第34話 相模家訪問①
駅の雑踏に消えていく相模の背中を見送りながら、独り溜息をつく。
今夜の「米抜き夕飯」を何にするかも問題だが、それ以上に頭を悩ませる未解決の重要事項が、二つ手付かずのまま残っていた。
まずは相模家への手土産だ。
泊まりでお世話になる以上、失礼のないものを選ばなければならない。
また相模には十五歳になる双子の妹たちがいる。
ここでセンスを外して「おじさん」のレッテルを貼られるのは、何としても避けたいところだ。
制約条件もある。
昨日、相模は、家族への土産として「秋の新作ケーキセット」を持ち帰っている。
それに旅行のお土産で私は「プリン」をもらっていたことも考慮すべきだろう。
被りは厳禁だ。
そしてもう一つ。
相模への誕生日プレゼントだ。
一昨年はゲームショウでもらったノベルティグッズ(無料)と駄菓子(数十円)
昨年は少し高価な紅茶のセットを贈った。
今年はもう少し踏み込んだものを贈りたい。
また冗談半分で口にした「今年の誕生日プレゼントには『因幡』と呼び捨てにする権利を正式に与えよう」という発言をどう扱うべきか?
誕生日まであと二週間。
デッドラインは刻一刻と迫っている。
山積みの問題を片付けるべく、自宅への直帰を取りやめて駅隣接のショッピングモールへと足を向けた。まずは明日に迫った、手土産の方から片付けるとしよう。
「さて……ケーキとプリン以外で、何か気の利いたものがあればいいんだが」
そっと独りごちる。
いっそ洋菓子全般を避けるべきか?ならば和菓子か?
いや、それでは妹たちにおじさん扱いされる懸念が拭えない。
もし何も見つからなかったら、近所で評判のケーキ屋で何か見繕えばいいと保険をかける気でいたが、それすらも今は悩ましい。
正解の見えない問いを抱えたまま、モール内をさまよう。
途中、輸入菓子を扱う店を見かけて期待を込めて覗いてみたが、手土産というよりは「日常のおやつ」といったラインナップだったためスルーした。
なかなか、ピンとくるものがない。
いったん腹ごしらえをしてから考えることにするか?
レストラン街に入り込み、候補を探す。
「米抜き」という制約のせいで、選択肢は自ずと限られた。
するとインドカレー屋を発見。
本当、どこにでもあるなと思いながら、店の前に掲げられたメニュー表を眺める。
セットメニューは、カレーにナンかライスの選択式。これなら米抜きの制約も満たせる。
店内に入り、手慣れた様子で注文を済ませる。
「ディナーセットを。カレーはマトン、中辛で。ナンでお願いします。飲み物はラッシーをください」
相模との米抜きの約束は守り抜く。
料理が届くまでの間、ぼんやりとメニューを眺めていた。
――あれ、これをお土産にできれば面白くないか?
目に留まったのは『キール』。
お米を甘く煮たミルク粥で、冷やしても、温かくても美味しい一品だ。これは明日、相模が振る舞ってくれるはずの『未来の気まぐれごはん』にピッタリなデザートになるのでは?
早速、料理を運んできてくれた店員にテイクアウト可能か尋ねたが、
「アツいときはムリダカラ」の一言でご破算になった。
確かに賞味期限が短そうだ。残念だが諦める。
そこでふと思いつく。インド料理には「あれ」があったじゃないか。
モノよりコト(体験)だ。
手土産として「世界一の体験」をしてもらうのもアリじゃないか?
「『グラブジャムン』はテイクアウトできますか?」
「デキルヨ」
「賞味期限はどれくらいですか?」
「三ニチぐらい、ダイジョウブヨ」
「じゃあ、六人分ください」
自分の分も注文する。これは……ある種の贖罪だ。
目の前でならべられた『グラブジャムン』は、ひとり分ずつ小さなプラスチックカップに入れられ、その上から蓋とラップが厳重に施されていた。念のため、保冷剤も追加してもらい会計を済ませる。意外とグラブジャムンは高いんだよな、などと思いながら。
さすがに手土産がこれだけでは寂しい――。
というより、やりすぎた感がある。
明日、近所で評判のケーキ屋で何か無難なものを追加することにする。
さあ、ひとまず家に帰ろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、目覚めと共に荷造りを開始した。
・下着(新品)
・靴下(新品)
・ジャージ(パジャマ代わり、洗濯済)
・ 整髪料、シェーバー、歯ブラシ
・シュッとした服一式(翌日用、新品)
特に忘れ物はないはず。
一安心し、朝食は買い置きのシリアルバーで済ませた。
午前中は家でごろごろして過ごし、昼食がてら例のケーキ屋に寄る。
ちなみに今日着て行く分の「シュッとした服」は、出発直前に袖を通すつもりだ。
結局、追加の手土産は「ガレット・ブルトンヌ」に決めた。
ケーキ屋の棚で一際目を引いたそれは、ざっくりとした食感を予感させる厚焼きの生地に、フランス・ブルターニュの塩がアクセントとして利いているという。
その佇まいは、間違いなく「おじさんではない」大人の選択だ。
これなら双子の妹たちからも、一目置かれるに違いない。
味の方も「塩の風味が利いてるからね」とでも言っておけば、通ぶれるはずだ。
さて、一つ目の懸案は片付いた。
片付いたが、そちらに専念しすぎて二つ目の「相模への誕生日プレゼント」のことをうっかり忘れかけていた。昼飯の後、少し街中をぶらぶらしてみようか。
昼食の目的地は、駅前のステーキ・ハンバーグ専門店に定めた。
ここまで来たら米抜きだけではなく「糖質」も抜いておこうという腹積もりだ。
すべては、美味しい「お米」に出会うために。
……とはいったものの、米のないステーキは、どこかストイックな味がした。
ソースの塩気がダイレクトに舌を突き肉の繊維がダイレクトに空腹を埋めていく。
本来ならここに白米という緩衝材が欲しいところだが、今は我慢だ。
すべては今夜、相模が振舞ってくれるはずの「気まぐれごはん」を最高のコンディションで迎えるための儀式なのだから。
どこか満足感の足りない昼食を終え、街中をぶらつく。
何かプレゼントの決め手になるようなもの、あるいはヒントはないだろうか?
なかなか目当てのものは見つからないな、とぶらつきながら、目に留まった雑貨屋へ入ってみる。二十五歳の女性への贈り物として相応しいものはなかなか見当たらないが、棚の片隅で、宝箱を模したデザインのギフト用封筒が目に留まった。
(これ、封を開けるとミミックが飛び出してくるような仕掛けはできないかな)
特に高価なものでもないし、何かの折に使えるだろうと、ひとまず購入しておくことにする。
今日の探索はここまでだ。さて、家に戻って出発の準備をしよう。
帰宅し、いよいよ「シュッとした服」に袖を通す。
値札が残っていないかは、すでに確認済みだ。
……だが、バッグに詰め込んだ方の二日目用の「シュッとした服」は大丈夫だっただろうか?
不意に不安に駆られ、パッキングを解いて再確認する。
こちらも問題ない。ようやく安堵の息を漏らした。
さあ、出かけよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
手土産とバッグを抱え、相模家へと続く道を歩む。
何度かお邪魔している場所だ、もはや緊張などしていない。
そう自分に言い聞かせたいが、やはり心臓の鼓動はいつもより少し速いかもしれない。
相模との関係が長く深くなればなるほど、彼女の家族に顔を合わせるのには、また違った種類の「気遣い」が必要になってくるからだ。
緊張を紛らわすかのように、頭の中でもう一度「忘れ物チェック」を繰り返す。
……あった。相模の家の猫に「ちゃーる」を買っておくのを完全に失念していた。
対猫用最終兵器、あの魅惑のペースト。
もし相模家内に居心地が悪い空気が流れたら、あれで一気に猫を懐柔し、猫と戯れる微笑ましい姿を見せることで強引に空気を変える……という作戦を思いついたというのに。
慌てて道すがら見つけたコンビニに飛び込み「ちゃーる・まぐろ味」を確保した。
今度こそ準備万端だ。さあ、相模家に行こう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マンションのエントランスで呼び出しボタンを押そうとすると、いいタイミングで中から相模が迎えに出てきてくれた。
「先輩、いらっしゃい」
「うん、お招きありがとう」
「お土産、ありがとうございます」
「日持ちするものとしないもの、二種類用意したんだ。片方は今晩のデザートにしてもらえるかな」
果たしてあれが「デザート」という範疇に収まる代物なのかという疑問は残るが。
並んでエレベーターに乗り込み、相模の部屋へと向かう。
「わかりました。ひとまず冷蔵庫に入れておけばいいですか?」
「ああ。でも、食べる直前に少し温めてほしいんだ」
「一体、何を買ってきたんですか?」
「それは、開けてからのお楽しみだ」
「それと言い忘れましたが、今日の格好は『シュッ』としてますね、いつもより大人っぽいです」
「おじさんぽくは……ない?」
「さあ? 妹たちに聞いてみます?」
そんな軽口を叩きながら、相模家の玄関前に着く。
「では改めて。ようこそ、我が家へ!」
「こちらも改めて。お招きいただき光栄です、悪役令嬢様」
「何ですか、その挨拶は、オホホ」
ふたりで笑い合いながら、リビングへ案内される。
「荷物、そのあたりに置いてもらって構いませんよ」
「ありがとう」
通行の妨げにならないよう、部屋の隅にバッグを置かせてもらい、手土産を相模に手渡す。
「これ、なんですか?」
袋の中から現れた、プラスチックカップに厳重に封じられた「謎の球体」を見て、相模が怪訝そうに尋ねる。
「世界一のお菓子だよ」
「世界一、ですか」
「何が世界一かは、食べてからのお楽しみだ」
「……どこかで見たことが、あるような気がします」
全ては食べてからのお楽しみ!




