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第28話 ゲームシステム①

 駅の改札前で相模と別れようとすると、彼女が思い出したように尋ねてきた。


「今日はCFOと会う日ですよね」


「ああ、そのつもりだ。進み具合を聞かれたら、今日も『順調』ですって適当に報告しておくよ」


「キックオフの日程が決まったこと、あの方はご存じなんですかね」


「たぶん、知っているはずだ。今回の件の言い出しっぺだし、日向さんなら報告していると思う」


「日向さん、どこまで説明しているんでしょうかね」


「あまり細かいところまでは話していないんじゃないかな?あくまでスケジュールの共有程度だろう」


「そうですか。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」


 自動改札を抜けて雑踏に消えていく背中を見送り、私も家路を急いだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 自宅に帰り、「天界のプラネットオンライン」にログインする。

 いつも通りの露出の少ない装備に身を包んだレイチェルの姿がすぐに目に入った。


「こんばんはー」


 ボイスチャットで挨拶を投げると、間髪入れずに応答があった。


「あら、こんばんは。キックオフミーティングをやるんですって?」


 案の定、筒抜けだった。


「あ、はい。十月十六日に開催予定です」


「十月十六日、ええと……金曜日ね。じゃあ私も出席するから、頑張ってね」


「えっ?」


「スポンサーなんだから、出席してもいいでしょ」


 驚く私をよそに、彼女は淡々と続けた。


「日向さん、そんなことは一言も言っていなかったんですが……」


「今決めたわ。授業参観みたいなものよ」


「授業参観ですか?」


「そう、母親として、私が産み出した『お金』という子供がどう使われるのかを、しっかり見学させてもらうわ」


 どうやら、見守る対象は私ではなく「お金」の方らしい。


「それにね、私が指名したメインプランナーのデビュー戦でもあるんだもの、見届けたくなるわよ」


「……光栄です」


 一応、私も確認対象であるらしい。


「あなたのことも、十代の頃から知っているしね。なんだか感慨深いものもあるわ」


 画面越しのその言葉には、経営者としての冷徹さとは違う、出会った頃を懐かしむような響きが混ざっていた。



「さて今日はクエストの残りを片付けるわよ」


【クエスト:女神の涙を集めよ】

 ――人々に見放され、信仰を失い天空へと還ってしまった女神。人々に忘れ去られても、その慈悲は消えず。彼女の涙は再び、荒廃した大地を蘇らせん。


 かつて地上を慈しみ、人々の祈りを糧にしていた「豊穣の女神」の物語。人々が豊かになり、祈ることを忘れたため、彼女は力を失い天へと昇った。しかし、守り手を失った大地は次第に痩せ衰え、人々の心もまた乾いていく。


 プレイヤーは、世界中に散らばった彼女の「涙」を集め、かつての実り豊かな大地を取り戻さなければならない。


 集めるべき未練は残り三個。先週までのペースなら今日中に完遂できる見込みだ。


「クエスト完了までもう少しよ。さあ、行くわよ」


 まずは本日一体目の女神像を発見。黒ウサを近づけ、「祈り」のモーションを発動する。当然、カメラ視点は真横だ。


 ——黒ウサの「胸」が、重力に従って「たわわ」に垂れ下がる。やはり、すごい。


 続いて二体目。今度も迷わずカメラを真横に回す。


 ――黒ウサの「胸」が、重力に従って再び「たわわ」に垂れ下がる。何度見ても、技術の無駄遣いがすごい。


 見た目のインパクトもさることながら、こんなに阿呆な(最大級の褒め言葉だ)モーションを大真面目に実装した技術者の執念に、心底敬意を表したい。


「……ねえ、あなた。女神像を見つけたと思ったら、猛ダッシュで駆けていくわね?そんなにお祈りしたいことでもあるの?」


「祈っているうちに、ご利益がありそうな気がしてきまして。プロジェクトの成功とか……さあ、残りはあと一体ですよ!」


 もしカメラの先にある私の視線がバレていたら、間違いなく軽蔑の目を向けられるだろう。だがここは仮想世界だ。そこまで見破る術はない。


 そして最後の女神像を発見。集めた涙と共に最後の祈り役はレイチェルに譲る。


「私がクエスト報酬貰っちゃっていいのかしら?」


「構いませんよ」


 報酬は一つしか貰えない。ただ、私は黒ウサの「胸」というに十分な「ご褒美」をいただいているので問題ない。


「さて何が手に入るのかしら」


 レイチェルが祈りを捧げるモーションに入る。


 黒ウサをレイチェルを真横から視野に入れるよう位置取りを変更する。

 うん、垂れない。


 すると……。


「これは何?」


「『豊穣の胸当て』ですか……早速、装備してみます?」


「名前は立派だけど……何だかイヤな予感がするわね」


 ここまで「ある部分」の物理演算にこだわった運営だ。オチが読めてきた。

 

 画面上でレイチェルが装備を切り替える。豊穣の胸当てを装備した彼女の胸元は、女神の慈悲をこれでもかと詰め込んだかのように、たわわに「実って」いた。


「やっぱり……呪いのアイテムじゃないかしら、これ」


「ジャンプしてもらってもいいですか?」


「ホント男の子って……馬鹿ね」


 ——ポヨン。


 豊穣の胸当ては呪いなどではない。私にとっては、紛れもない「奇跡」だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……ということがあったんだが」


 翌朝、昨夜のCFOとのやり取りを相模に報告する。


 今日の相模はいつもより落ち着いた服装だ。白のブラウスにタイトスカート。他部署の上長へ会いに行くから気を使ったのだろう。


 うん。この格好、やけに胸が目立つな。


「ジャンプして……って、そんなこと言って、よくCFOに怒られませんね」


「怒られはしなかったぞ。呆れられただけだ」


 だが、彼女はちゃんと跳んでくれた。画面の向こうの彼女のクリック操作に合わせてレイチェルの胸が「ポヨン」と、かつてない弾力で揺れる姿には感動した。


 やっぱりCFOは優しい。器の大きい、実にいい人だ。


「で、キックオフミーティングにCFOも参加されると。これは一大事ですね」


「本人曰く『授業参観』だそうだ」


「先輩の、ですか?」


「『私が産み出したお金がどう使われるのか、しっかり見学させてもらうわ』だってさ。俺はおまけみたいなもんだよ」


 CFOが私のことも気にかけてくれているのは分かっていたが、それを口に出して相模に説明するのはどうにも気恥ずかしい。私は適当に言葉を濁した。


「さて、今日は肥後さんへ挨拶に行かなきゃな」


「そうですね。今朝、日向さんに挨拶した際、『ありものでいいから説明資料を用意できるか』と聞かれましたけど、先輩、作れますか?」


「俺頼みかよ……。わかった、まとめておくよ」


 どのみち、どこかで形にしなければならない作業だ。やるべき仕事の「先食い」だと思うことにした。だが、いざ書き始めてみると、短い期間ながらも色々なことがあったなと思い出し、意外なほど筆が乗った。



 ——気づけば、もう昼休みだった。



「先輩、今日のお昼どうします?」


「すまん、今日はパスだ。もう少しでこれまでのまとめを企画書の体裁にできそうなんだ」


「じゃあ、私が代わりにお昼買ってきますね」


「助かる。……じゃあ、これでお願い」


 相模に千円札を渡す。そして十五分後。

 

「ただいま帰りました。パンを買ってきましたよ。はい、これ先輩の分です。相模チョイスです!」


 相模が買ってきたのはバジルチキンのサンドイッチと塩パン、小さめのオレンジのパン・オ・ショコラ。袋から取り出した塩パンは、まだ焼き立ての熱を帯びている。


「はい、それとこれです。きっちり千円使わせていただきました」


 最後に、ミルクティーがデスクに置かれた。


「どうも。相模の分は何にしたんだい」


「私も同じセットにしました。飲み物はレモンティーですけど」


 キーボードを叩く手を止め、まずはまだ温かい塩パンを口に運ぶ。じゅわっと溶け出すバターのコクと絶妙な塩気が口の中で絡み合い、非常に美味しい。


「焼き立ての塩パンが売っていたのはラッキーだったな」


「ですよね。でも塩パンって名前で損してる気がしませんか? なんだかあまり美味しそうに聞こえないというか」


「言われてみればな。でも、それ以外の名前も思いつかないな?ただの普通のパンと何が違うのかって聞かれると、答えに困る不思議な味だしな」


 塩パンを平らげ、続いてバジルチキンのサンドイッチに手を伸ばす。相模も同じペースだ。


「資料の方はどうですか?」


「あと一息だ。昼休み中には仕上がると思うよ」


 思いのほか進みがよい。このペースならお昼は外へ食べに行っても大丈夫だったかもしれなかったが、相模が選んでくれたパンもまた、文句なしに美味しかった。


「できあがったら見せてくださいね」


「ああ、レビューを頼むよ」


 締めはオレンジのパン・オ・ショコラだ。デザート代わりの甘さを楽しみ、ラストスパートをかける。


 そして、昼休みを少し過ぎた頃、ついに資料が完成した。

 早速、相模に内容を確認してもらう。


「……先輩、これ作るのにAI使いましたね」


「もちろん」


「昨日は、私がAIに回答を考えさせたことに否定的な感じでしたけど?」


 相模がジト目で指摘してくる。昨日、彼女がAIに回答を作らせたことに私が問い詰めるような態度だったことを思い出したらしい。


「お、自白したな。昨日はしらばっくれてたのにさ。……まあいい。AIに回答を『一から考えさせる』のがダメなんだよ。俺がやっているのは違う。自分の考えを『それっぽい言葉』で整えてもらっているだけだ。だからAIが出力した言葉の意図もわかるし、自分の言葉として説明もできる」


「私だって似たようなものです……」


「本当に?」


「……AIって、すごいですよね」


「こんなとき、AIならなんてとぼけるか、『相模さんmkⅡ(マーク・ツー)』に回答を作成してもらうか?」


「何で復活……バージョンアップさせてるんですか、早く消してください」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 —— 「相模さんmkⅡ」によるシミュレーション 実行結果 ——



 >とぼけ方を教えてください。


 ##################


 「にゃーん」


 ##################



 返って来たのはたった四文字の回答。


「……バージョンアップ成功してます?」


「少なくともトークンを節約するようにはなったみたいだな」

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