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第17話 世界観③

「昨日はCFOには会えたんですか?」


 翌朝、自分の席に着くなり開口一番、相模が身を乗り出して尋ねてきた。隣からこちらを覗き込む彼女の目は、期待でわずかに見開かれている。


「会えたよ。詳細は伏せて、『なかなか面白いものになりそうだ』と伝えておいたよ」


「それでいいです。CFOには企画書が完成した時、あっと言わせたいですからね」


「そういえば、相模のことも話に上がってたぞ」


「えっ、なんてですか!」

「変な子だって」


 からかわれた相模はキーボードから手を放し、椅子の背もたれに体を預けて不満を露わにした。


「……それ、絶対先輩のせいですからね」


「フォローはしておいたよ。『鋭い一言で色々と気づかせてくれる子だ』ってな」


 ジト目でこちらを睨んできた彼女が、「まあいいですけど」と肩の力を抜いた。


「昨日はそれだけですか? 普段はどんな話をしてるんですか?」


「だいたいゲームのことだな。『あいつを倒して経験値を稼ごう』とか、『次はどのクエストをやろうか』とか。当たり障りのない会話がほとんどだよ」


「そっかー。CFOから儲かりそうな銘柄とか聞いたりしないんですか?」


 相模は声を潜め、キャスター付きの椅子を滑らせてさらに距離を詰めてきた。私は苦笑しながらキーボードを叩き始める。


「そのあたりの情報管理は徹底している人だからな。うっかり口を滑らせるようなことはないよ」


 多分、そんな下世話なことを聞こうものなら「お金のことは自分で考えなさい」と一喝されるのがオチだろう。


「CFOなら、そうですよね。じゃあ今はどんなクエストをやってるんですか?」


「『女神の涙を集めよ』というクエストだ。各地に散らばった女神像を見つけて祈りを捧げることで、手に入る結晶を十個集めるんだ」


「十個全部集めると、どうなるんです?」


「まだわからない。……だが、いいものが見られた」

「なんですか、それ」


 私は、プレイ中に保存したスクリーンショットをスマートフォンで見せた。

 胸を大きくエディットされた自キャラ「黒ウサ」の姿を見て、相模が引いている。


「垂れるんだよ、大きいと。……あのゲームの制作陣、なかなか分かっているぞ。俺も『胸派』に転向して本当によかった」


 相模はさらに呆れ、深いため息をついた。


「……さて、アイスブレイクも終わったところで、今日の本題だ」


 会議冒頭のたわいもない会話で緊張をほぐし、場を温めることを「アイスブレイク」という。


「そんなビジネス用語で誤魔化せないほど、ひどい内容でしたけどね。それで今日は、ハイフライヤーにあるアセット(素材データ)の確認でいいんですよね」


「そうだ。背後霊・使い魔・ペットのキャラクターが流用できるか確認したい」


「でも先輩、背後霊に流用できそうなアセットなんて、あのゲームにありました?」


「それを今から、発掘するんだよ。何しろ『ハイフライヤー』だからな、探せば何でもあるだろ」


 本日は十六時までに通常業務を片付け、それからミーティングを行うことにした。時間確保のために、日増しに仕事を片付けるスピードが上がっているが、気のせいだろうか。……いや、相模とムダ話をしている時間がミーティング時間へ、スライドしただけかもしれない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ミーティングルームに二人のPCを持ち込み、大型ディスプレイに私の画面を投影する。念のため相模のPCともオンライン会議ツールで繋ぎ、いつでも画面を共有し切り替えられるように設定した。今日はスピーカーフォン不要だ。議事録も、取らないことに決めた。


「今日は議事録は無しでいいかな」

「議事録がないと聞いただけで、なんだか心が平和になった気がします」


 議事録が酷くなるのは会議を脱線させるせいだけどな。


「さて……」


 膨大な物量を誇るハイフライヤー専用のアセット管理システム(わざわざ作ったらしい)にログインし、さっそく中身を漁り始める。


「なかなか使いやすいな、このシステム」


「ですね。UIも分かりやすいですし、タグ付けが洗練されているというか……目的の素材に素早く辿り着けます」


「しかし凄いな。このデータを見てみろよ」


「ハイフライヤー『Ⅱ(ツー)』で使用された、対巨人族用の人型兵器……ブレイズ(主人公機)ですね」


 そこには主人公機のモデルデータと共に、詳細なスペックが定義されていた。


 過去作の機体だが、今作『Ⅳ』の回想シーンのためにわざわざデザインをリファインし、素材を再作成したのだという。


「で、これが『Ⅲ(スリー)』に登場した、巨人族による巨人族のための超巨大人型兵器だ」


『Ⅱ』の主人公機に対抗すべく製造された機体。当然、ブレイズを遥かに凌駕するサイズを誇っている。


「さらにこちらが、その『Ⅲ』の機体に対抗するため、今作『Ⅳ』の主人公陣営が開発した――ブレイズ用の超大型ウェポンコンテナですね」


 大きさだけで言えば、もはや敵方の巨大人型兵器に勝るとも劣らない。こと火力に関しては、数段上の性能を秘めた超兵器である。


「こうして並べてみると……完全にいたちごっこですね」


「このままだと『Ⅴ』では、巨人族の機体側に超大型ウェポンコンテナが追加されるんだろうな」


 ひと通りハイフライヤーファンが喜びそうなキーワードで検索し、その結果に一喜一憂したところで、ようやく本来の目的に立ち返る。自分たちが求める素材の捜索だ。

 まずは「背後霊」というワードで検索してみたが、結果はゼロ。さすがに直球すぎたか。代わりに、「浮遊霊」とキーワードを入力すると「ゴーストタイプ」のキャラクターモデルとモーションがヒットした。


 ただし、ひとつ問題があった。


「幽霊というより、完全な『おばけ』だな、これは」

「足もないですね、この子」


 画面に映し出されたのは、足がなく、ひらひらとした布を被ったコミカルな「浮遊物おばけ」だった。

 頭の中にあったイメージと全く異なっていたため、別のキーワードを入れて他に素材がないか探してみたが、検索結果に表れるのはグロいアンデッド系のモンスターばかりだった。


「女の子のキャラクターデータを透過処理して、背後霊っぽく作り直してもらいます? それぐらいなら許容範囲じゃないですか?」


「それだと、ぷかぷか浮かぶ、滞空用の専用モーションを新規で発注しなきゃならなくなるぞ」


 いきなり制約から外れるパターンに当たってしまった。少しぐらいの変更なら許されるだろうが、最初が肝心だ。いきなり決断を迫られてしまう。


 「推し」のビジュアルを貫くか、それともコストと開発期間という現実を取るか。


「よし、決めた」

「早いですね」


「使い魔派に転向する。もともとデザインも被りそうだったし、背後霊はこれでいいや。ついでに推しから格下げだ」


「……『ちゃん』付けすら速攻で取り消すあたり、この人、徹底してるっていうか薄情っていうか……」


「次は『使い魔ちゃん』と『ペット』候補を探すぞ」


 幸い、使い魔はそのままの名称で見つかった。人間をデフォルメして小さくし、黒い羽根とハート型の尻尾をつけた小悪魔タイプだ。


「使い魔、ありましたね。他にも妖精のモデルが使い魔に流用できそうです」

 それぞれ数種類のバリエーションがあり、専用のボイスデータも揃っている。


「可能な限り採用する方向でいこう」


「いいですね。プレイヤーが好みのキャラクターデザインを選べれば、より愛着も湧きますし」


「次はペットだ。ただし、リアルすぎると『*(お尻の穴)』の描写問題が出るからな。極力、現実味を排した『架空の生物』から選ぶ必要がある。モンスターの中から探そう」


「え、でも先輩、猫のモデルをチェックしましたけど、*(お尻の穴)なんて付いてないですよ?」


 相模が、尻尾をピンと立てた猫のモーションを画面に見せつけてくる。


「なんだと……」


「さすがにそこまで作り込もうとはしなかったんですかね。先輩のこだわりたい気持ちは、分からなくもないですが」


「なら、普通の動物も候補に入れよう」


 検索結果には、膨大な動物データが並んだ。目についただけでも数十どころではない。そのままでは使いにくいので、大きさ毎にリスト化した。



小型:ハムスター、猫、犬、ウサギ、キツネ、タヌキ、アライグマ、ムジナ……

中型:馬、羊、トラ、ライオン、クマ……

大型:サイ、カバ、キリン、……ゾウ


 猫や犬、馬などはカラーバリエーションも揃っている。


「タヌキとアライグマ、ムジナの違いを間違わずに再現している……だと!」


 ネットで調べた図鑑と照らし合わせ、その正確さに驚く。


「あの、先輩。SFファンタジーにキリンやゾウの出番、ありますかね」


「動物園にいたぞ」

「えっ?」


「社員なら自社の看板タイトルを隅々までプレイしておけよ。Ⅳの三章で訪れる『タタソール』の街の外れに隠しスポットの動物園があっただろ」


「……すみません。社員としてあるまじき失態でした。反省します」


 理不尽なことを言ったつもりはない。社員ならば自社タイトルを熟知せねばならない。……ただ、タイトルの仕様そのものが理不尽な場合はどうすればいいんだろうか。


「動物データの数は揃っているが……」


「問題ありですね。モデルの出来はいいんですけど、モーションが絶望的に足りません」


「戦うことを想定していないせいか、猫が『引っ掻く』ことすらできないな」


「ライオンは、火の輪くぐりのイベントシーンがあったおかげで、ジャンプができますね」


「偉いな、サーカスのイベントはちゃんと見たんだな」


「はい、よく3Dモデルでここまで動かすなーって感心しました」


 今度は「それでこそ社員だ」と相模を褒めておく。そうなんだよな、素材の作りこみは凄いんだよ、ハイフライヤーは。歴戦の先輩クリエイターたちの努力(と残業)の賜物だ、それは否定できない。


 ただ結果として、素材の味を活かすと豪語してあふれんばかりの高級食材を鍋に放り込み、そのまま煮込むのを忘れたのか、あるいは煮込みすぎたのか。あと隠し味だかなんだか判らない調味料もいっぱい入っていて「気まぐれ」や「おまかせ」なんて目じゃない味になっている。生みの親である社長が味を調えることができなくなるぐらい、皆が自由に作りすぎた怪作だったのだろう、ハイフライヤーⅣという料理は。


 ……これだけ滅茶苦茶だと、数年後には再評価されてカルト的人気がでるかもな。


 ハイフライヤーの未来に思いを馳せる一方で、今度はモーションが揃っているはずのモンスターの中から「可愛くてペットになりそう」な候補を探すが……候補が多すぎるため、一旦「小型」に絞ることとした。


 中型のユニコーンやペガサスは、中盤以降の高速移動手段として使用する考えを残しておき、選定は後続のデザイナー陣に任せる。

 大型モンスターも除外だ。主人公に対してデカすぎて画面が埋まるし、ペットらしい「つかず離れず感」も出ない。



 何より、ドラゴン級を序盤から連れ歩けたら、物語が成立しなくなる。それはもはや相棒ではなく、ただの「チート」だ。

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