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第15話 世界観①

「結構、遅い時間になっちゃいましたね」


 相模がポツリと言う。


「だいぶ暗くなったな。腹減った……。相模、夕飯どうするんだ? 家で食べるのか?」


「そうですねー。せっかくだから、先輩に付き合います」


 そう言うと、相模はスマホを操作し始めた。家族に連絡を入れているのだろう。


「なんて送ったんだ?」


「『先輩とご飯食べてきます』って。あ、返信きた」

「早いな」


「……妹からです。『食べるの? 食べられるの? どっち?』……だって」


「若いなー」


「若いですねー」


 妹ちゃん、盛りすぎだろ。確か相模とは十歳離れているらしいから、十五歳くらいか。コイバナとか、そういう話が好物な年頃だ。


「食べます?」


 相模が上目遣いで、下から覗き込んでくる。小悪魔キャラを意識した仕草だ。


「いや、食欲優先だ。それから――」


「それから?」


「『使い魔』ちゃんの行動パターンに、『誘惑』を追加しておく」


「仕事人間の鏡ですね、先輩は」


「そっかー、誘惑してるように見えたんだー」と、相模がニヤニヤしながら追撃してくるが、これ以上はスルーだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 週明け早々から居酒屋に行くのも気が引けたので、食事優先で中華料理屋に入ることにした。


 私は「回鍋肉」、相模は「獅子頭シーズトウ」とやらを頼む。それから餃子と瓶ビールを一本頼み、シェアすることにした。


「獅子頭ってどんな料理だ?」


「大きな肉団子と白菜なんかを煮込んだ料理みたいですよ」


「へー」


 相模にしてはチャレンジャーな注文だ。それとも以前食べたことがあるのだろうか。


「それより、『気まぐれ』や『おまかせ』はメニューになかったですね」


「いや、もうそれはいいから。しばらく自重するよ」


 そんな無駄話をしているうちに、料理が運ばれてきた。自分の回鍋肉より先に、相模の獅子頭に目がいく。

 

「食べてみます?」


 相模が獅子頭をレンゲで切り分けてくれた。

 

「いただくよ」


 まだ使っていない箸で口に運ぶ。鶏ガラベースのあんを纏った、豚ひき肉の塊。中華風ハンバーグといった趣だが、これがなかなかに美味い。


「美味しいな、これ」

 

 お礼に回鍋肉を分けようとしたが、獅子頭の皿に乗せるのは味が混ざりそうではばかられた。すると相模が、そっと自分の茶碗を差し出してきた。その白米の上に豚肉、キャベツ、ピーマンを一揃えにして乗せる。


「回鍋肉も美味しいですね。最初は甘いのに、後からくる辛みがいいです」


「ピーマンもうまいんだよ。子供の頃は、この苦味を美味しく感じる日が来るなんて思ってもみなかったな」


「苦味というより青臭さですね。大きめに切って一気に炒めると甘くなるんですよ。細かく切りすぎると青臭い成分が出やすくなって、子供はそれが苦手なんです」


「相模は本当に料理に詳しいな」


「好きですから」


 たわいもない話が弾む。餃子とビールも申し分ない。


「それにしても、今日の会議は昨日よりはうまくいきましたね」


「出だしはまた失敗かと思ったけどな……ところで」

「……?」


「相模にゃん、ビールをもう一杯飲むかにゃん?」


 不意を突かれ、グラスのビールを飲み干そうとしていた相模がむせるが、口に入れたビールを吐き出すのをなんとかこらえる。


「今のタイミングは……反則ですことよ、セバスチャン先輩」


 ジト目でにらまれ、まさかの悪役令嬢風でやり返される。

 お互いにフフっと笑い合う。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝、オフィスに出社してすでに席にいる相模へ「おはよう」と挨拶を交わした後、すぐに日向さんの席へ向かう。


「昨日は遅かったんだな、ご苦労さん」


 退社時間と残業の理由を説明すると、短い返信とともに労いの言葉が返ってきた。


「おかげで、主人公については方向性が出てきました」


「そうか。なら昼飯、一緒にどうだ、相模も連れて。せっかくだから、その場で詳しい話を聞こう」


「ありがとうございます。ではお昼をご一緒させてください。相模にも伝えておきます」



 そして昼休み。日向さんが連れてきてくれた店は、夜は居酒屋、昼はランチを提供する、おすすめの創作居酒屋とのことだ。


「ここの店主の『おまかせ』はなかなかアリだぞ」


 ん?おまかせ?


 店に入ると四人掛けの席に案内され、正面の二人掛け席に日向さん、私たちは隣同志で座る。


「昨日寄った店には参ったよ。気ままに仕入れた海鮮丼とやらを頼んだら三色しらす丼が出てきたんだから。旬といえば旬だが、やりすぎだろう、美味かったけど」


 思わず相模と目を合わせる。


「日向さんも行ったんですね、あのお店」


「お前らもか」


「ええ、気ままな海鮮丼頼みました。思ってたものと違いましたが……美味かったです」


「そうか……入れ違いで入ったのかな」


「私は鯛のゴマダレ丼でしたが、美味しかったですよ」


 三人とも美味しいと思うのなら、やはり「アタリの店なのでは」と相模が付け加える。


「さて話を聞こうか」


 メニューを店員に告げ終えた後、日向さんが身を乗り出す。私たちが案内された席は個室であり、普通の声の大きさなら隣席に声が漏れる様子ではない。だからこの店を選んだのだろう。


「……」

「……」

「……」


「どう……ですか?」


「いや、即答はできないな。だが、ダメだという意味じゃない。予想外のものが出てきたから面食らっているだけだ……昨日の三色しらす丼と一緒だな」


 昨日まとめた主人公の在り方を口頭で説明し終えた後、日向さんの口から出た言葉が、それだった。

 まさか、三色しらす丼と比べられるとは思わなかったが、意外性はあったようだ。


「食べてみたら、案外美味しいかもしれませんよ?」


 相模が茶目っ気たっぷりに感想を急かす。日向さんは「仕方ないな」という苦笑いを浮かべ、ポツリポツリと所感を述べ始めた。


「……ふむ。『物語の主人公』と、つかず離れずの距離にいる『プレイヤーの分身』を切り分けるというアイデアはいい。遊び方に幅が出そうだ。それに、『背後霊』という発想も面白い。主人公を時々操って物語に介入する余地を残しているのもな」


 もっとも頻繁に介入されるとシナリオ担当が悲鳴を上げそうだが、と付け加える。


(背後霊ちゃん、君の時代が来ているよ……!)自分の生み出した「推し」が褒められ、私は内心の喜びを隠しきれなかった。


「ありがとうございます。国民的人気を持つRPGを作るには、国民的人気を得るだけの個性を持ったキャラクターが必要不可欠だと考えています。そこからキャラクター性を活かしたストーリーやゲームシステムに繋げられたらな、と考えています」


「欲張りだな」と日向さんが零す。


 勢いで言ってしまったが、背後霊ちゃんが国民的人気を得られる日は来るのだろうか。


「まあいい、好きにやってみろ。せっかく面白そうなことを考えついたんだ、もっと面白くなるよう練り上げろ。……二人でな」


 わざわざ付け加えた「二人で」という言葉に込められた言外の意味。それは「一人よがりになるな」という忠告だろう。隣の相模を見ると、彼女は力強く頷きながら「先輩と二人で頑張ります」と日向さんに宣言した。


「で、次はどう動く?」


「世界観を考えたいと思います」


 その言葉に、相模も頷く。


「世界観か……早くも設定資料集が作りたくなったか」


「いえ、日向さんの忠告は覚えています。名詞ばかりの設定資料集を作るな、名詞より動詞が大事ですよね」


「覚えているならばOKだ。で、具体的にどう進めるんだ」


 日向さんの忠告は忘れていない。


「まずは取っ掛かりを探します。ハイフライヤーのアセット(素材データ)を漁ってみます」


「何をする気だ?」


「前提の確認の為です。今回の企画では、ハイフライヤーのアセットを最大限流用し、開発コストと期間を肥大化させないことが前提になります。世界観を考えてみたものの素材がなくて実現できないでは悲しいですから」

 

 昨日、相模と相談したことだ。


「なるほどな。しかし……お前はそういうところ、しっかりしてるな。そこまで意図が明確なら、俺から言うことはない」

 続けて「他の連中も予算ちゃんと考えて企画しろよな」と呟く。


「ただ本音は世界観を考える取っ掛かりがないので、参考になるものがあるなら藁にもすがりたいだけですけどね」


「因幡は作ってみたいものはなかったのか?せっかくの機会だから少しでも自分の想いを盛り込んだらどうだ」


 クリエイターならこの機会を活かして、自分の作りたいものを少しでも盛り込もうとするだろう。


「今回は無理ですね」


 相模が横から口を挟む。


「どうしてだ」


「全年齢版ですから」


「なるほどな」


 ……相模は余計なことを言うな、日向さんも納得するな。



 あれこれ話し合っている内に、店員さんが二人分の料理を持ってきた。私が頼んだ「かますの幽庵焼き」と相模が頼んだ「さんまのわた焼き」だ。

 ……かますの幽庵焼きに「しらす」おろしの小鉢がついている。相模が頼んだ、さんまのわた焼きにも同じ小鉢がついていた。


「これはまた……」


「今日もしらす祭りですかね……」


「何かイヤな予感がするぞ……」


 しばらく待つと店員さんが再びやってくる。


「お待たせしました、三色丼です」


 その言葉に、向かいに座る日向さんがピクリと肩を揺らした。まさかの被り(ダブり)発生か。


「こちらが本日のおまかせ、鴨肉を使った『三色丼』になります」


「……鴨か、よかった」


 小粒の山椒と合わせた鴨のそぼろが載った三色丼を見て、日向さんがホッと胸をなでおろした。


 

 ——昼飯は日向さんが奢ってくれた。日向さんからは貰ってばかりで、どうも落ち着かない。


「俺も昔はよく先輩に奢ってもらったからな。気にするな」


「いい先輩ですね」


 相模がちらっと私を見ながら言う。私が「奢られるのは苦手」と言ったことを覚えているようだ。


「いつも奢ってくれる気前のいい先輩だったが……」


「どうなったんですか」


「結婚したとたんに一切奢ってくれなくなった」


「奥さんがしっかりしてるんですかね」


「ああ、しっかりしている。だから奢るのも、奢られるのも結婚するまでだ。今のうちに楽しんでおけ」



 日向さんは意味ありげな目で、私たちを交互に見た。

 私たちは早く結婚しろという目で日向さんを見た。

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