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第20話 世界観⑥

 今日は金曜日。今日一日を乗り切れば明日は休みだ。


 休みだからといって特に予定はないが、せめて洗濯だけはしておかないと、週明けに着ていく服がなくなってしまう。


 そんな生活感あるれることを考えているうちに、オフィスに着いた。


 いつものように、自分の席の隣に相模が座っている姿を見つける。まだ他の社員の姿はまばらだった。


 自席に近づくと、相模は私がオフィスに来たことへ気づいたのか、さっそく声をかけてくる。


「おはようございます、先輩」


「おはよう。今日も一日乗り切ろうぜ、明日から休みだ」


「休み中、何か予定があるんですか?」


「……いや、特にないな」


「じゃあ、新しいパンツを買っておいてください」


 小声の囁き(ささやき)。


 突拍子もない言葉に思考がフリーズする。

 相模は私の困惑を気にする様子もなく、悪戯っぽく微笑みながら声を潜めて続けた。


「来週、私のうちへ泊まりに来てください。この前話した新米が届いたんですよ、新米が。『未来みくの気まぐれごはん』をお披露目しますから」


「おおー、やっぱりメニューは炊き込み……って、聞くのは野暮だな。楽しみにしてるよ」


 俺も小声で応じながら椅子を引き、バッグを置いて一息ついた。


「……さて、アイスブレイクも終わったところで今日の本題だ」


「そのフリ、気に入ったんですか」


「便利なんだよ。どんな話の流れでも、この一言で強引に断ち切れる」


「ほう、なるほど」


「改めて今日の本題だ。――相模のお父さんとパンツの柄が被らないよう、事前にお父さんが履くパンツを調査すること、だ」


「頭おかしいこと言ってますね、先輩」


 相模の声がいつも通りに戻った。


 改めて周りを見渡すと、まだ私たちの周りの席は空席のままだ。

 普通の声でしゃべっても大丈夫だろう。相模に囁かれ続けると、ムズムズする。


「『お父さんに新しいパンツを履くよう言っておきますね』。そう言ったのは相模の方だぞ」


「どうでもいいことを覚えていますね……。柄が被っちゃダメなんですか」


「パンツの柄が被っていたら、他の家族にどういう目で見られると思う? お揃いだぞ、お揃い。妹ちゃんたちがなんて思う?」


「わざわざ見せつけないでください……あれ、でも、もし偶然見えちゃったら妹たちの教育に良くない?」


 お揃いの柄のパンツを履いた男二人……何事が起きるとしか思えない。


「リスクは少しでも減らしておく必要がある。――だが安心しろ、ここまでが本当のアイスブレイクだ」


「ええ……」


 意味不明なタイミングでアイスブレイクを一閃、流れを断つ。……アイスブレイクって必殺技の名前っぽいよね。


「今度こそ今日の本題に入る。『第3回・国民的RPG制作会議』。お題は――『優しい世界で、戦う必然性はどこにあるのか』にしよう」


「あれ……私のセリフがきれいに断ち切られた気がします」


「じゃあ今日は十五時からだ。それまでに仕事を片付けるぞ」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「これより第3回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」

 

 ミーティングルームに会議用スピーカーフォンを持ち込み、相模が開会宣言を告げる。スピーカーフォンは相模のPCに接続され、私のPCはミュート状態だ。


「議長、確認したいことがあります」


「なんでしょう」


「今日もルールはあるんですか?」


「いえ、今日はありません。ノールールです」


「おお……」


 本日は真面目に内容を詰めるためか、相模なりに気を配ってくれたらしい。


「では早速始めます。ルール無用でお願いします――では、因幡いなば


「いきなり俺を呼び捨てかよ。確かにルール無用だな」


 気を配るなんてことはなかった。

 それと私を呼び捨てにする権利は、誕生日プレゼントの予定じゃなかったっけ……。


「……さて、アイスブレイクも終わったところで、今日の本題は『優しい世界で、戦う必然性はどこにあるのか』です」


「おい」


「では『黒ウサちゃん』からどうぞ。語尾に『ぴょん』は不要ですよ」


「俺の呼び方だけルール無用すぎるだろ」


 ルールがないと抗議の先もない。仕方なくこのまま会議を進める。


「まず優しい世界という観点を除いて、戦う必然性を整理すると、だいたいこの形式に当てはまる」



①「勝つ」ために戦う

・勝利そのものが目的(戦争の終結など)、あるいは報酬や名声を得るための手段。


②「守る」ために戦う

・大切な日常や平穏を維持するための防衛。


③「巻き込まれる」

・探索や冒険の過程で、不可抗力的に戦闘へ介入せざるを得なくなる。



 相模が、私がPCに入力したメモを見ながら頷く。


「ハック&スラッシュ系のRPGも①勝つためでしょうか。あと国盗り物のシミュレーションゲームで多いパターンですね」


「②守るために戦う、は特殊だ。タワーディフェンス型ゲームならありだが、一般的なRPGでは見ないタイプだ」


「③巻き込まれるの場合は……結局、最終的に①に合流するということでいいんですか? となると、こういう流れになると」


 ③→① (巻き込まれる)→(勝つ)


「そう。自分以外の第三者の目的や、陰謀の渦中に放り込まれるパターンだな」


「逆にありえないのはこのパターンだ。勝ちに行ったはずが、何故か守りに回ったままで終わる。これじゃ物語として不自然すぎる」


 ①→② (勝ちに行く)→(守る)



「なので、基本はこう落ち着くことになる」

 ①→②→① (勝ちに行く)→(守る)→(勝つ)



「……いえ、これは『②→①』の亜流ですね。シンプルにするなら外しましょう」


「おっと、そうだな。……となると、不自然なパターンを除去した結果はこうだ」



 ①   (勝つことが目的、ゲーム性をハック&スラッシュにすることを含む)

 ②→① (守る)→(勝つ)

 ③→① (巻き込まれる)→(勝つ)



「②の守るだけも外すのですね」


「結局のところ、②だけで成立させるのは難しい。ゲームとしてはありだが、物語主導のRPGとしてはどうかな、と思ってね」


「なるほど。というわけで……」


「『勝利条件』が必要になる」


「勝利条件を決めて、そこから逆算して、戦う必然性を見出すと」


「その通り。わかってるじゃないか」


「その勝利条件って、単純に『ゲームクリアの条件』と同じ扱いでいいんですかね?」


「あれ、それでいいのかな?」


 しばし考える。話している内に、戦闘に勝つ目的とゲームの目的が混ざってしまっていたようだ。軌道修正の必要がある。


「すまん、ごちゃ混ぜにしちゃだめだった。戦闘に勝つことはあくまで手段であって目的ではない」


 つまり……こうだ。



 ①   (勝つ)→(目的を果たす)

 ②→① (守る)→(勝つ)→(目的を果たす)

 ③→① (巻き込まれる)→(勝つ)→(第三者の目的を果たす)



「結局、目的から逆算してクリア条件と戦う必然性を見出すということになるな」


「物語の目的(クリア条件)を先に考えないといけない、ということですね」


「これまで『プレイヤーの分身としての主人公』『その主人公が活きる世界観』でしか考えてこなかった弊害だな、そこから思いついた考えに縛られている」


 ……結局、日向さんの忠告通りだったのかもしれない。


 最初に「ゲームの主人公の在り方」を定義した後に、すぐに世界観という設定にこだわってしまったのだ。順番的には「物語」を考える方を優先すべきだった。ボトムアップのアプローチで何かを作ろうとすれば、どこかで必ず矛盾が生じる。設定はヒントにはなっても、構造の答えにはならない。


「煮詰まってきました?今日は、ここまでですかね」


「いや、今日は時間がまだある。これから何を考えないといけないか、それを整理しよう」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 あーでもない、こーでもないと言いながら、相模と話し合った結果をまとめる。

 


決めないといけないことリスト)


① 物語の目的(ゴール:クリア条件)

・プレイヤーがゲームをクリアしたと感じる「着地点」

 

② 物語のストーリー(プロット・過程)

目的ゴールに到達するまでの「道筋」と「障害」

 

③ 戦闘の意味(意味付け)

・「戦う必然性」があるゲームシステムと物語を接着させる「要素」

 

④ プレイヤーの役割ロール

・「物語の主人公」が世界に対してどのような立ち位置にいるのか



「目的、ストーリーがきまれば、戦闘の意味も考えやすくなるはずだ」


「納得の順序ですね」


「じゃあ、今日はここまでにして、議事録にまとめてもらおう」



##################


第3回・国民的大人気RPG制作会議 議事録


日時: 202X年某日

出席者: 相模未来(司会・記録)、因幡、黒ウサちゃん


1. 「戦う必然性」における類型の整理

RPGにおける戦闘の動機について、発言者(黒ウサちゃん)より以下の3点が提示され、構造的な分析が行われた。


①「勝つ」ために戦う: 勝利自体が目的、あるいは報酬や名声を得るための手段。

②「守る」ために戦う: 大切な日常や平穏を維持するための防衛。

③「巻き込まれる」: 探索過程等で、不可抗力的に戦闘へ介入せざるを得ない状況。


2. 物語主導型RPGにおける動機構造の最適化

議論の結果、不自然な遷移を排除し、目的から逆算した以下のモデルが有効であると結論付けられた。


・直接型: (勝つ)→(目的を果たす)

・防衛型: (守る)→(勝つ)→(目的を果たす)

・介入型: (巻き込まれる)→(勝つ)→(第三者の目的を果たす)


※「勝ちに行った結果、守りに回って終わる(①→②)」パターンは、物語として不自然であるため棄却。


3. 制作アプローチの転換

設定(世界観)から入るボトムアップ方式の限界を確認し、以下の順序による再設計に合意した。


① 物語の目的(クリア条件): プレイヤーが到達すべき「着地点」の設定。

② 物語のストーリー: 目的達成までの「道筋」と「障害」の策定。

③ 戦闘の意味: システムと物語を接着させる「必然性」の付与。

④ プレイヤーの役割: 主人公が世界に対してどのような立ち位置ロールにいるかの確定。


4. その他(特記事項)

・本日の会議は「ノールール」の下に進行された。

・司会者(相模)により、出席者(因幡)に対し「呼び捨て」呼称が一方的に採用された。

・因幡からの発言はなかった。

 

##################



「俺の発言が『黒ウサ』名義になった以外、過去一番でまともな議事録だ」

「特記事項だけ消しておきましょう……」




 ミーティングルームを出ると定時を回っているが、それほど遅い時間帯ではなかった。まだ多くの同僚たちが残っている。

 日向さんに残業報告がてら、今回の議事録をチャットで送る。今度は何て言われるだろうなーと思いながら返信を待つと予想外の反応が返って来た。


 >「黒ウサちゃん」って誰だ?


 ……出席者の名前を直し忘れていた。

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