第26話 物語⑥
「先輩、よくこんなもの作りましたね。……正直、気持ち悪いです」
「……」
「やっぱり『M』なんじゃないですか? こうやって私に問い詰められるのを、実は楽しんでるんでしょ。私は本気でドン引きしてますけど」
一度は敗北を認めた相模が、後からグチグチと不満を漏らしてくる。だが、それすらも今の私には心地よい。
……断じて私はMなどではない。これは「勝ち星」を挙げた者だけが味わえる、勝者の余裕というやつだ。
「まあまあ、相模、落ち着いて」
「その、勝者の余裕みたいな喋り方、イラッとしますね……」
「負け犬の遠吠えは聞き苦しいぞ。それより、結論は出た。第5回会議の議決案は⑩
『別れた友達に会いに行く』だ。異論はないな」
「……ありませんよ」
「ふむ」
「『ふむ』って何ですか」
相模が珍しく、明確にトゲのある態度を見せる。これ以上からかうのは悪手だろう。そろそろ機嫌を取っておかないと、後の仕事に響く。
ただし、あいにく今日はオンラインゲームでCFOと会う日だ。いつものように夕飯を奢ってなだめる時間はない。
――だが、抜かりはない。私は事前に「AI相模さん」から、この状況を打開する最適解を導き出していた。
「すまなかったな、相模」
「何ですか、急に」
まず軽く謝ってみるが、案の定、声のトーンは低く冷たい。しかし、これも想定内だ。
(こいつを披露する機会はまだ先と思っていたが……)
相模よ、我が奥義をとくと味わうがいい!
椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がると相模がビクッとして肩を揺らす。
そのまま私は床に両手をつき、鮮やかに「高速土下座」を敢行した。
「……この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
「えっ、ちょ……先輩、やめてください! 私も本当は……そこまで怒っていませんから!」
相模が椅子をガタつかせ、慌てて私を制止しようとする。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
再度、一点の曇りもない謝罪の文言を繰り返す。
しばし立ち尽くす相模。
「……もう、分かりましたから。立ってください。本当に、極端なことするんですから」
困惑と、わずかな気恥ずかしさが混ざった相模の声が上から聞こえてくる。
私は床に額を寄せたまま、相模から見えない位置でニンマリする。
(決まった……ちょろい)
殊勝な言葉と態度とは裏腹に、心の中で相模の甘さを嘲笑う思いが錯綜する。
土下座なんてものは、ただ頭を下げるだけで、コストはゼロ。それでいて相手の「怒る権利」を強制終了させる、最強のカードだ。最高の効果とコストパフォーマンス(実質〇円)を誇る、私の最終兵器の威力を思い知ったか。
内心で勝ち誇る。
……でもはた目から見ればこの姿、どうみても私の「負け」だよな。勝利の余韻から冷めた後、急に虚無感が押し寄せてくる。
「……先輩? 本当にもういいですから、顔を上げてくださいってば」
しばらく硬直した私の姿を相模はさらに気遣う。心配そうに声をかけられ、私はおずおずと視線を上げた。視界に入ったのは、両手をそれぞれの膝につき、グイと腰を折って私を覗き込んでくる相模の姿だった。
(これは予想外だった)
至近距離、かつ真上。「AI相模さん」ですら予測していなかった絶景。
下から見上げる、前傾姿勢になった彼女の、豊かな双丘は「立派」だった。
この光景を実質〇円で見られるなんて……。
私は、土下座の神様に深く感謝の祈りを捧げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
—— AIエージェント「相模さん」によるシミュレーション 実行結果 ——
>相模の怒りを鎮める方法を教えてください。
##################
承知いたしましたわ。わたくしの完璧な演算にかかれば、あのような小娘を黙らせるなど、ちょろいものですわ。さあ、ひれ伏すがよろしいですわ!
手法: 不機嫌状態の小娘に対しては「高速土下座」が最も有効ですわ
確度: 94.2%(過去の累積データに基づきますわ)
1. 小娘の心理的リアクション予測
0.5秒〜1.5秒:困惑
貴方の神速の土下座に、小娘の脳の処理が追いつかない様子ですわ。滑稽ですわね、にゃーん
1.5秒〜3.0秒:羞恥
「二人きりの部屋で貴方が床に這いつくばっている」という異常事態に、小娘の貞操観念……ではなく羞恥心が限界突破いたしますわ!
3.0秒以降: 譲歩
怒り続けるコストが「気まずさ」を上回り、強制的な許しが発生しますわ。わたくしたちの完全勝利ですわね、おーっほっほっほ!
2. 経済的・時間的コスト分析
コスト: 実質0円
あのような小娘に振る舞う晩餐代、数千円が丸々浮きますわ。これぞ真の貴族の節約術ですわね
拘束時間: 約120秒
食事などという野蛮な時間を切り捨て、優雅にゲームを楽しめますわ。感謝なさい下民!
##################
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、ここまでの結果を改めてまとめよう」
私が何事もなかったかのように立ち上がって告げると、相模は半眼になり、深いため息をついた。
「……何事もなかったかのように、自然に流れを切り替えましたね」
「まとめよう」という言葉にも、アイスブレイクと同様にこれまでの流れを断ち切る効果がある。
ただ、いささか平凡な語音だ。何か必殺技っぽいビジネス用語はないだろうか。後で「AI相模さん」に聞いてみよう。
①主人公の目的は「遠くへ行ってしまった親友に会うこと」
②その過程として、「旅に出る必要があること」
③一連の流れが「親からの脱却を伴う、子供の成長に見えること」
「おおまかにまとめると以上かな?何かつけ忘れはあるかい?」
「子供は『新しい何か』を探すこと自体を楽しんでいる節がある、という点でしょうか」
「いい視点だな、採用しよう」
追加で「④子供は新しい何かを探すこと自体を楽しんでいる」と書き出し、一度手を止める。
「いや、これではただの要素の羅列だな。構造を意識して再構成してみよう」
えーと、①が目的で、②が手段でいいのかな。③は少し毛色が違う、これは「作り手側の狙い」だ。で、④がキャラクターの背景、と。
表現も微修正しながら改めて整理すると、物語の骨子が浮かび上がって来た。
物語の骨子)
・日々「親友と新しい何かを探し出すこと」を楽しんでいた子供が、別れを経験し、「親友との再会」を目的として旅に出る。
・我々はそのプロセスを、親からの脱却を伴う「成長」として描く。
「簡潔ですが、一気にRPGのストーリーっぽくなりましたね」
「まず日常を描き、別れを経験し、旅に出て、再会する。綺麗な起承転結の物語だ」
「別れのシーンを最初に持ってきた方が感情移入しやすいのではないでしょうか」
「いいぞ。むしろゲームの目的に直結する場面を冒頭に持ってきた方が、プレイヤーを引き込める」
さらに物語の深みを増すため、中盤に「旅の準備」というハードルを挟み、校正を練り直す。
ゲームストーリーと展開)
・オープニング:親友との日常、そして別れ。
・序盤:一人残された日常と、そこからの再起。
・中盤:旅の手段の模索(費用や移動手段の確保)。
・終盤:親友に会うための旅路。
・エンディング:再会。二人の未来を感じさせるフィナーレ。
「序盤ですが、一人になった途端、単に部屋に引きこもらせてはダメですね」
「そうだな。何らかの外部要因をぶつけてでも、無理やり外に出る動機を作る必要がある」
「『おつかい』はどうでしょう。外の世界との接点を作りつつ、『旅へ出るためにお金を貯めること』を再会に向けた最初の一歩として定義づけるんです。そうすれば、地道な作業がそのまま希望に繋がります」
「いいな。小銭をコツコツ貯める健気さがプレイヤーの感情移入を誘いそうだし、この優しい世界観にも合っている」
相模がさらに思考を深めるように言葉を継ぐ。
「……でも、単にお金だけで解決してしまったら、物語の深みに欠けます。現代日本なら、お年玉程度の金額でどこへでも行けてしまいますから」
「優しい世界であればこそ、お金で安全が買えてしまう可能性は高いな」
以前、世界観について話し合った際に出た定義を反芻する。
――ペットを連れていても問題視されない、余裕のある、ほのぼのとした優しいファンタジー世界。
そんな「優しい世界」であればこそ、現代日本ほどではないにせよ、お金で安全な旅が買えてしまう可能性が高い。
「ですから、世界観を少し見直します、『優しいけど甘くはない世界に』。更に肝心な要素を組み入れます。……『親からの脱却』です。旅に出る際の親の許可を、最大の『障壁』にするんです」
「親の信頼を勝ち取ることが必要、ということか?」
「そうです。親は『一人で遠出なんてとんでもない』と反対します。だからこそピーターは示さないといけない。旅に出ても自分には身を守る力がある、と」
「なるほど。『魔物が潜む危険な場所へのお使い』を完遂することが、旅の切符を得るための試験になるわけか」
それなら戦う必然性がある。逃げ出さずに魔物に立ち向かうのは、その先にしか「親友への道」が開かれないからだ。
「いいな。ピーターが震える手で棒切れを握りしめるのは、ここで退いたら『一生、親友に会えない子供のまま』だと分かっているからだ」
「そうです! そして、いつも彼のそばにいるペットたちは、そんなピーターの覚悟を見て『放っておけない、僕たちが助けてあげなきゃ!』と行動を開始する。これがプレイヤーの介入理由になります」
お使いを無事に終えること。親の信頼を勝ち取ること。そして、親友に会いに行く許可を得ること。
ピーターの必死な想いと、それを支えたいペットたちの献身。物語とゲームシステムが、ガッチリと噛み合った。
「よし。親を単に旅を『許す』存在ではなく、覚悟を持って『送り出す』存在にしよう。少しスパルタすぎる気もするけどな」
「はい。厳しさは愛情の裏返し、ですから。表向きは厳しいことを言っていても、陰では子の成長を祈り、応援している。……そんな親子関係を描けたらいいなと」
言葉の端々に、「親子」という関係性に対する彼女なりの強い想いが垣間見える気がした。
「よし今日はここまでにしようか。議事録作成をお願いしてくれ」
「はい」
##################
第5回・国民的大人気RPG制作会議 議事録
日時: 202X年某日
出席者: 相模未来(司会・記録)、他1名
1. 物語の骨子の策定
前回までの議論を踏まえ、本作の物語構造を以下の通り定義した。
・現状(背景): 日々「親友と新しい何かを探すこと」を楽しんでいる子供の日常。
・動機(目的): 親友との別れを経験し、「再会」を目指す。
・テーマ(狙い): 旅の準備プロセスを通じた「親からの脱却」と「子供の成長」。
2. ゲームストーリーの展開案
物語の「起承転結」をゲーム体験として整理し、以下の5段階構成を採用する。
・オープニング:親友との日常と別れ。プレイヤーの目的を明確化する。
・序盤:一人残された日常と再起。外部要因(おつかい等)による外出動機を織り込む。
・中盤:旅の準備と手段の模索。費用・移動手段の確保といった現実的障壁を解決する。
・終盤:親友に会うための旅路。様々な「未知」と遭遇させる。
・エンディング:再会とフィナーレ。ふたりの未来を感じさせる結末とする。
3. 世界観の再定義と「戦闘の必然性」
「優しい世界」を「優しいが甘くはない世界」へと微調整し、主人公が戦う動機を明確化した。
・お使いの真意: 単なる労働ではなく、「魔物が潜む危険な場所」を目的地に設定。これを完遂することで、親に「身を守る力と責任感があること」を証明する試験とする。
・主人公の覚悟: 恐怖に震えながらも武器を取る理由は、「ここで退けば、一生親友に会えない子供のまま」であるという自覚に基づく。
・プレイヤーキャラクター(ペット等)の介入: ピーターの必死な覚悟を目の当たりにした仲間たちが、「助けてあげたい」という献身から自発的に戦闘支援(お膳立て)を行う。
4. キャラクター・親子関係の定義
親の役割: 単に旅を許容するのではなく、覚悟を持って「送り出す側」として描写。厳しさを愛情の裏返し(成長を見極める視点)として位置づけ、物語に深みを与える。
5. その他(特記事項)
音声記録: 相模氏と他1名(便宜上「先輩」と呼称)の対話を確認。スピーカーフォンの仕様上、他1名の記名を保留する。
##################
「……ついに、他一名扱いになったな」
「スピーカーフォン一台だけでしたからね、仕方ないです」
色々起きた(起こした?)会議であったが、実りは多かった。




