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第27話 物語⑦

 ミーティングルームを出ると、時刻は十九時を少し回ったところだった。

 当然のようにまだ働いていた日向さんを見つけると、相模を引き連れて本日の残業申請と成果報告を行う。


「今日は進展があったみたいだな。顔に出ているぞ」


「そうですか? でも大きな進展がありました」


「難所をクリアして、今日は物語ストーリーの骨子も作ることができました」


 相模が嬉しそうに報告する。


「ほう、『お使い』を単なる作業ではなく、親の信頼を勝ち取ると同時に、戦う力を証明する『試練』に昇華させたか。面白いな」


 日向さんは議事録に目を落としたまま、満足げにうなずいた。


「『優しいけれど、甘くはない』……。いいコンセプトだ。ただ守られるだけの子供ではなく、恐怖を自覚した上で一歩を踏み出す主人公。その必死な姿があるからこそ、周囲が手を貸したくなるという理屈も、プレイヤーの共感を生みやすいだろうな。よく考えたじゃないか」


「ただ、戦闘シーンを過度にシビアにしてはダメですね」


 相模が追加で思いついたことを述べる。


「確かに。流血や暴力的なエフェクトは避けたほうがいいですかね。襲いかかってきた敵を追い払う程度で」


「いいんじゃないか。ちゃんと議事録に足しておけよ」


「わかりました」


 早速、相模が議事録に一文を追加する。


「よし、引き続き頑張れ。それから……」


 日向さんは一度言葉を切ると、私と相模の目をまっすぐに見据えて続けた。


「大事な話が二つある。聞いてくれ」


「まず一つ目。各部署からの担当者アサインが完了した。これを見てくれ」


 日向さんがPCのディスプレイを私たちに向け、メンバー表を見せてくれる。


 プランナー:因幡、相模

 シナリオ:加賀、能登

 デザイン:山城、淡路、和泉

 システム:石見、長門、周防

 データ作成:北見、日高


「おお!和泉ちゃんがいます」


 相模が歓声を上げる。


 大体見知った名前だ。同期の石見もいるな。三十歳以下から選んだ感じかな?どうやら自分と石見が最年長のようだ。


「続いて二つ目。顔合わせを兼ねたキックオフミーティングを行う。その場で、企画内容をプレゼンしてもらう。……日程は、十月十六日だ。終了後は懇親会も予定しているから、空けておいてくれ」


「えっ」


「CFOから話が下りてきて、ちょうど一ヶ月経つしな」と日向さんが話を続けようとしたが――隣を見ると相模が固まっている。その日は……


「私の……誕生日です……」


 よりによって相模の誕生日と重なるとは。


「本当か? それは……なんというか、すまない」


 日向さんが申し訳なさそうな顔をして、交互に私たちを見る。二人で何か予定でもあったんだろう、とでも言いたげな視線だ。


「いえ、それより……あと二週間ですか。他のメンバーに声をかけて、手伝ってもらってもいいでしょうか」


 相模は残り期間の短さを察し、誕生日の件をひとまず脇に置いて、助けを求める。

 だが、日向さんは首を振った。


「いや、ここまで来たら二人だけで進めてみろ。今回は概要でいいんだ。完璧な企画書を求めているわけじゃない。詳細は集まったメンバーたちと練り上げればいい」


 日向さんは、射抜くような鋭い眼差しを私たちに向け直す。その表情は、温厚な上司のそれから、一人の『クリエイター』の顔へと変わっていた。


「作品を作る時はな、『純度』が必要なんだよ。揺るがないもの、譲れないもの。そして何より、お前たちが心底作りたいと願うもの、それが『純度』だ」


 彼は一度言葉を切ると、諭すように、その意図を説明する。


「お前たちはまだ経験が浅い。最初から大人数で揉めば、他人の意見を継ぎ接ぎ(つぎはぎ)しただけの、『誰の物でもない作品』に成り下がる。そんなもの作りたいか?」


「いえ……」


「特に因幡、以前言ったかもしれないが、お前には合理的で、計算高く物事を進めていくところがある。この話を最初から大人数で始めていたら、お前は周囲の意見を器用にまとめ上げて、無難な『誰の物でもない作品』を完成させていた可能性が高いと思うぞ」


 耳が痛い。日向さんは「言い過ぎかな?」と付け加えてくれたが、おそらく図星だ。


「で、相模と二人なら、ということですか」


「そうだ。それと本人の前で言うのもあれだが、相模は面白い発想をするよな?」


「褒められて……ないですよね」


 相模が微妙な顔をする。


「ちょっとは褒めてるよ。因幡は理詰めで物事を考えられる。お前なら、相模の発想を具現化できるんじゃないかと思ったんだ」


 確かにこれまでの決定の要所では、相模の直感的なアイデアを自然と取り入れ深掘りしていた。


・物語の主人公とゲームシステム内のプレイヤーを切り離すこと。

・プレイヤーとしての主人公をペットみたいな存在にすること。

・ペット達でパーティを組ませること。

・ほのぼのした優しい世界観を目指すこと。

・その世界観に合わせるために、子供を主人公にすること。


 そして、親からの脱却を描くこと。


 ——続く日向さんの言葉で我に返る。


「大人数の意見を無難にまとめるより、一人の面白い考えを突き詰める方が、化ける可能性があるだろ?」


「企画が化ける……ということですか」


「いや違うな。化けるのはお前だ」


 日向さんがコンビ継続を勧めた本当の意味が、ようやく分かった。


 目の前にいるのが相模一人だけだったからこそ、私はその未完成なアイデアを捨てずに、深く潜って考えることができたのだ。


 ――このコンビは相模のためじゃない。私の成長のために必要だったんだな。


 私が黙り込んで日向さんを見つめていると、彼はすべてを察したように、満足げに一度だけ頷いた。


「気づいたようだな。よし、話はこれで終わりだ。……ああ、すまん。もうひとつあった」


 日向さんは思い出したように付け加えた。


「三つ目だ。プロデューサーとディレクターは俺と運営三課の肥後さんで担当する。プロジェクトの予算管理やリソース調達周りは任せてくれていい。ただ、現場の進行管理と判断は、因幡に任せたい。いい経験になる。相模は因幡の補佐を頼む」


「わかりました!」


 私より先に相模が返事をしてしまったので、私はただ頷くだけにした。

 

「まずは明日、肥後さんに挨拶へ行こう。十五時からだ」この言葉で急展開を見せた本日の報告は終わった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 オフィスを出ると、まだ熱を帯びた夜風が頬を撫でた。駅へと続く道すがら、二人の足音が規則正しく響く。


「これから忙しくなりますね」


「そうだな」


「……それから、日向さんの言っていたこと、私にもよくわかりました」


「どういう意味だ?」


「いえ、先輩ってすごく期待されてるんだなーって」


「俺はもういい年になるからな。期待というよりは、尻を叩かれているだけだ」


「そんなことないですよ」


 相模は少し前を歩き、振り返らずに言葉を繋いだ。


「でも、期待されてるのがちょっと羨ましいな、なんて」


「相模」


「はい?」


 呼びかけると、彼女は駅の明かりに照らされて立ち止まった。


「相模は、今度の誕生日で二十五歳だろ」


「四捨五入すると三十路みそじの仲間入り、ってやつですね」


「いやまだ若いって言いたかった。数年たって……相模が今の自分と同じ、三十歳になる頃には」


「なる頃には?」


「……俺が相模をちゃんと導けるようになっておくよ」


 一瞬の沈黙の後、相模はふいっと顔を背けた。


「……カッコつけすぎです、先輩」


「そうか。まあカッコよくなりたいな、とは思ってるよ」


 照れ隠しに少し歩くスピードを上げると、相模が小走りで追いついてきた。


「そうだ、先輩」


「何だ?」


 不意にトーンの変わった声。……今度こそ、誕生日プレゼントの催促だろうか。

 私は身構えながら、彼女の次の言葉を待った。

 

物語ストーリーが固まってきました。このあたりで物語の主人公の名前を考えませんか?いつまでも『物語の主人公』じゃ呼びにくいですし」


 期待(あるいは覚悟)していた方向とは、真逆の球が飛んできた。相模はまだ「仕事モード」のままらしい。話の切り替わりこそ突飛だが、いずれ決めなければならないことではある。


「候補はあるのか?」


「ひとまずの愛称ですが、『ピーター』でどうでしょう?」


「もしかしなくても、『ピーター・パン』からか?」


「そうです。元気な子供と言ったら、『ピーター・パン』か『トム・ソーヤ』が相場ですから」


「二人ともなかなかの悪ガキだけどな。それにピーター・パンは『永遠の子供』だろ? 子供が成長して周囲に認められる話を作ろうとしているのに、矛盾しないか?」


 私が問いかけると、相模はふっと空を見上げ、夜闇に溶けそうな細い月を眺めた。


「いいんです。物語の中でくらい、大人も『永遠の子供』に戻ったって。……そのための名前です」


「……童心に帰れ、いや、ノスタルジーを感じてほしいということか」


「なので『ピーター』にします。決定です」


「わかった。で、主人公は男の子だけでいいのか」

「え?」


 相模が意外そうにこちらを盗み見る。


「いや、俺は男の子と女の子、どちらも選べるようにするものだと思っていたんだ。今のプロットなら、どちらでも物語の進行に支障がなさそうだったからな」


 すると相模が急に足を止め、ジト目で私を凝視した。


「もし女の子が実装されたら、先輩は女の子を選ぶ気ですね」


「……たぶん、な」


 三人称視点のゲームなら、そりゃあ女の子を選ぶだろう。プレイ中、ずっと男のケツばかり追いかけたくはない。


「小さい子供も……いける口なんですね」


「いや、いけない。ただ、動く姿を愛でたいというか……」


「やっぱり変態ですね」


 相模から見た私の属性が、黒ウサによる変身願望・露出願望に加え、新たにロリコン疑惑が加わったかもしれない。


「で、女の子も選べるようにするかい?」


「二周目をプレイする際に、キャラクターは変えられたほうがプレイヤーのモチベーションは上がりますね。選べるようにしましょう」


「名前は?」


「すぐには思いつかないので、後で考えます」



 この時、何気なく交わした会話が——。


「ピーター」という名に宿した相模の直感が、後に「私の想い」を完成させる最後のワンピースになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。

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