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第23話 物語③

 明日はオンラインでのミーティングか……となればあれの出番だな。

 そう心に決め、本日は早めに眠ることとした。

 

 翌朝。結局、いつも通りの時間に目が覚めてしまった。


 リモートワークの利点は、いつもより長く寝ていられることと、身だしなみに時間をかけなくて済むことだ。少なくとも、朝からバタバタと寝癖を直さなくていいのは助かる。


 とはいえ、予定より早く起きてしまった私は、不意にできた空き時間をどう過ごすべきか持て余していた。

 

 ひとまず、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、一気に流し込む。朝一番のカフェインで、脳が少しずつ覚醒していく。続けてチョコレート味のプロテインバーをかじり、朝食を済ませた。


 いつもなら満員電車に揺られている時間だが、今はスマホでニュースをチェックして時間を潰す。

 

 始業十五分前。専用アプリで接続し、会社のPCにログインする。夜間休日のトラブル対応用として社給のノートPCもあるが、規則上、個人用端末からの接続も認められているため、使い慣れた自前のノートを使うことが多い。

 その後は淡々と抱えている仕事を片付け、昼食は近所の中華料理屋で済ませることにした。

 

 顔馴染みの店主から「今日は休みかい?」と尋ねられたが、「リモートワークなんですよ」と軽く受け流しつつ、普段は休日に頼んでいるランチセットを注文する。


 今日は「鶏肉のカシューナッツ炒め」だ。小ぶりに切った鶏肉、角切りの玉ねぎとピーマン。そこにカシューナッツを加えて甘辛く仕上げた一品。この組み合わせを考えた人は天才だと思う。カシューナッツを炒めて食べるなんて、一体誰が思いついたものか。注文するたびに感心してしまう。


 そして相模と約束した十五時。ヘッドセットを装着し、カメラを「オン」にしてオンラインミーティングに接続する。

 

「お疲れ様です」


 すでにルームに入っていた相模が声をかけてきた。


「先輩、カメラオンにしてるんですね。じゃあ私も」


 ディスプレイに相模の顔が映し出される。


 対する私の反応は、無言。たっぷり「間」を置いてから、元気いっぱいの挨拶を返した。


「お疲れ様です! 相模さん!」


 もちろん「黒ウサ」の声――私がオンラインゲームで使用しているキャラクターの声だ。相模も姿は憶えているはずだが、声を聴くのは初めてだろう。


「うわっ……気持ち悪い……」


「気持ち悪いって言わないでよー!」


 ボイスチェンジャーを経由して発せられる、可愛らしい「黒ウサ」の女声と、画面に映る私の真面目に見える(と思う)顔の組み合わせ。これは効くだろう。


「脳がバグりそうです……」


「語尾に『ぴょん』ってつけた方がいいぴょん?」


 さらに追撃を加える。

 すると……相模は無言でルームから退室していった。



 ――――カメラをオフにして、しばしそのまま待つ。


(……さすがに悪ふざけが過ぎたか?)


 ボイスチェンジャーを切り、静まり返った自室で一人、我に返る。


 いや、でも相模のことだ。何か仕返しでも企んでいるのではないか。

 しかし、いくら待っても彼女が戻ってくる気配はない。急に居心地が悪くなり、チャットで「ごめん」と送ってみたが、既読すらつかない。


(……電話してみるか)


 スマホに手を伸ばそうとした直後、不意に相模が再入室してきた。

 ようやく戻ってきたか。


 安堵したのも束の間、私のディスプレイに映し出された姿は……



 ——ヘッドセットをつけた、相模の「お母さん」の顔だった。

 反則だろ、この手は。



「……お久しぶりです、未来みくさんのお母さん。因幡いなばです」


 混乱する脳を叱咤し、カメラを再びオンにして挨拶を交わす。急な展開に思考は追いつかないが、社会人としての条件反射が言葉を紡いで(つむいで)くれた。


「あら、因幡さん、お久しぶり。今週末、うちに来るんでしょう? 待ってるわよ」


「あ、はい……お邪魔させていただきます」


 昨日の「宿題」の仕返しに、週末のお泊まりの予習でもさせられているのだろうか。ふと画面の端を見ると、必死に笑いをこらえている相模の姿が映り込んでいる。


「うちの娘、いつもご迷惑ばかりかけてるんじゃない?」


「いえ、未来さんには仕事でも助けられていますし、いつもお世話になっています」


「そう、よかったわ。これからも未来をよろしくね」


 現在進行形で迷惑をかけられているとは口が裂けても言えない。お母さんも突然駆り出されて気まずくないのだろうか。


「はい、お母さんはここまで。ありがとう、もう大丈夫だから」


 相模が割って入る。何が「大丈夫」なものか。

 私のMP(精神力)は、この短い時間ですでにガリガリと削り取られていた。


「じゃあ因幡さん、未来、お仕事頑張ってね」


 お母さんが、画面から去っていく。卑怯だぞと文句を言おうとした矢先、彼女の放った次の一言に、私は完全に打ちのめされた。


「じゃあ次は、妹たち呼んできますね」


「……ホント、ごめんなさい」


「はい、ここまでが、本日のアイスブレイクでした。残念ながら妹たちは、まだ学校です」


「アイスブレイクに喧嘩売ってるだろ。場が温まるどころか、肝が冷えたぞ」


 ディスプレイの向こうで相模が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 ……少なくとも私にはそう見えた。



「これより第4回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」


 いつものように相模が高らかに開会宣言を読み上げる。


「……」

「本日の議題は『子供を主人公にした場合の目的と物語』です、では先輩から発言をどうぞ」


「……」

「あれ?先輩どうしちゃったんですか?」


 悔しい。反撃の手が思いつかない。


「先輩?」

「……」

「せーんぱーいー?」


 相模の呼びかけが続く。

 ふと我に返る。危ない、憎しみに心を奪われるところだった。今日は負けを認めよう。


「すまん、ちょっと考え事をしてしまってな」

「……」


 今度は相模の反応がない。カメラもオフになっている。今度はなんだ?


 そして……再びディスプレイに映る映像を見ると、相模の家の猫が彼女に顔を擦り寄せ、尻尾を立てて甘えていた。


 ――当然、カメラに向けられているのは猫の「*(お尻の穴)」だ。


 三人称視点のゲームにおいて、四足歩行の動物を主人公にした場合の最大の問題。常に「*」が見えっぱなしになる弊害。……やはり、あの時の「実在のペットを主人公にしない」という判断は間違っていなかった。


「……すみません、ちょうどうちの猫がいたので。連れて来ました」


「さも偶然のように言うが、わざわざ捕まえるために席を外していただろ」


「にゃーん」


 猫が、私のツッコミに応答した。かわいい。


「はい、ここまでが、本日のアイ……」

「その流れはもういいから」


「これより第4回……」

「そこも省略でいい」


「では先輩から発言をどうぞ」


「にゃーん」


 猫はこのまま会議に参加し続けるつもりなのだろうか。


「……本日の進め方だが、昨日相模がリストアップしてくれた言葉の中から、良さそうなものを絞り込んでいこうと思う」


「にゃーん」


「……同意を得たと理解する」


 相模が口を開くより先にマイクが鳴き声を拾う。妙にタイミングがいい。


「では、昨日作ったリストを投影しますね」


 リストが画面共有される。



名詞の候補)

・場所: 故郷、思いでの遊び場、みんなの秘密基地、森のほこら、星が見える丘、女神の泉、遥かなる空、……


・対象: 自分、家族、友人、恋人、懐かしいおもちゃ、慈悲深い神様、誰かの落とし物、……誕生日プレゼント、宝箱ミミック


・概念: 笑顔、出会い、あの日の約束、いつかの想い、昨日の続き、春の訪れ、……


動詞の候補)

・守る系: 守る、育む(はぐくむ)、支える、とどめる、灯す(ともす)、……


・交流系: 会う、再会する、届ける、見つける、探し出す、繋ぎ合わせる、結ぶ、追いかける、見届ける、……


・変化系: 変える、直す、再生させる、生み出す、目覚めさせる、彩る(いろどる)、吹き込む、かなえる……



「私が名詞を選んで、先輩が動詞を選ぶ順番でいいですか?」


「にゃーん」


「……最初はそれでいい。一回ごとに順番を入れ替えよう」


「思いついたら、リストにない言葉でもいいですか?」


「ああ、OKだ」


「じゃあ――『猫』」


 最初からリスト外を選んで来やがる。


「……追いかける」


 どこかで聞いた歌詞が脳裏をよぎる。


「イマイチですね」


「名詞が、な。次は俺からだ。『恋人』」


「……追いかける」


「ストーカーかよ」



 ――猫によるキーボードクラッシュなどの中断を挟みながら、延々四時間強。ようやく、候補らしい言葉が出揃った。

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