第32話 ゲームシステム⑤
翌朝、目が覚めて冷蔵庫を開けると、昨夜のパンケーキ二枚と目が合った。
夜中に妖精さんが片付けてくれる奇跡は起きなかったようだ。
朝から重いな……と思いながら胃に収める。
こんな状況でも頭の中が「今日の昼は何を食べようか」で埋まっているのだから現金なものだ。米が禁止となると麺類か? グルメサイトを眺めながら会社へと向かった。
「よっ、おはよう。肥後さんから聞いたよ。これからよろしくな」
会社の最寄り駅へたどり着きオフィスへ向かう道すがら、同期の石見に声をかけられた。
「どこまで聞いたんだ?」
「面白そうなものを作ろうとしているから手伝えってさ。あとミミックちゃんのこと褒めてたぞ。『凄い』って。確かにあれは凄いわな、あの『胸』」
朝から下ネタはキツい。
「いや、昨日は本当に凄かった。白のブラウスにあれは、やっぱり最強だ」
なぜ便乗してしまっているんだ、私は。
しかも朝っぱらから。完全に石見のペースだ。
「うらやましいねぇ」
「これからお前も一緒に仕事できるだろ。そのうち毎日拝めるようになるさ」
そのうち、お前はセクハラで訴えられるだろうけど。
……ん? 私の方が先か?
「いいのかなー、そんなこと言って。ミミックちゃん社内での人気高いぞ? 誰かに取られないように気をつけなよ」
話の矛先が相模との関係に向きそうになったので、慌てて話題を逸らす。
「ところで、例の『ミミック事件』のその後はどうなったんだ?」
(ミミックちゃん、かわいい)
(ミミックちゃん、ホントでかい)
(ミミックちゃん、守りたいその笑顔)
(一緒にいるあいつ、死なねーかなー)
本番環境に、相模のあだ名連呼と私への呪詛が吹き込まれたテスト用の仮音声が混じってしまった件の後始末について尋ねる。
「再発防止策として、デプロイ前にダブルチェックを徹底することになったよ」
「今回だってチェックはしていただろ。ダブルチェックは工数のわりに効果が薄くないか?」
同じものを二人でチェックすると責任の所在が曖昧になり、かえって見落としが増える。これは経験則だ。
「ああ、チェック自体はしていたさ。ただ、チェック担当も悪ふざけしていたことが発覚してな」
「それでダブルチェックか」
「そう。しかもただのダブルチェックじゃないぞ。『チェックする人間がまともかどうか』をチェックする手順が加わったんだ」
地獄の無限ループだな。
次に失敗したら「チェック担当を任命する人間がまともかどうか」をチェックする手順が加わるに違いない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはよう」
「おはようございます」
いつものように私より先に出社していた相模を見かけたので、挨拶を交わす。
周りを見渡すと、他の社員はまだ出社していない。
朝っぱらから石見とろくでもない話をしたが、彼女の顔を見ると毒気が抜けていくようだった。
「朝食、ちゃんと食べましたか?」
「もちろん。朝からパンケーキ二枚はきつかったよ」
相模はすべて分かっていながら、いたずらっぽく聞いてくる。
「じゃあ、お昼は軽めでいいですね。今日はお蕎麦にしませんか? 小麦粉続きというのも、飽きますから」
「いいね、そうしよう」
「それで、明日は何時ぐらいにお邪魔すればいいかな?」
明日は相模の家にお邪魔して、『未来の気まぐれごはん』を振る舞ってもらう予定になっている。
「十七時ぐらいに来てもらえますか?」
「わかった」
あれ、昼からじゃなかったのか……。
ということは、自動的に明日の昼まで「米抜き」が継続されることが確定した。
今さら「昼からお邪魔できないか?」などと厚かましい提案ができるはずもなく、私は静かに運命を受け入れた。
「ところで、相模のご家族に苦手な食べ物とかはなかったよな?」
「はい、大体のものは食べられますが……ひょっとしてお土産ですか? いつも奢ってもらっていますし、気を使わなくてもいいですよ」
「いや、ご家族に会うんだからな。何か持っていくよ」
「楽しみにしてますね。『因幡セレクト』に期待しています!」
その後、昨日決まった内容について報告に向かったが、なぜか日向さんは頭を抱えていた。珍しい光景だ。
「どうしたんですか」
「いや、キックオフにCFOが参加することになった」
「そうですか」
「あまり驚かないんだな」
しまったな。
ここは驚くふりをすべきだったか?
日向さんにCFOとの関係を黙っているのは忍びないが、今さら言い出しづらいのでとぼけることにした。
「いえ、今回の話はCFOから出ているので、当然出席されると思ってました」
「まあ、やることに変わりないがな。多分黙って見ているだけだ。お金を出すからには見届けたいだけだろう。だからお前たちは緊張しなくていいぞ」
偶然かもしれないが、あっている。
「わかりました、頑張ります。で、昨日決まった内容ですが……」
「すまん、この後打ち合わせがあるんだ。今日も続きやるんだろ?それなら月曜日にまとめて聞くよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
というわけで、報告は持ち越し。
そして昼休み、私たちはなぜか立ち食いそば屋の前に並んでいた。
「立ち食い蕎麦屋に来るのは久々だな」
「食べてみたいものがあるんですよ。先輩も同じものにしてみますか?」
「いいけど、何が食べたいんだ」
「これです」
券売機のボタンを、相模が迷いなく指さした。
そこにあったのは――『コロッケそば』の文字だった。
『そば』で検索していたら検索結果に出てきたので、どんな味か食べてみたくなったらしい。
「これは……意外と美味しいです! 出汁をたっぷり吸った衣が、口の中でじゅわっと溶けて。中のジャガイモの甘みとおつゆが混ざり合って、クセになりそうな味ですね」
邪道だなんだと言われる食べ方だが、彼女が楽しそうに食べているのを見ると、この組合せが正解のように思えてくるから不思議なものだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これより第7回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」
いつもながらの、相模による開会宣言が読み上げられる。
「本日の議題は『プレイヤーキャラクター』のパラメータ整理です。まずは先輩から発言をどうぞ」
「まずは前回のおさらいからだ」
ディスプレイに昨日決めた要点を記したメモを映し出す。
①プレイヤーキャラクターは、進行ルート上の罠を無力化する。
②スキルやアクションを駆使し、ピーターに向けられた敵のヘイト(標的)を自分に引き寄せる。または弱体化させる。
③最後はプレイヤーがお膳立てした舞台で、ピーターが『とどめ』を刺す。
④ピーターは『無敵』のサポートキャラクターとして機能する。ただしHP(体力)やMP(精神力)の代わりに、『服の汚れ』や『帰宅時間』をパラメータとし、一定値を超えると「親」から説教される。(ゲームクリアから遠くなる)
「プレイヤーキャラまで無敵にしてしまうと、当然、ゲームとしての緊張感が損なわれる。そのため、HPやMPといったパラメータを実装し、リソース管理の要素を入れる必要があるわけだが……」
そこまで一気に言い切ったところで、相模がすっと手を挙げた。
「先輩、提案があります」
「なんだろう」
「話が脱線するのが目に見えているので『背後霊ちゃんにHPがあるのか、ないなら無敵なのか』という議論は一旦後回しにしてください」
「了解だ。では、先に使い魔ちゃんとペットのパラメータから詰めるとしようか」
こちらの思考回路は完全に読まれている。
しかたがない、推しキャラである『使い魔ちゃん』から検討することにする。
推しと言い張ったくせに、この子については詳細をあまり詰めてこなかったな。
「使い魔ちゃんのパラメータだが、オーソドックスにHPとMPでリソース管理し、攻撃力や防御力でダメージ計算を行う、でいいと思う」
「賛成です」
「よし、決定」
早い。
「次にペットだが、こちらもオーソドックスにHPとMPでリソースを管理し、攻撃力や防御力でダメージ計算を行う、でいいと思う」
「ペットにMPがあるということは、魔法を使えるようにするんですか?」
「魔法というよりスキルだな。SPに置き換えよう」
「賛成です」
「……議長。サクサク決まるのはいいんですが、これでは『背後霊』を後回しにした意味が薄くないですか?」
「そうかもしれません。どこかに見落としが……。あっ、先輩。使い魔のアクションですが、『唱える:主人公の魔法にシンクロし、その効果を高める』ってありましたよね。これ、ピーターが魔法を使えないと成立しないんじゃないですか?」
使い魔ちゃんの設定は以下の通りだ。
コマンド/アクション例)
・唱える:主人公の魔法にシンクロし、その効果を高める。
・気をそらす:身代わり(おとり)となる。
・伝える:メッセンジャーとして離れたNPCに主人公の意志を届ける。
・誘惑する:敵を誘惑し一時的に味方につける。
相模の言う通りだ。今日の彼女は、賢いな。
「魔法の件もそうだが、ピーターは演出として『とどめ』役をさせるつもりだったから、このままだと発動機会がないな」
「何か別のアクションに差し替えますか?」
「それも後回しにするか?」
「いいですが、背後霊ちゃんのHPの件と、どちらを先に考えます?」
「こっちが先だな……」
頭の中でロジックを組み立てる。
ピーターを魔法不可とするなら、使い魔を単独魔法ユニットにするか、アクション自体を変えるか。逆にピーターを魔法可にするなら、発動機会の調整が必要だ。
整理した内容を、そのまま相模に説明した。
「先輩は、どっちがいいと思いますか? 使い魔ちゃんは先輩の推しですよね」
相模が小首をかしげて聞いてくる。
背後霊を裏切り、彼女を推すと公言した以上、自分で決めろということだろうか?
判断を委ねたつもりだったが、そのままブーメランのように返ってきてしまった。
今さら推しを乗り換えようにも、残る推しの選択肢はペットしかいない……。
ケモナーはさすがにな……。私にはレベルが高すぎる。
「ピーターは魔法を使えない。使い魔ちゃん単独で魔法が発動できるようにしよう」
「理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「この後、もっと厄介な『大物』が控えているからな。今は脳のリソースを節約しておきたい」
そう、背後霊のHPという哲学的大物が。
「背後霊のHP(体力)か。あとMP(精神力)の使い道も考えないといけないな」
背後霊の設定は以下の通り。
コマンド/アクション例)
・取り憑く(とりつく):特定のNPCを一時的に操り、状況を打破させる。
・暴く(あばく):主人公には見えない「真実」や「道」を視覚化して見せる。
・驚かす:周囲のオブジェクト(椅子、燭台、鎧など)をガタガタ動かして音を立て、敵またはNPCを翻弄する。
「MPは『驚かす』のに使えばよくないですか?」
「そうしよう」
MPは即決。
「で……問題のHPだが」
再び頭の中でロジックを組み立てる。
・あるとすると、「死んでるのにHPあるのおかしくね?」と突っ込まれる。
・ないとすると、MPのみでキャラクターの行動不能を判断しないといけなくなる。
敵側の「精神攻撃」のバリエーションを増やす必要が出てくる。
整理した内容を伝えると、相模はあっさりと答えた。
「もうHPがある前提でいいんじゃないでしょうか、ゲームなんですから」
「うーん、もう少し考えさせてくれ」
野暮な突っ込みを、甘んじて受けるのも癪にさわる。
ハイフライヤーのアセットの中にあった素材データを思い返す。
――足がなく、ひらひらとした布を被ったコミカルな「浮遊物(お化け)」
「……そういえば、背後霊は、ひらひらとした布を被っていたな」
「ええ、そうですね」
「背後霊は実体がないとしても、布に『実体』があるとすれば、背後霊は周りから見ることができるんだよな、もちろんピーターにも」
「たしかにそうですね」
「つまりだ。背後霊自体にHPがなくても、布にHPがあることにすればいい。そして背後霊は人に見られると死ぬ」
「いきなり死んじゃうんですか。それ以前に、人から見えるんですかね……」
「背後霊はピーターが持っていた布が気に入っている。布フェチだ。だからピーターについてくる」
思い付きで設定を追加していく。
「いや、布フェチだったら布を被って、そのまま逃げちゃえばいいんじゃないですかね……」
「ピーターの匂いが好きでどうだ?」
「どうだと言われても」
相模に匂いフェチの気持ちはわからないか、残念だ。
……私もわからないが。
「いや、もうそうしよう。このあたりが俺の思考の限界だ。ゲームとしての遊びやすさを優先して、布がダメージを受けたらHPが減って、ゼロになったら死ぬことにしよう」
「死ぬんじゃなくて、成仏ですかね? 意味わかりませんが。せめて霊らしさを出すために、HPがゼロになっても別の布があれば復活する、くらいの仕様は加えましょうよ」
「いいな、それ。ゾンビ戦法だ。肉体はないけど」
ようやく難問が解けた(ことにする)。
今日はもうこれで終わりでいいかな?




