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第16話 世界観②

「今日は『国民的大人気RPG制作会議』、無理そうですね」


「無理だな」


 席に戻り、午後一番にねじ込んでいた会議予定をスキップする。まさか、あんなトラブルが起きるなんて。


 私たちは日向さんから「様子を見てこい、手伝えることがあれば協力しろ」と指示を受け、別チームの運営現場へとヘルプに回された。「火消しは初動が肝心」という日向さんの考えに沿った形だ。


「何が起きたんだ?」

 現場で見つけた同期社員の石見いわみに声をかけ、ヘルプに来たと告げる。


「大型アップデートと一緒にリリースした、新キャラのボイスが、テスト用の仮音声のままでね……」


「ああ、開発側で作ってたやつか……災難だな」


「いや、デプロイ(配備)ミスだ。こっちも悪い」


 一度、リリースしたタイトルは運営側で追加開発を行うが、今回は大型アップデートということで開発側が担当していた。


 聞かせてもらった音声に、機密漏洩やユーザーへの暴言といった致命的なものは含まれていなかった。だが、それ以上に不穏な内容が混じっている。


(ミミックちゃん、かわいい)

(ミミックちゃん、ホントでかい)

(ミミックちゃん、守りたいその笑顔)

(一緒にいるあいつ、死なねーかなー)


 聞いていて頭が痛くなる。


 ミミックは、相模のあだ名だ。犯人は相模のファンが濃厚だ……そして「あいつ」の矛先は、間違いなく私に向いているのだろう。

 

「これは……」

「まずいよな……」

 

 まずいというか、気まずい。石見もミミックが『相模』を指していることは分かっている。


「『ミミックちゃん』って、誰のことですかね? モンスターのミミックが好きだとしたら、だいぶハイレベルな趣味ですよね」


 当の相模が、核心に近く、かつ最も触れてはいけない部分に対し、のんきに首を傾げる。


「確かに……変態度のレベルが高すぎて、俺には分からない世界だ」


 前半の問いは綺麗にスルーし、感想を後半だけに絞って返す。


「気にするな。意味不明だし、考えたら負けだ」


「それもそうですね。でも、『ミミックちゃん』でよかったです。『ミクちゃん』じゃなくて」


 ニアピン賞だ。限りなくかすっているが、危ういところで回避してくれた。

 石見が「お前、よく耐えられるな」という目で私を見ている。


 その後、本番用の音声をリポジトリから引き上げ、再度デプロイすることで事態はひとまず収束した。

 私たちはリリース前のテストに付き合ったが、特にこれ以上手伝えることもないところで、自席へ戻り、日向さんに事の顛末てんまつを報告した。


 ネット掲示板やSNSでは、異変に気づいたユーザーたちが一瞬騒ぎ立てたものの、迅速な対応のおかげで無事に鎮火されたようだった。



 なお、この一件は、後に「モンスター娘:爆乳のミミックちゃん」が正式実装される、という後日談に繋がる。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お疲れ」

「お疲れ様でした」


 騒ぎのおかげで会議はスキップとなり、おまけに少しばかりの残業も発生したが、こればかりは仕方がない。

 オフィスを出ると、まだまだ暑い。相模と二人で会話を交わしながら駅へと向かう。


「今日はCFOと会う日ですよね?」


「そうだな。いつも通りログインしてきたら、企画は進んでるって報告くらいはしておくよ」


「背後霊ちゃん推しになったことは?」


「どう説明すればいいんだ、それ?まあ、細かいとことはまだ伏せておくよ」


 駅の改札前で相模と別れた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 帰宅途中に寄ったスーパーで半額弁当の待ち伏せを成功させた私は「天界のプラネットオンライン」にログインする。


「こんばんはー」

「こんばんは。今日はいつもの声ね、安心したわ」


 彼女の中では、私のキャラ声(女性設定)がデフォルトになっているらしい。いたずら心でボイスチェンジャーを切り、地声で再度挨拶してみる。


「こんばんはー(低音)」

「やめなさい。気持ち悪いわ」


 すこぶる不評だ。


「あれ、でも黒ウサの姿もいつもと違うわね……バニー衣装をやめたのはいいとして、胸、大きくしてない?」


「……『胸派』に改宗したので」


 再び相模に黒ウサを見られた時に備え、衣装を短衣チュニックに変え、プロポーションも調整したのだ。

 10年ぶりとなるキャラエディットにより、胸部は「大規模拡張」が敢行された。これなら相模の胸への「忠誠心」が疑われることもないだろう。


「『胸派』って何よ、意味が分からないわ。ホント、男の子っていくつになってもバカなことするわね……」


「旦那さんもバカなことをするんですか」


 低次元な会話に、ここにはいないCFOの夫――つまり弊社社長をさりげなく巻き込む。


「あの人も昔からバカなままよ。私のことなんて好きになるんだから。そうね、あの人は『私派』よ」


 とんだ惚気のろけ話で返された。


「はいはい、ごちそうさまです」


 付き合っていられないとばかりに、適当に聞き流す。


「で、企画の方はどうなの。例の件について何か進展はあった?」


「はい、方向性は固まってきました。国民的人気……大人気になれるかはまだ分かりませんが、なかなか面白いものになると思ってます」


「あら自信がありそうね」


「日向さんと相模のおかげですよ」


「相模……さんって、例の後輩ね。私の体重を知りたがってた変な子」


 やったぞ相模。CFOが君のことを「変な子」としてバッチリ認知してくれているぞ。


「ええ、そうです。時々ですが、鋭い一言で色々と気づかせてくれるんですよ」


「はいはい、ごちそうさまです」


 今度は私が惚気けていると思われたようだ。


「それじゃ、今日はクエストの続きをするわよ」



【クエスト:女神の涙を集めよ】

 ――人々に見放され、信仰を失い天空へと還ってしまった女神。人々に忘れ去られても、その慈悲は消えず。彼女の涙は再び、荒廃した大地を蘇らせん。


 かつて地上を慈しみ、人々の祈りを糧にしていた「豊穣の女神」の物語。人々が豊かになり、祈ることを忘れたため、彼女は力を失い天へと昇った。しかし、守り手を失った大地は次第に痩せ衰え、人々の心もまた乾いていく。


 プレイヤーは、世界中に散らばった彼女の「涙」を集め、かつての実り豊かな大地を取り戻さなければならない。



「女神の涙を集め終わると何がもらえるんですかね」


 私たちは「エンジョイ勢」なので、攻略情報は極力見ないようにしている。


「怒りよ」


「怒り、ですか?」


「あんなに尽くしてあげたのに……っていう、恨みがましい怒り。きっと呪いのアイテムがもらえるんじゃないかしら」


「なんでそんなクエスト選ぶんですか」


「想像よ、想像。でも、よく見たら『その慈悲は消えず。彼女の涙は再び、荒廃した大地を蘇らせん』って書いてあるから、やっぱりいいものかもね。さっさと探しましょ」


 フィールドを駆けずり回り、敵を倒し、女神の像を発見する。その前で祈りを捧げることで女神の涙が手に入るのだ。前回のログインで集めたのは計三個。目標の十個まで、残りはあと七個だ。


 あ、発見。


 早速、黒ウサを女神像に近づけ、片膝をついて祈りのモーションを起動すると同時に女神の涙が現れる。

 

「ようやく四個か……まだまだ先は長いな」


「今度はあちらに向かうわよ」


 レイチェルと共にフィールドを駆け回る。そうこうしている内にレイチェルが五体目、黒ウサが六体目の女神像を発見し、続けて女神の涙の入手に成功する。


 しかし、六体目の女神像に祈る黒ウサの姿に、私は何とも言えない違和感を覚えた。その正体が何なのか、その時はまだわからなかった。


 そして七体目を発見し、祈りを捧げようとした時のこと――。


「…………っ!!」

 刹那せつな、私は反射的にカメラ視点を操作し、真横の視点から黒ウサを凝視した。


「おお……」


 ひざまずき、深くこうべを垂れた黒ウサの「胸」が、重力に従って「たわわ」に垂れ下がっている。知らなかった。これほど精緻な物理演算が、こんな細かいモーションまで実装されていたなんて……


「やったわね」


 CFOの操作するレイチェルが、黒ウサのすぐそばまで寄ってきた。手元の操作は見えないはずだが、私は慌ててカメラ視点を正面に戻す。

 これまで黒ウサもレイチェルも胸は薄かった。今回、黒ウサの胸部を「大規模拡張」したことで、思いもよらない技術力の結晶を目の当たりにしてしまった。


 ——同時に天界のプラネットオンラインの運営に対し、ここまで作り込む必要があるのかと、その執念じみたこだわりに対して戦慄した。


 胸を揺らし、垂らす。ただそれだけのために、世界中で無数のGPUがファンをうならせ、熱を上げている。そう想像すると、なんとも地球に優しくない技術の無駄遣いに思えてきた。転向したばかりだが「胸派」の罪は深いと悟る。

 

 結局、この日の収穫は四個どまり。残り三個は次週以降に持ち越しとなった。

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