第36話 相模家訪問③
「では、新米を使用した気まぐれご飯フルコース、全四品となります。全部でお茶碗二杯分くらいありますから、心して食べてくださいね」
まさかの「ご飯」フルコース。
相模はいったい何を作ったのだろうか?
「まずは一品目、炊き立ての新米ごはんです。ご飯のお供には、こちらの塩こんぶをどうぞ」
最初は素材の良さでストレートに攻めてきたか。
相模が茶碗に軽く盛って差し出してきたので、塩こんぶを一摘まみ載せていただくことにする。
一方、向かいに座った結菜ちゃんがスマホで写真を撮っている。
お姉ちゃんの料理自慢用だろう。
「……!」
こう来たか。
ただの塩こんぶじゃない。バターが忍ばせてある。
こんぶの凝縮された旨味と、ご飯の熱気でとろりと溶けたバターのコク。
それらが口の中でハーモニーを奏でている。
「お米の銘柄は山形県産の『雪若丸』です。大粒でしっかりとした粒立ちが特徴なんですけど、少しあっさりめなのでバターを足してボリュームを出してみました」
相模が「どうですか?」と答えを急かすような視線を送ってくる。
私は言葉にする間も惜しみ、無言のまま満面の笑顔で親指を立てた。
美味い……。あっという間に完食だ。
少し得意げな顔をした相模が、間髪入れずに新しい茶碗を差し出す。
「続けて二品目、『しらすと枝豆の混ぜご飯』です。先輩が大好きな相模湾のしらすを使った品ですよ」
「…………」
「あら、しらすが好きなの」
お母さんに尋ねられ、以前、相模と食事に行った際、「板長おまかせの海鮮丼」を頼んだら「しらす三色丼」が出てきたという、事件の顛末をかいつまんで説明した。
この話が双子たちに妙にウケる。
……さて、気を取り直していただくとしよう。
しらすの柔らかな塩気と磯の香り。
そこに枝豆のポリポリとした食感と甘みが加わり、一品目とは対照的な優しくも奥行きのある味わいだ。
「今回は色が綺麗に仕上がるよう白だしで味付けしてみました。細かく切った梅干しを加えても美味しいですけど、それはまたの機会ということで」
再び、私は無言で親指を立てた。今度はより力強く。さて、次は何が出てくる?
「では三品目、メインディッシュの『レモンライス』です」
「レモン……スライスじゃなくて、レモンライス?」
陽菜ちゃんが尋ねる。
小首をかしげる仕草が相模にそっくりだ。やっぱり姉妹なんだな。
「そうでーす。こちらが相模家初登場のレモンライスです。お好みでこちらのカレーをかけて召し上がってください」
まさかのインド料理か、それも南インド系だ。
今回は茶碗ではなく、お皿とスプーンで供される。
鮮やかな黄色に染まったご飯には、スパイスらしき粒やリーフ。それにカシューナッツが混ぜ込まれ、仕上げにレモンの輪切りが二枚添えられていた。
相模もようやく自分の席に座る。
ごくろうさん、ゆっくり食べてくださいな。
そう言いたくなる。
「では……いただきます」
インドカレー屋にはよく行くが、レモンライスは未体験だ。
まずはカレーをかけず、そのまま一口運んでみる。
「うわ、これは複雑な味だな……。レモンっていうから酸っぱいのかと思ったけど、そうじゃない。でもレモンの香りとスパイスの風味が効いていて、すごく後を引く」
感じたままを口にする。
インドの炊き込みご飯『ビリヤニ』とも違う。
もっと軽快で鮮烈な、初めて食べる味だ。
「では今度は、カレーを合わせてみてください」
差し出されたのはマトンカレーだ。
カレーまで手作りしたのかと尋ねると、こちらは近所のお店で買ってきたものだ、と相模が照れくさそうに笑った。
「いや、ここまでの三品だけで十分凄いよ。それに、もう一品控えてるんだよね?」
相模を労いつつ、レモンライスの上にマトンカレーをかけて口に運ぶ。
「!!」
これは……美味い。
レモンライスの軽やかなのに複雑さを感じるスパイス感に、マトンの力強くグレービーな旨味が重なり、極上の『インド料理』が完成する。
「おいしい……」
結菜ちゃんが同意を求めるようにこちらを見つめてくる。私は力強く頷き返した。
「お姉ちゃんは、いいお嫁さんになるねー」
不意に、陽菜ちゃんが本日二度目となる爆弾を投下した。
もし私が鈍感系のラノベ主人公だったら、ここで「相模をお嫁さんに貰える人は幸せだね」なんて同意してしまって、ジト目で睨み返されていただろう。
そんな妄想が捗るのも納得の味だった。
相模の横顔を盗み見ると、彼女はほんのり頬を朱に染めながら、「そんな、急に見ないでください」とでも言いたげな、困ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべていた……気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「最後はデザートです。これから準備しますので、ちょっと待っていてくださいね」
相模が再び席を立った。
デザートも当然、お米を使ってくるのだろうが、果たして何が出てくるのか?
期待が高まる一方で、自分が持参した手土産のことが少し不安になる。
「グラブジャムン」は、ちょっと選択ミスだったかもしれない。
これだけ完成されたお米料理のフルコースの後では、あまりに異質すぎる。
しばらくして相模が持ってきた四品目は、透明な器の中でカラフルな彩りをのぞかせる、乳白色の一品だった。
「キールか!」
「さすが先輩、よくご存じですね。こちらはインドのデザートでキールと言います。ミルク粥ですね。もちろんこれもお米を使っていますよ」
……危なかった。
昨日、立ち寄った店で買おうか迷った、キールの賞味期限がもう少し長かったら、まさかの「デザート被り」という大失態を演じるところだった。
そうなれば「相模に喧嘩を売っているんですか?」と思われても仕方のない状況だった。
危ういところで神回避した自分を褒めてやりたい。
「で、こちらが先輩の持ってきてくださった……先輩、解説をお願いします」
相模が出番を譲ってくれた。
彼女のことだ、おそらくこの「謎の球体」の正体に、もう気づいているのだろう。
「これは『グラブジャムン』といいます。キールと同じインドのデザートですが、『世界一甘いお菓子』と呼ばれています」
グラブジャムンは一口大の揚げドーナツをスパイスの香りを移した濃密なシロップにどっぷりと漬け込んだお菓子だ。
日本人からすれば、ある種の狂気さえ感じられるほどストレートな甘味だ。
「世界一甘いお菓子?」
陽菜ちゃんがその言葉に食いつき、スマホのシャッターを切る。
「正直、好みはわかれると思います。けど、世界一の体験をしてもらいたくて持って来ました」
口に合わなくても文句は言わないでね、という保険をさらりと掛けておく。
「なら未来のデザートから頂いた方がよさそうね」というお母さんの一声で、みんなでキールからスプーンを入れることになった。
「では、いただきます」
キールを一口。カルダモンの華やかな香りと、細かく刻まれたドライフルーツやナッツの食感。砂糖は控えめだろうか?ミルクとお米本来の優しい甘みが絶妙に引き出されている。専門店の味に勝るとも劣らない仕上がりに、相模のセンスの良さを改めて褒めたくなる。
「お米のデザートって、こんなに美味しくなるんだ……」
結菜ちゃんが感心したように呟く。
他の家族からも「これはいいね」と好反応だ。
「うん、美味しい。それに、お店の味より日本人好みになってる」
私は素直に賞賛の言葉を贈る。
「わかってくれました?」と言わんばかりに相模がニッコリと微笑み返す。
「じゃあ、次はいよいよグラブジャムンの番だね!」
陽菜ちゃんが「世界一」への挑戦を宣言する。
さて、反応は如何に?
「あまーい! 口の中でシロップがジュワって溢れてきた。でも、なんだか美味しいかも。結菜、これどう?」
陽菜ちゃんが隣の結菜ちゃんに意見を求める。
「うーん……ひたすら甘いんですけど、口の中で香りが広がって、ただ甘いだけじゃないんですよね。すごく不思議な味です」
意外にも、若い二人には好評のようだ。さて、ご両親は。
「うん、甘い。ものすごく甘いな」
「本当に甘いわねえ」
はい、「甘い」の合唱いただきました。やっぱりそうだよね。
「さが……み、未来さん、レモンが残っていたら貰えるかな?」
「はーい」
家族の前で相模を呼び慣れていない名前で呼ぶことに気恥ずかしさを覚える。
少し待つと、相模が、くし形に切ったレモンを持って来てくれた。
「レモンをかけると、ちょっと違った味わいになります」
「どうなるのかな?」
好奇心旺盛な二人が早速試す。
「あれ、レモンティーっぽい味がする!」
「不思議。ドーナツを口に含んだままレモンティーを飲んでるみたいな感じ?」
面白がってくれたようで一安心だ。ご両親の方はというと……。
「うん、甘い。ものすごく甘いけど……」
「やっぱり甘いわね。でも……なんだか癖になる甘さだわ」
お父さんは相変わらずだが、お母さんの評価は悪くない。
そして、相模はというと?
「なるほど、こんな味だったんですね。確かに甘いですが、この香りはカルダモンと……薔薇でしょうか。そのせいか、暴力的なまでの甘さなのに、どこか上品さを感じます」
冷静に分析していた。でも「暴力的で上品」ってどういうことだ。
「暴力的なのに上品。これはスイーツ界の悪役令嬢、といったところでしょうか」
うまいことを言う。
双子が「確かに悪役令嬢っぽい!」と声を揃えて頷いている。
君たちも悪役令嬢が好きなのかな?
やっぱり姉妹だね。




