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第35話 相模家訪問②

「お招きいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、立派なお土産までありがとう。改めて、因幡くん、いらっしゃい」


「いらっしゃい。どうぞ、楽にしてくださいね」


 顔を出した相模の両親に、丁寧な挨拶を済ませる。

 すると、背後からひょっこりと、相模の妹たちも登場してきた。


「因幡さん、いらっ……」

「……しゃい」


 左右からわずかにタイミングをずらして響く、見事な「双子芸」での出迎えだ。

 まるでステレオ放送のディレイ(遅延)を聴いているかのような錯覚に陥る。


「結菜(ゆな)ちゃん、陽菜(ひな)ちゃん、歓迎ありがとう。もう『さん』付けで呼んだ方がいいかな?」


 姉妹の順に呼びかける。


「いえ、そのままで大丈夫ですよ」


「それより因幡さん。私たちの見分け、つきます?」


 二人からの挑戦状だが……さすがにヒントが欲しい。


「うーん。外見だけじゃなくて、ふたりの内面を確かめてみないとわからないかな」


「何です、それ?」

 

 ひとまず、笑ってくれた。

 よし、掴みは成功だ。


 見た目は一緒だが、結菜ちゃんの方がおとなしく、気持ち大人だ。

 一方、陽菜ちゃんの方は騒がしい。


 良く言えば素直で、悪く言えば口が悪い。気持ち子供だ。


 隣で相模が「また適当なことを言って、言いくるめるつもりだ」という、眼差しを向けてくるが、そうじゃないんだよ。同じ質問の答えから性格で識別がつくだろうという読みだ。


「じゃあ、質問。お姉さんは好き?」


「好き」

「好き」


 あれ、年頃の女の子たちだから、もっとそっけない反応が来ると思ってた。

 当てが外れる。


「じゃあ、お姉さんはかわいい?」


 相模が「何バカなこと聞くんですか」と言いながら私の肩をバンバン叩いてくる。

 双子たちは笑いながら「かわいい」と、声を揃える。


 ……ちゃんと、空気を読んでくれてるな。

 うーん、この流れなら「あの質問」をしても大丈夫かもしれない。試してみるか?

 

「じゃあ、次の質問。自分のこと、おにいさんに見える?おじさんに、見える?」


 いきなり切り札を投入する。


「姉の目の前」に加えて「内面を確かめる」という大義名分の盾。

 さらに、「シュッ」とした服装。


 さすがに面と向かって「おじさん」とは言いにくいだろう。


「えー、何それ!」

 

 また二人が笑う。よし、主導権はこちらにある。


「じゃあ、『せーの』で答えてみて」


 せーの!


「おにいさん」

「おじさん」


 ……揃わなかった。

 

 ちょっとショック。だが、これでいい。識別は完了した。

 横に顔を向けると、視界に入った相模は「あーあ、残念」という顔をしていた。


「口の悪いほうが、陽菜ちゃんだね」


 陽菜ちゃんが「やっぱりわかる?」という顔をしている。

 ただ冗談かもしれないが「おじさん」呼びはショックだったので抵抗を試みることにした。


「よし多数決の結果、票が分かれたから『おにいさん』でも『おじさん』でもないということで」


「じゃあ、何者なんですか?」


 陽菜ちゃんが、すかさず突っ込む。


「シュレーディンガーの因幡……かな?」


「……?」


 あれ?反応が鈍い。ちょっと滑ったかもしれない。


「それ、『おにいさん』である確率五〇パーセント、『おじさん』である確率五〇パーセントの状態が重なり合っているってことですか?」


 相模が解説兼フォローを入れてくれた、助かる。さすがは相棒。


 私の苦し紛れのハッタリを瞬時に言語化してくれたが、場にはまだ微妙な空気が漂っている。


「あ、そういえば『きなこ』ちゃんに今日は『ちゃーる』を持ってきたんだ。あげてもいいかな?」


 それ以上のうまい返しが思いつかなかった私は、足元を通り過ぎようとした影を見つけ、全力で話を逸らす作戦に切り替える。早くもコンビニで緊急確保した「対猫用最終兵器:ちゃーる・まぐろ味」の出番だ。


 カバンから急いで「ちゃーる」を取り出し、「何だこの生き物?」という顔をしている、きなこちゃんに見せる。そのパッケージを見ただけで、彼女(確かメスだったはず)は私に飛びついてきた。恐るべし「ちゃーる」。


 双子たちが私の猫使いの腕前に対して「やるな」という感心の眼差しを向ける。

 ……感心してるよね?


 相模が「うまいこと話を逸らしやがった」という目で私を見ている。

 この間、相模の両親はずっとニコニコしていた。


 その後、相模の了承を得て、きなこちゃんに「ちゃーる」を差し出す。

 一心不乱に舌を動かし、スティック袋に食らいつく姿は実にかわいい。


(四本入りだから、あと三度はこれでごまかせるな……)


 夢中で舐めるきなこちゃんと、それを見て目を細める相模一家。


 かくして、私が事前に用意していた「猫を使って場の空気を変える作戦」は、無事成功を収めた。


 本当に使うことになるとは思ってなかったけど……。


 その後は、きなこちゃんの写真を何枚か撮らさせてもらった。

 かわいい。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「さて、挨拶も終わったところで。先輩、ご飯ができあがるまで、少し待ってもらえますか? そちらの『Swap(スワップ)』で遊んでくれてもいいですよ」


 時計の針は十七時を回ったばかり。夕飯を囲むにはまだ少し早い。


「おにいさん」

「おじさん」


 相変わらず、私の観測結果は確定していないらしい。


「『大乱入』できますか? 勝負しましょう!」


 多人数で遊べる対戦アクションゲーム『大乱入』への、双子からの挑戦状だ。

 よし、ゲーム会社社員としての年季を見せてやるとしよう。

 

 ……まあ、自社製品ではないけどね。


「じゃあ、私は『ジョブス』で」

「私は『キッド』でいくね」


 結菜ちゃんが「ジョブス」で、陽菜ちゃんが「キッド」か。

 どちらも対戦環境では上位に君臨する、ガチめのキャラクターを選んできたな。


「じゃあ、自分は……」


 言いかけたところで、コントローラーを握る手が止まる。


 このゲーム『大乱入』において、私がよく使用している持ちキャラは、ことごとく女性タイプだ。しかも、全年齢対象の限界を攻めたような、セクシーなスタイルのキャラを好んで使っている。


 ……これを、この場で選んでもいいものだろうか。


 双子に、「このおにいさん(もしくはおじさん)、やっぱりちょっとエッチだわ」と引かれたりしないだろうか? 年頃の女の子の扱いは難しい。


 ここは無難に男性キャラか動物キャラにしておくか。

 操作経験がある『コムタン』を選択する。


 結果は……惨敗。


「おにいさん弱いですね」

「おじさん弱いですね」


「……明日から本気出す」


 相模の両親は相変わらずニコニコしている。


 そこへ相模が飲み物を持ってやってきた。

 テーブルの上にアイスティーが置かれる。


「あれ、先輩。妹たちには優しいんですね」


「?」


「だって私を『アカリ』でボコボコにしたことあるじゃないですか」

 

 以前、私の家へ遊びに来た相模が大乱入に挑戦してきた際、私はアカリで彼女をボコボコにしたことがある。アカリは性能も高い。だが、それ以上にけしからん格好をしている。なぜ全年齢対象のゲームに登場できたか不思議なほどだ。


「おにいさんも男の子ですね」

「おじさんも男の子ですね」


 アカリの名前を聞いたふたりの反応がこれだ。

 おじさんにして男の子。私の観測結果に、さらなる複雑さが加わっていく。


「いやー、アカリは強いからね。性能第一だよ?では、お姉さんを沈めた真の実力をご覧にいれよう」


 こうまで言われた以上、アカリを選ばないのも不自然かと思いキャラを選び直す。


 結果は……またも惨敗。


「おにいさん弱いですね」

「おじさん弱いですね」


「……明日から本気出す」


 いや、このふたりマジで強いわ。

 相模の両親はニコニコして……いる?


 プレイ中、アカリのお尻のアップとか、大股開きとか、際どいポーズが見えちゃったからな。


 この何とも言えない空気を変えるべく、私は再び救世主・きなこちゃんの姿を探し始めたが……いない。


 残念ながら猫の手を借りることはできなかったが、空気を読んだ(あるいは単に面白がった)双子がアカリのレクチャーを始めてくれた。


 結菜ちゃんが「こうすれば技と技をスムーズにコンボできますよー」と教えれば、陽菜ちゃんは「こうすると、もっとエロいポーズが見れますよー」と茶化してくる。


 そんなふたりの「お手本(?)プレイ」を眺めるかたわら、私は相模の両親と、会社での彼女の様子などたわいもない世間話に花を咲かせた。


「そういえばこの前だけど、未来に呼ばれて、いきなりカメラの前に出されたけど、因幡さん、驚きました?」


「え、何だいそれは?」


 オンラインミーティングにお母さんが「大乱入」してきた件は初耳だったようで、お父さんが食いついてきた。


「いやあ、驚きましたよ。まあ、先に仕掛けたのは自分の方で、ボイスチェンジャーで声を変えて、未来さんをからかっていたんですけどね」


「で、そのお返しに私が呼ばれた、と」


「はい。そのあと、きなこちゃんまで画面に登場してきて……挙句に『結菜ちゃんと陽菜ちゃんも呼びましょうか?』の一言で、完敗を認めました」


「はは! ゲーム会社の職場ってそんなに緩い感じなのか。いいなあ」


 お父さんは官公庁向けの固い仕事をしている。

 私たちの遊び心満載のミーティング話が、新鮮に映ったようだ。


「未来さんと仕事をしていると楽しくて、つい悪ふざけが過ぎてしまうだけですよ」


 娘さんのせい(おかげ)でこうなってるんですよ、と暗に伝えておく。


「私たちも出演したかったなー」


 陽菜ちゃん、一応これでも仕事なんだけどな。


「そういえば、新しいゲームを作っているんですよね? どんなゲームですか?」


 今度は結菜ちゃんから質問が飛んできた。


「お姉さんからは聞いてないの?」


「まだ内緒だそうです」


 意外としっかりしているな、相模は。

 身内相手でもペラペラと社外秘を漏らしたりはしないらしい。


「うーん、残念だけど、自分からも言えないな」


「えー!」


「このプロジェクトがうまくいったとして……発表できるのは、あと二、三年くらい先かな?」


「そんな先なんだー。じゃあ、お姉ちゃんとの子供の方が先かもね」


 ――陽菜ちゃんが、超・特・大の爆弾を落とす。


 思わず相模の両親の顔を窺ったが、二人ともさすがは大人だ。

 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべたまま、あえて何も言わずにいてくれた。


 本当に、温かくていい家族だな、と思う。


 だが、それだけにこの「生温かい目で見守られている空気」は精神的にこたえる。

 

 ひとまず、陽菜ちゃん対策だけは早めに講じておいたほうがよさそうだ。

 もし相模本人の前でこんなことを言われたら、どんな顔をしていいか分からない。


 困ったな、と思っていると、待望の空気を変える一言がリビングに響いた。


「先輩、お待たせしました。『未来』の気まぐれごはんフルコース』の完成です」



 ……フルコースってどういうこと?

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