第18話 世界観④
「小型からの候補は……と」
現在のところ五種類まで候補が絞り込まれた。説明文はハイフライヤー内の設定文(社内開発者向け)から引用した。
・フェンリル:白銀の毛に覆われた子狼。伝説では世界を滅ぼすほど巨大化すると謳われているが、現状はただキャンキャン鳴きながら足首にまとわりついてくるだけの愛玩動物。
・カーバンクル:額に紅玉を持つ珍獣。伝説上の生き物だが、「額の宝石が非常に高く売れる」せいで、歩くお財布にしか見えない。
・ケット・シー:二足歩行をする猫の妖精。王冠を被り長靴を履いているが、それ以外は何も身に着けない「裸一貫」を貫く紳士。人語を解し、不自然なほど徹底して語尾に「ニャ」をつけて喋る。
・マンドラゴラ:根っこが人の形をした植物。その絶叫を聞いた者は死ぬという物騒な伝承がある。本作では単に「声がデカすぎてプレイヤーの鼓膜にダメージを与えてくる」危険な存在。
・ミミック:小さな宝箱に擬態したモンスター。不用意に蓋を開けようとした瞬間、巨大な口と、鋭い牙で襲い掛かってくる。一方で懐かせる(なつかせる)ことがっできれば、道中で拾ったアイテムをくれるようになる可愛いヤツ。
「フェンリルはWEB小説でも鉄板の人気ですからね。これは確定で」
「妥当だな。外す理由がない」
「カーバンクルも可愛くていいですね」
「金欠時の救済にもなるな。額の宝石を売れば大金になる」
「発想が酷いですね……」
「ケット・シーは猫型キャラクターを入れたいから採用だ。ただ……」
「ただ?」
「語尾にトラウマがある」
「マンドラゴラは『キモカワ枠』として欲しいです、採用しましょう」
「耳が痛いっていうクレームの元にならないか?」
採用面談は順調に進んだが……最後に特大の爆弾が残った。
「最後は……ミミックか」
「ミミックです」
「昨日トラブルを起こしたばかりだよな、コイツ。何で選んだんだ?」
「気づいちゃったんですよ、私」
「何をだ」
嫌な予感がする。
「私の名前は、相模未来」
「……それが?」
「……さが、ミミック」
「へ?」
「似てないですか? 私の名前とミミック」
「うーん、そうか……?」
ついに気づかれてしまったか……とぼけるのがつらい。笑いをこらえるための腹筋もつらい。なぜこいつは自分からボールへ当たりに行くんだろう、デッドボール狙いか?
とはいえ一番の理由は違う。相模のあだ名を知っている人間からしたら、私の職権乱用だと思うだろう。これが、一番つらい。
「やめておこう。今は『ミミック』という言葉に社内が敏感になっている。相模だって、昨日の……あの気持ち悪いテスト音声と同じ呼ばれ方なんて、嫌だろう?」
「それもそうですね。確かに今、社内で『ミミック』はマズい気がします」
「だろう?」
なんとか説得に応じた相模が、いたずらっぽく笑った。
「でも先輩。ほとぼりが冷めたら、私のこと『ミミック』って呼んでもいいですよ? ゲーム会社の社員のあだ名っぽくて、ちょっと面白いじゃないですか」
……やべーことになった。
「そのうち、な」
早急に何か別のあだ名を考えて、相模の脳内からミミックを消去する必要がある。
瞬間、思いついたのは『ゴム』だが、これには由来にすぐ気づく。
ダメだ、ろくな代案が浮かばない。
……ミミックの件は、いったん忘れることにする。これ以上考えていても話が進まないので放っておくことにした。爆弾は爆発前に火を消せればいいのだ。今じゃなくていい。
「さて、流用できるモデルが出そろったわけだが、一度整理をしよう」
軽やかに話題を切り替え、私たちのチョイスを並べてみる。
■背後霊
・ゴーストタイプからモデル・モーションを流用。
■使い魔
・使い魔(数種類)、妖精(数種類)からモデル・モーションを流用。
■ペット
・フェンリル、カーバンクル、ケット・シー、マンドラゴラからモデル・モーションを流用。
「並べてみると、背後霊だけバリエーションがなくて寂しいですね」
「色でも塗っておけばいい」
「へ?」
「白、赤、青、黄、緑で五種類完成だ」
「手抜きですね……」
「あとは適当に色毎の属性と説明文をデザイナーに考えて貰えばいい」
「過去の推しに対して冷たすぎです、先輩」
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「さて、今日はここまでかな」
「ハイフライヤーのアセットから素材を流用できることは、確認できましたね」
さすが、ハイフライヤー。本当に何でも揃っている。
「アセット探しついでにキャラクターも固まったしな。順調に成果が出ているぞ」
「でも世界観の決め方ってこんな宝探しみたいな進め方でいいんですかね?」
「もちろん、考えないといけないことは他にもたくさんある。ただ……」
「ただ?」
「これまでの流れで自ずと決まった、いや、そう決めざるを得ないことがある」
「何でしょうか」
「背後霊や使い魔、ペットたちが主人公について歩いても違和感のない世界観にすることだ」
いや、背後霊には違和感しかないか。
「どちらかというと、『ゆるい』雰囲気の世界観ですね」
「それからペットを連れ歩けるという点は、その世界がそこそこ『豊かである』ことの証明になる」
「と、いいますと?」
「荒れ果てた荒野で泥水をすするような過酷なサバイバル環境では、ペットなんて連れて歩けない。そんな世界なら、隣にいる動物は『相棒』ではなく、『非常食』か『換金対象』にされてしまう。自分以外の口を養う余裕がないからな」
主人公の後ろをキャラクターがトコトコとついてくる。その平和な光景を成立させるためには、世界にある程度の「余力」が必要不可欠だ。
「つまり、俺たちが作るのは、ある種の余裕がある世界だ。ペットを連れていても、周囲から『そんなもの連れてる暇があったら働け』と石を投げられない程度のな」
「なるほど、考えてますね」
「でも相模だって、こうして選んだキャラクター達を殺伐とした世界に放り込む気はないだろ」
「そうですね、ほのぼのした優しい世界観がいいですね」
「優しい世界観か……あとは背後霊や使い魔たちを無理なく混ぜ込める土壌さえあれば、世界観とまではいかなくても『雰囲気』は固まるな」
「優しい雰囲気のファンタジー世界であれば、使い魔は違和感なく溶け込めますね。ただ、背後霊は……」
背後霊が違和感なく溶け込む優しい雰囲気の世界があったら見てみたい。
「雰囲気に合わなかったらリストラするか?」
「日向さんが、面白いって言ってくれたんですよ。それは止めておきましょう」
そこまで話が進んだ時、ミーティングルームのドアがノックされた。相模がドアを開くと、日向さんがひょっこりと顔を出した。
「どうだ、調子は?」
「順調です。やっぱり、ハイフライヤーのアセットは質と量どちらもすごいですね、これならどんな世界観でも流用できる素材は多そうです」
「背後霊もあったのか」
「それっぽいものがありました」
「ああ、いたな。『Ⅱ』のモンスターだ。回顧シーン用にわざわざ作り直したんだよな……」
日向さんにゴーストタイプのモデルを見せると、彼は感慨深そうに目を細めた。
「そういえば料理の素材データは見たか?なんと『しらす丼』のモデルがあるぞ」
「何でそんなものがあるんですか……」
相模が呆れたような口ぶりで感想を述べる。
「料理素材を作っている途中で、コンテストじみた競争が始まってな……。その中のひとつだ」
日向さんがアセット管理ツールを操作し、数々の料理素材を私たちに見せつける。
「もはや料理を題材にしたゲームを作れそうですね」
「だろ?逆にないのは『チャーハン』ぐらいだ。あれは争いの火種になるから、俺が全消しした」
相模が戸惑いの表情を浮かべる。
「……『しらす丼』があって『チャーハン』がない世界?」
日向さんがチャーハンを「しっとり」にするか「パラパラ」にするかで内部分裂した開発メンバーの仲裁をした顛末を説明する。
「せっかくの料理データを捨てちゃうなんて……」
「いや、データの話だぞ?」
説明を聞き終えた相模が、予想外の方向に食いつき始めた。
「私が現場にいたら、『餡かけチャーハン』で両方を納得させられたのに。パラパラのチャーハンに、しっとりした餡。この組み合わせこそが至高のはずです!」
いや、ダメだと思うぞ。それは「餡かけ派」という別勢力が生まれるだけだ。
「……これだけのデータが揃っていながら、ハイフライヤーⅣがうまくいかなかった理由、分かった気がします」
「そう言うな。作る方は、あれはあれで真剣だったんだよ。隣の席の仲間に負けじとな」
仲間内の競争が悪い方向に作用した典型例なのだろう。自由競争主義の弊害だ。
チャーハンはその犠牲になったのだ。




