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第22話 物語②

 休日明け、私は相模に週末の出来事を軽く報告した。店員とのやり取りは割愛だ。

 スタイルの詳細までは伏せたが、服について「一式そろえたよ」とだけ伝える。「二式」と言ったほうが正確だったか、と内心で補足する。


「買った服と靴は揃っていますか?」


「当日に履いていく予定の靴で店に行った。そのあたりは抜かりない」


 別角度から私の「うっかり」を検証されたが、「ちゃんと靴とも合う服にしたよ」と私が胸を張って答えると、「へぇ、準備万端ですね」と彼女はクスクスと喉を鳴らす。


「先輩のセンス、楽しみにしていますね」


 相模がいたずらっぽく微笑む。その視線は、今の私の「普段通りの」格好を値踏みするようでもあった。


 大丈夫だ、店員を信じろ。


「さて、本題だけど」


「いよいよ物語の『目的』についてでしょうか?」


「と行きたいが、今日はあまり時間がとれないんだ」


 九月末ということもあり、上半期の成果確認といった類のミーティングが詰まっている。私も担当しているソーシャルゲームの指標集計をいくつか任されたため、参加を余儀なくされる。発言の機会はほんの少しなので日向さんに任せたかったが、全体の数字を把握しておくことも大事だと日向さんに呼ばれてしまった。


「そうみたいですね。今日はスキップします?」


「相模は少し時間が空いているだろ。そこでだ、宿題を出しておきたい」


「宿題ですか?」


 相模はきょとんとした顔で、ぱちりと瞬きをした。


「うん、宿題。主人公の目的と物語を考えておいてくれないか」


「気持ちいいぐらいの丸投げですね」


「冗談だよ。まずは目的の候補になりそうな名詞と動詞をリストアップしたい」

「?」


「こんな感じだ。相模はこの前温泉に行っただろ?あの時の目的は何だった?」


 相模は少し視線を上げ、オフィスの天井を仰いで考え込む仕草を見せた。


「この前は『甘やかす』でしたね」


「それは動詞だな。何を甘やかしたかったんだ」


「自分と妹達の三人分ですね……なるほど、これは名詞ですね」


「目的を考える際に、平和や名誉、あるいは金といった『名詞』だけで考えると話が広がらなくて行き詰まる。そこで『動詞』も組み合わせて目的の候補を見つけたい。目的になりそうな言葉を名詞と動詞でそれぞれピックアップしてみてくれないか」


「わかりました、考えてみます。私の回答を期待していてください」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 長いミーティングを終えて席に戻ってくると、相模が机で頭をひねっていた。

「どうだった」と声をかけると、「おかえりなさい」という返事とともに、作りかけのリストを見せてくれた。


 一目見て、相模が私の期待以上の仕事をしてくれたことが分かった。

 

名詞の候補)

・場所: 故郷、思いでの遊び場、みんなの秘密基地、森のほこら、星が見える丘、女神の泉、遥かなる空、……


・対象: 自分、家族、友人、恋人、懐かしいおもちゃ、慈悲深い神様、誰かの落とし物、……誕生日プレゼント、宝箱ミミック


・概念: 笑顔、出会い、あの日の約束、いつかの想い、昨日の続き、春の訪れ、……


動詞の候補)

・守る系: 守る、育む(はぐくむ)、支える、とどめる、灯す(ともす)、……


・交流系: 会う、再会する、届ける、見つける、探し出す、繋ぎ合わせる、結ぶ、追いかける、見届ける、……


・変化系: 変える、直す、再生させる、生み出す、目覚めさせる、彩る(いろどる)、吹き込む、かなえる……



「まさか分類ごとに系統立ててリストアップしているとは思わなかったよ」


「だんだん、先輩の仕事のやり方がわかってきましたからね。真似をしてみました」


 褒めて、と言わんばかりの満面の笑みで彼女は答えた。


「ちゃんと優しい世界観に合わせた言葉が多いな」


 一部、催促されているような言葉もあるが、知らんぷりをする。誕生日プレゼントはまだわかるが、宝箱のあとに(ミミック)をなぜ加えた?そんなに呼ばれたいあだ名か?


「もちろん攻撃的な言葉は省きました」


 続く相模の言葉を受け、私は、適当に目についた言葉を脳内で繋ぎ合わせてみる。



・故郷を守る

・思い出の遊び場を守る

・女神の泉を再生させる


・友人と再会する

・恋人を追いかける

・誕生日プレゼントを届ける


・あの日の約束をかなえる

・笑顔を育む

・昨日の続きを……?探し出す?



「面白いな、これ」


 単純な言葉を繋げるだけで、目的らしさが出てきている。


「私もやってみましたが、意外な組み合わせもありそうです。ちなみに名詞が『宝箱ミミック』だったら、どの動詞を組み合わせますか」


「リストにないやつでも……いいか?」


「ダメです」


 釘を刺されてしまった。こんなのどうしろというんだ。


「……追いかける?」


「追いかけて、どうするんです?」


「倒して経験値に変える」


「攻撃禁止です」


 不条理だ。


「リストを見返すと、子供が大切にしていそうな言葉が多いな」


「特に遊び場や秘密基地、おもちゃあたりですね。平和や名誉といった言葉はありきたりだと思いまして……抽象的な言葉を避けていたら、自然と子供っぽくなってしまいました」


「なるほど、面白いな。子供の視点で目的を考えると、具体的な言葉を思い浮かべやすいということだな」


「そうかもしれません。子供の頃って、今思うと不思議なくらい、何でもないことにこだわっていましたし」


 確かに自分も秘密の隠れ家を探したりしていたな、と思い返す。


「反対に大人の目的は『平和』や『名誉』といった抽象的な概念の言葉の方が向いていると」


「具体的にしすぎると話が小さくなってしまうんだと思います」


「同じ目的でも子供が主人公の場合と大人が主人公の場合で、物語から感じられるスケール感も変わってきてしまうんだな」


 また考えることが増えた……いや、これはヒントかもしれない。脳裏で考えを巡らせていると、相模から質問が飛んできた。


「先輩、優しい世界観でスケールの大きな物語って、記憶にありますか」


「ちょっと待って……」


 パッと思いつかない。


 ほのぼのした作品や優しい人物が登場する作品は思いつくが、その世界の背景や物語自体は重い作品の方が多いのではないだろうか。キャラクターやビジュアルの優しさは、残酷さを覆い隠すためのカモフラージュに過ぎない。


「すぐに思いつかないな……なるほど、相模の言いたいことが分かったよ」


「わかりました?優しい世界観にはスケールの小さい話の方が向いていると思います」


「さらにスケールを絞るなら、主人公は子供の方が馴染むというわけか」


「はい、そうです。それに安直ですが、優しい世界観の物語の主人公は、子供の方が相応しいと思います」


「ただ、そうすると子供が戦闘に参加しないといけなくなる。戦う必然性を見出すことが更に難しくなるな」


 先週末に整理した『決めないといけないことリスト』と脳内で照らし合わせる。



① 物語の目的(ゴール:クリア条件)

・プレイヤーがゲームをクリアしたと感じる「着地点」

 

② 物語のストーリー(プロット・過程)

目的ゴールに到達するまでの「道筋」と「障害」

 

③ 戦闘の意味(意味付け)

・「戦う必然性」があるゲームシステムと物語を接着させる「要素」

 

④ プレイヤーの役割ロール

・「物語の主人公」が世界に対してどのような立ち位置にいるのか



 ①物語の目的、②物語のストーリーは子供を主人公にしても問題ないが、③戦闘の意味(意味付け)を考えるハードルが格段に上がる。


 青年以上の年齢であれば、目的のためにやむなく戦うことにも違和感は少ない。だが子供となれば話は別だ。戦うこと自体に「危うさ」がつきまとう。


「難しいですが、どのみち戦闘の意味を優しい世界観に持ち込むこと自体が矛盾しているんです。毒を食らわば皿まで、です」


「……そうか」


 考えがまとまらず、ただ相槌を返す。


「先輩は子供を主人公にすることに反対ですか」


「いや、どちらかといえば賛成だ」


「私も賛成派です。私たちが作ろうとしているのは『僕と私が考えた最強のRPG』です。二人が同じ方向を向いているなら、このまま突き進みませんか」


「子供が主人公で決め打ちか?」


「決め打ちです。では、第4回・国民的RPG制作会議の議題は『子供を主人公にした場合の目的と物語』にしましょう。開催は明日です」


 早速、相模が会議設定を入れようとしたのだが……


「どこも空いてないです」

「空いてないな」


 いつものミーティングルームは、どこもかしこも予約で埋まっていた。


「明日もスキップは嫌ですね」


「朝早く来てやるか?」


「できれば、今回はある程度結論が出るまでやりたいです。残業前提で夕方から始めますか?」


 結論が出るまでエンドレスということだろうか、相模がやる気だ。

 残業か……会議室がないからという理由で残るのも癪だな。場所さえ確保できればいいのなら。


「ミーティングルームがなくても会議ができる方法を、ひとつ思いついた」


「なんですか」


「オンラインミーティングだ。明日はどちらかがリモートにすればいい」


 オンラインならマイクも別々だし、議事録もちゃんと発言者を識別して自動で取れる。……初めてまともな議事録が作られるチャンスじゃないか?


 社内規則上、フルタイムのリモートワークも認められているが、私と相模は「仕事は会社でやる」派だ。制度をほとんど活用していない。


 ……個人的には、制度導入直後の苦い経験が忘れられない。


 当時は週二日までだったリモートを週明けに二日連続で消化したところ、週末に台風が急接近。災害時の特例も認められなかったため、大雨と強風の中、そのまま出社する羽目になったのだ。ずぶ濡れで帰宅したあの日以来、私はリモートを「ここぞ」という時のために温存するようになっていた。そうこうしている内に相模が入社し、教育のために出社する機会が増え、今ではすっかり毎日出社スタイルが身についてしまったのだ。


 その後、優秀な開発技術者の確保名目でフルタイムまで拡大された制度であったが、私も私の影響を受けた(?)相模もすっかり出社派になっている。


「どちらか一人だけ出社というのも寂しいですね。いっそのこと二人ともリモートにしませんか」


「わかった、そうしよう」


 今月初めてのリモートワークだ。


「じゃあ、明日は十五時から会議開催でいいですね?」

 

 数十秒後、相模から会議案内が届いたので承諾する。

 


 その後、日向さんへリモートワーク申請を提出し、早々に帰宅することになった。

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