の準備かは自分でも判然としないが。
寝酒代わりにと再びビールを振る舞われたが、途中からお父さんが、ウィスキーと氷を持ってきた。唐突に酒宴第二ラウンドが始まる。しばしお父さんと杯を交わし、ほどよい酔いを自覚したところで、私は用意された布団へ潜り込んだ。
和室に並んだふた組の布団。
今夜、私の隣で眠るのは相模――。
ではなく、彼女のお父さんだ。
相模と一緒では双子ちゃん達の教育に良くないから、と理由は聞いている。
だが、なぜ女の子の家に泊まりに来てお父さんと添い寝する展開になるのか?
考えれば考えるほど相模家で巻き起こるお泊まりマジックへの疑問は尽きない。
(もし将来、結菜ちゃんや陽菜ちゃんに彼氏ができて、この家に泊まりに来たらどうなるんだろうな……)
ふと、そんな余計な心配が頭をよぎる。
彼女の家に泊まるとなれば、きっと若者はあれやこれやと桃色の期待に胸を膨らませるだろう。その挙げ句が「お父さんとの同室」という罠。
血気盛んな若者には、あまりに過酷な現実ではないだろうか。
……そんな悲劇の到来を予感しながら、私はこの現状を涼しい顔で受け入れる己の精神的タフさを自画自賛した。もはや、単に諦めているだけかもしれないが、
これも大人の余裕だ。
とはいえ、人生の先達としては「必勝・相模家宿泊ガイド〜お父さんと過ごす夜」でも書き起こし、まだ見ぬ若者(犠牲者)たちに伝授してあげるべきかもしれない。
横目でちらりと、隣で眠る相模のお父さんを見つめる。
(この人は、これから先、何人の男をこの隣に寝かせて……そして、泣かせることになるのだろうか……?)
そう考えた瞬間、私の中で相模のお父さんが数々の男を渡り歩く――
「魔性のビッチ」へと変貌を遂げた。
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朝の光で目が覚める。
頭が重い。……少し飲みすぎたな、これは。
隣の布団では相模のお父さんがまだ健やかに眠っている。
その寝顔を見た瞬間、脳の奥で言いようのない「違和感」が疼いたが、正体はわからなかった。
手ぐしで寝癖がないことを確認し、二日目用の「シュッ」とした服に袖を通すべきか考えたが、ジャージ姿のままリビングへ向かうことにする。そこには、すでに着替えを済ませた双子たちが待ち構えていた。
「おじさん、おはよう」
「おじさん、おはよう」
……朝一番から、ひどいディスりだ。
私が固まっていると、ふたりは「あっ」と顔を見合わせ慌てて挨拶をやり直した。
「おにいさん、おはよう!」
「おにいさん、おはよう!」
今度はヨシ!
聞けば、前の晩にふたりで示し合わせ、呼び方を入れ替えることで私を混乱させようという、いたずらを計画していたらしい。ところが、陽菜ちゃんが朝起きたらすっかり忘れていて、昨日に引き続き「おじさん」と呼んでしまった、というのが真相のようだ。
バツとして、今日一日「お兄さん」と呼ぶことを義務付ける。
そこへ、相模がやってきたので、朝の挨拶を交わす。
今日も相模は元気そうだ。
続いて、相模のお父さんの登場、「おはようございます」と先に挨拶する。
「おはよう……因幡くん、どうしたんだ? ん? 顔に何かついてるか?」
無意識にお父さんの顔をジッと見つめていたらしい。あわてて言葉を続ける。
「いえ、大丈夫です。それより昨日は飲みすぎましたね、お父さんも大丈夫ですか?私はまだ頭が回りません」
「いやあ、僕も頭が痛いよ。二日酔いだな」
私達二人の様子を見かねた相模は「二日酔いでもちゃんと朝ご飯は食べないとダメですよー」と言い残し、キッチンへ朝食を並べにいった。
「さて、本日の朝食メニューはこちらです」
ご飯(雪若丸)、みそ汁(えのきと油揚げ)、カマスの塩焼き(大根おろし添え)、塩こんぶ(バター風味)、ナスのずんだ和え、カブの漬物、ニンジンの千切りサラダ(ラペというらしい。相模から聞いた)
一人暮らしの自分では、まずお目にかかれないラインナップ。
昨夜のフルコースで余った素材もちゃんと活かしている点にも、日ごろから料理に手慣れている様子が伺える。
「酔いが残っているかもしれませんけど、しっかり食べてくださいね、先輩」
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
念を押されるが、豊かな朝食の香りで、自然と残っていた酔いも醒めていくようだった。
「お父さんも大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、昨日はちょっとはしゃぎすぎたな……」
お父さんは、まだ少し辛そうだ。
「では、いただきます」
みんなで手を合わせ、朝食をいただく。
さあ、幸せな一日の始まりだ。
朝食後は昨日に引き続き、対戦アクションゲーム『大乱入』で勝負し、またしてもボコボコにされた。ついでに相模にもボコボコにされた。密かに「アカリ」対策を練っていたらしい。当然、師匠は双子たちだろう。
その後も他愛のない世間話で盛り上がり(主に会社での相模の出来事だったので、本人は嫌がる素振りも見せていたが)昼食までご馳走になってから、丁重にお礼を言って相模家を辞した。
かくして、今回の相模家訪問(因幡『大乱入』)は無事に幕を閉じた。
ちなみに、お昼までジャージ姿で過ごしたせいで、二日目用に準備していた「シュッ」とした服の見せ場は、わずか三十分ほどだった。
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帰宅がてら相模への誕生日プレゼントを探すため、数駅先のショッピングモールに立ち寄ることにした。よく考えると三日連続で同じことをしている。
誕生日まであと二週間。
未だに何を贈るか決めかねているのが悪いのだが、道すがら相模家での出来事を思い返していると、いっそモノよりコト(体験)という方向性も悪くないと思えてきた。
例えば、昨夜相模が作ってくれた手料理も、私が土産に持参したグラブジャムンも、数年経てば細かな味は忘れられ、「お米のフルコースを食べた」「世界一甘いお菓子を食べた」という体験の記憶として残るだろう。
ならば、最初から体験を目的としたプレゼントにするのもアリではないか?
食事、旅行、あるいはエステ……。
そう考えると、モールを歩き回るよりネットで探したほうが効率的ではないか。
そう思い至った頃に駅へ着いた。
まあ、モノの線も捨てたわけではないし、モール内には旅行代理店もあるだろう。一度相談してみるのもいいかもしれない。
今度は「二十五歳になる女の子が喜びそうな体験を誕生日にプレゼントしたい」とでも言えばいいのだろうか。
その後、本当に旅行代理店でその台詞をぶつけてみたのだが、「お客様もご一緒に行かれる前提ですか?」と聞き返され、またしても悩みが増えてしまった。
結局、何も決まらず、何も買わずにモールを後にした。
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ようやく帰宅し、ひと通りの家事をこなした後、ベッドに潜り込む。
「今日はいい一日だった」と充実感に浸ろうとしたその瞬間、唐突に脳内に謎の言葉がフラッシュバックした。
(相模のお父さんはビッチ)
確かに昨晩寝る前にこの言葉が頭に浮かんでいた。それは間違いない。
ただ何故こんな言葉を思いついたかが思い出せない……私は混乱する。
ふと不安になり、「お尻」に違和感がないか神経を集中させてみたが、幸いなことに痛みも異変もなかった。
昨日は酔っていたからな、と思い返し、アルコールが抜けた頭で再度冷静に考えてみる。しかし、その答えに行きつく論理は見当たらなかった。
あまりに考えすぎたせいか今度は私の頭の中で『相模のお父さんはビッチ』という定義が確固たるものとして定着しそうになった。
……これは危ない。
忘れようとしても『相模のお父さんはビッチ』がパワーワード過ぎる。
なぜ、こうなった?
考えれば考えるほど目は冴え渡っていくばかりだった――。




