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第19話 世界観⑤

「話を戻すが、何かいいものは見つかったか?」


 アセットの中から、候補にしていたキャラクターに合った素材データを見つけたことを日向さんに報告した。


「また可愛らしいものばかり選んだな」


「やっぱり、キャラクターは可愛いさもあるほうが、人気が出やすいと思います」


「ひとまず、収穫はあったようだな、良かったよ」


「ええ。世界の雰囲気も彼らに合うよう、こんな感じにしようと思ってます」


 日向さんに作業中取っていたメモを見せる。



・ペットを連れていても問題視されない程度の、ある種の余裕がある世界。

・どちらかと言えば、ほのぼのした世界。

・優しい雰囲気のファンタジー世界。



「ですが……」


 相模が言葉を継ぐ。彼女も問題点に気づいているようだ、ここは任せよう。


「この雰囲気、あまり『戦うこと』に向かない気がするんですよね」


「RPGには不向きというわけだな」

「このままでは向きません」


 一般的なRPGのゲームサイクルでは「探索→戦闘→成長」を繰り返すのが基本型だが……


「ほのぼのとした優しい世界観だけではRPGの基本要素といえるサイクルのうち、肝心な『戦闘』へ繋げる動機付けが難しいことに気づきました。一捻り必要です」


「何か考えはあるのか」

「まだです」


 相模は潔く言い切る。


「これまで国民的人気になったRPGは、殺伐とまでは言わずとも、決して『優しいだけ』の世界観ではなかったぞ。復讐や亡国といった、どちらかといえば『戦闘』に繋がる物騒な設定が盛りだくさんだ」


 RPGは、戦闘をメインに楽しむゲームだ。殺伐とした世界とは、親和性が高い。


「はい、わかっています。どのような世界観であっても、RPGである以上は、戦闘要素は避けられません。戦うための『必然性』を組み込む必要があると考えています。先に決めたキャラクター像に引きずられている感はありますが……まずは優しい世界観をベースに考えてみたいと思います」


 長々と言ったが、現段階では相模と変わらない。何か考えがあるわけではない。


「戦う以外の選択肢を考えてもいいんだぞ」


 これは日向さんのひっかけ問題だ。


「それではRPGではなくなってしまいます。……少なくとも世間一般の認識では。ロールプレイング要素を持った別ジャンル……それこそ育成ゲームか何かになってしまうでしょう。プロジェクトの趣旨から外れてしまいます」


 日向さんが「分かっているようだな」と頷く。


「ちなみに日向さんだったら、どんな世界観にしますか?」


 いきなり「カンニング」して答えに繋がる回答を聞きだそうとする相模に日向さんが苦笑する。


「俺か? そうだな……俺だったらSF風にするかな。例えば主人公が連れて行くキャラクターの設定なら」


・背後霊は『高次元情報生命体』

・使い魔は『ホムンクルス』か無機質にしたいなら『ドローン』

・ペットはそのまま『ロボット型ペット』


「これなら、戦場に連れて行っても設定上の矛盾は感じないだろ」


 国民的人気が出るかはさておきだけどな、と日向さんは笑いながら付け加えた。


「SF風のRPGでは、国民的人気を得るのは難しいでしょうか」


 相模が尋ねる。

 

「ハードルは上がるな。SFは世界観に凝れば凝るほど、プレイヤーに要求される理解のハードルが高くなる。マニアックになりすぎるとライト層が入り込めず、背景を説明するだけで一苦労だ。そこがファンタジーものとの違いだな」


「ファンタジーの場合はそうではない、と?」


「『そうではなくなった』と言ったほうが正解だな。モンスターならスライムやゴブリン、種族ならエルフやドワーフ。魔法という概念も含め、今やこれらは説明不要の『お約束』だ。つまり、ファンタジーRPGは世界観の『フォーマット』が出来上がっているから、導入がスムーズなんだ。それに対してSFは、作品ごとに独自のルールを盛り込みたがるから、共通のフォーマットが定着しにくい」


 漫画、ゲームを通じてファンタジー世界を思い浮かべる設定や言葉は広まっている。


「でもSF要素が高いロボットアニメですが、フォーマットは似ていませんか?偶然見つけたロボットに乗って主人公が敵を倒すことに違和感をあまり感じません」


 そんなところになぜロボットが?という突っ込みどころはあるが、違和感自体はない。

 私の問いかけに、日向さんは人差し指を立てて応えた。


「いいところに気づいたな。確かにロボットものには『人型兵器』『操縦席コクピット』『母艦』といった共通のフォーマットがある。だが、それはあくまで『外見、道具』としてのフォーマットだ。俺が言っているのは、もっと根源的な『行動、動機のフォーマット』のことだよ」


「行動や動機の……フォーマットですか?」


「そうだ。例えばファンタジーRPGなら、街の外に悪いモンスターがいる。倒せば経験値とお金が手に入る。集めた経験値とお金で自分を強化する。これはもはや説明不要の摂理になっている。プレイヤーに解説しなくとも『そういうものだ』と自然に受け入れてもらえるんだ。だがSFで『道端にいるロボットを壊して集めた経験値とお金で自分を強化する』となったらどうだ? なぜそこにロボットがいるのか、なぜ倒していい存在なのか、なぜ金を積んでいるのか、なぜ自分が成長できるのか……いちいち設定上の説明が必要になるだろ」


 確かに。SF世界でRPGを作ろうとすると「ロボットやドローンの暴走」やら「残骸からの資源回収」といった理由付けのステップが一段、二段増える。設定の積み重ねが好きな層にはたまらないが、ライト層には「小難しい」と感じさせてしまう可能性があるということだろう、故に国民的人気を得ようとするRPGには不向き。日向さんの考察に舌を巻く。


「話がだいぶ逸れたが……」


 日向さんはモニターに映る、私たちが選んだ「可愛らしいキャラクター」を眺めながら満足そうに頷いた。


「多くのプランナーは、自分たちが作った世界観の『雰囲気』に酔いしれたまま企画を進めて、後になってゲームサイクルとの矛盾に頭を抱える。だが、お前たちは真っ先に『優しい世界観と戦闘の動機付けの難しさ』に自力で気づいた。正直、これには感心したよ」


 日向さんは椅子から立ち上がると、出口へと向かう。


「その矛盾を自覚しているなら、お前たちなりの答えが出せるはずだ。期待してるよ」


 そう言い残して、日向さんは軽やかな足取りで会議室を出ていった。


「感心した、ですか。これって褒められたんですかね」


 相模が小さく息を吐きながら、椅子の背もたれに深く体を預けた。その顔には、一流の先輩に認められたことへの喜びは見られない。

 私も素直に頷くことができなかった。


 私たちが「雰囲気」という甘い罠にまらず、ゲームの根幹に起きる矛盾を指摘したことを、日向さんは評価してくれた。

 だが、それは同時に「お前たちが作ろうとしているものは、道理に合わない」と釘を刺されたようにも感じられた。


「……少なくとも呆れられてはいないと思う」


「そうですね、ギリギリ合格点はもらえた、ということにしておきましょう」


「合格点じゃなくて、落第は免れたぐらいじゃないか」


「後ろ向きですね。では、これから優しい世界で戦う理由について話し合いますか」


「いや、一度頭を冷やしてから考えることにしよう」


「わかりました。今日はここまでですね」


 時計はすでに二十時を回っていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今日も遅い時間になっちゃいました」


 駅へと向かう帰り道で相模がポツリと言う。


「相模、今日は夕飯どうするんだ? 何か食べていかないか」


 空腹感を感じた私は、相模を夕飯に誘ってみる。


「そうですね……今日も、先輩に付き合います」


 そう言うと、相模はスマホを操作し始めた。家族に連絡を入れているのだろう。

 つい先日見た光景と同じだ。


「今日はなんて送ったんだ?」


「『先輩とご飯食べてきます』って。あ、返信きた」


「早いな、また妹さんかな?」


「……妹からです。『おにいさんによろしく』……だって」


「おにいさんか。よかった、まだそのわくで」


「おじさん扱いされなくて一安心ですね」


 彼女からの返信文が、ただの『お兄さん』なのか、『お義兄さん』だったのか、気になるところだ。


「で、今日は何を食べようか?」

「チャーハンです」


「やっぱり……そうなるよな」

「ええ」


「チャーハンのない世界の話をされたら、無性に食べたくなりました」


 中華料理は一昨日食べたばかりだったが、幸いチャーハンは食べていない。


「この前と同じ店でいいかな?」

「いいですね、行きましょう」



 店に入り、メニューを広げると、そこには多種多様な『チャーハン』が咲き誇る桃源郷のような世界が広がっていた。



・黄金チャーハン(卵とネギ。パラパラを追求した一品)

・五目チャーハン(自家製特製チャーシュー入り)

・海鮮チャーハン(プリプリのエビとイカがたっぷり)

・黒チャーハン(中国醤油のコクと香ばしさが決め手)

・翡翠チャーハン(蟹とレタスのチャーハン)

・四川風・マーラーチャーハン(唐辛子と花椒のピリ辛味)

・野菜あんかけチャーハン(野菜の塩あんかけ)

・海鮮あんかけチャーハン(海鮮の塩あんかけ)



「俺は黒チャーハンにするよ」

「私は野菜あんかけチャーハンにします」


 店員を呼び、注文を伝える。今回も餃子と瓶ビールを一本頼み、シェアすることにした。やがて、香ばしい匂いとともに料理が運ばれてくる。さて……お味と『食感』のほうは。


「黒チャーハンは、しっとり系だな」


 レンゲですくって口に入れると、中国醤油特有の適度なしょっぱさと、深みのあるコクが合わさり、実に旨い。


「野菜あんかけチャーハンは、土台がちゃんとパラパラです。わかってますね、この店は」


 相模は、まずあんのかかっていないチャーハン部分だけをすくい、納得したように頷いた。


「これから作る『優しい世界』にも、チャーハンがあるといいな」


 しっとりも、パラパラも、餡かけも。あらゆる流派が否定されず、共存できる優しい世界。


「ぜひ作りましょう。チャーハンが、消されることなく存在してもいい世界を」


 相模が力強く相槌を打ちながら、今度は餡がたっぷり絡まった米粒を幸せそうに口に運んだ。


「ただ……」

「ただ?」


 私は、レンゲを動かす手をふと止めて、弱々しくこぼした。


「グラフィック・デザイナーに、なんて頼めばいいんだろうな……『しっとり』と『パラパラ』の質感を描き分けてくれ、って」



 ポリゴンとテクスチャでその差を表現しろと言われたら、きっと担当者は、「チャーハンを消したく」なるに違いない。

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