第37話 泥土の町バローデ(ありえないんだけど)
ドムル川はものすごく大きな川だ。
だから、とても大きな船も通ることができる。
僕たちの乗った舟は大きくはないけど、六人乗るには十分な広さがあった。
一番後ろで兄ちゃんが櫓を使って、舟を進めていた。
あれだけ走って来たのに、すごい体力だ。
「このペースでいけば、明るい内に向こうに着けるだろ」
「ベスケ、次第だけどね」
「任せとけ」
ミールさんが兄ちゃんに声を掛けた。
兄ちゃんは力強く櫓を漕いでいる。
「この舟どうしたの?」
「この舟か。借りたんだよ。厳密にいうと買ったんだけどな。
ユピアートまで、舟を出してくれと頼んだんだけど、誰も受けてくれなかったんだ。
明らかに様子がおかしいと言ってな。
昨日、俺たちはバローデにいたけどよ、夕方ユピアートの方は真っ黒でな、風もおかしな感じだったんだ。
あんなのは見た事ねえから、仕方ないけどな。
それで、舟を貸してくれと言ったら、帰ってくるか分からないからダメだと言いやがる。
しゃーないから、舟を買って、返すときにまた買い取ってもらう事にしたんだよ」
そうだったのか。
どうりで船頭さんがいないわけだ。
バローデは町の名前だ。「泥土の町バローデ」と呼ばれている。
田んぼでの米作りを主な産業にしている町だ。
確か教会があったはずだ。
町なので、たぶん大きいのだろう。
ユピアートから一番近い町なのに交流が少ない町だ。
僕は行ったことがない。村から出たことがないから当たり前だけど。
まさか、こんな形で村を出るなんて思わなかったけど……
この後、僕はずっと何もないユピアート村の方を見ていた。
ただ、見ていた。
そして、村は見えなくなってしまった。
もう、何も考えたくなかった。
ただただ、寂しい気持ちで一杯だった。
「バローデが見えてきたぞ」
兄ちゃんの声だ。
僕は俯いていたので気がつかなかった。
前を向くと、遠くに町っぽいものが見えた。
舟の上では、みんなほとんど会話をしなかった。
たぶん、僕のせいだ。でも、どうして良いのか分からない。
僕はまた膝を抱えて、俯いた。
しばらくたって、兄ちゃんの櫓の漕ぎ方が変わった。
「よし、もうちょいだ」
舟が何かに当たった。陸にぶつかったのかな。
バローデに着いてしまったみたいだ。
「クー、行くわよ」
ミールさんが手を引いてくれた。
嫌だけど、行くしかない。
日はだいぶ傾いていた。
みんな舟から降りたくらいに、向こうから一人の男の人が近づいて来るのが見えた。
「クー、こっちにおいで」
ミールさんは舟から少し離れた所に僕を誘導した。
アルコさんとリプスさんも一緒についてきた。
兄ちゃんとトバクさんは舟の所に残っている。
やがて、男の人が兄ちゃんたちの所に来て、何か話をしている。
たぶん、舟の貸してくれた人なんだろうと思った。
「クー、これを着て、しっかり顔を隠していなさい」
「…そ、その方がいいだろうな」
ミールさんとアルコさんだ。
ミールさんは自分の着ていたフード付きのマントを僕に着せてくれた。
少し大きいけど、裾が地面につく事はなかった。
「なんで顔を隠さないといけないの?」
「それはクーがかわいいからよ。誘拐されたら大変だからね」
からかっているんだろうか?
「からかってないわよ」
えっ、心を読まれた!
「魔法が使える子とか、見た目がキレイな子は誘拐されやすいのよ。高く売れるからね」
「ここって、そんなに危ない場所なの?」
「ここが特別危ないってわけじゃなくてね、どこもかも危ないのよ。比較的安全な町ってのはあるけどね。ここはそうは見えないしね」
「なんで?」
「みんな貧乏そうだからよ。裕福な町は比較的安全で、貧乏な町は危ないのよ」
なんだか、とんでもない所に来てしまっているらしい。
兄ちゃんとトバクさんがこちらの方にやって来た。
話がついたみたいだ。
そして、アルコさんがみんなに言った。
「…も、もう遅いし、取りあえず昨日泊まった宿屋に行こう。食堂も一緒になっていたから、そこでメシにしよう」
「賛成。ミー、お腹ペコペコだよ」
ミールさんはお腹を押さえている。
僕たちは土手を上った。
町の辺りは、僕の背丈くらいの石の壁というか土台の上に、高い木で柵が組まれているようだった。
大きな扉があって、開いていたので、そこから町の中に入った。
畑がたくさんある。畑の大きさや形もまちまちだ。
作物もいいかげんに植えられている感じだ。
エナ爺が見たら激怒しそうだ。「なっとらん!」てな感じで。
家が増えてきた。ボロい平屋が多い。しばらく進むと、人も増えてきた。
でも、何だか臭い。うんちの臭いだ。でも、何でこんな臭いがするんだろう。
よく見れば、ブタが放し飼いになっている。
大丈夫なんだろうか?
「どうしたの、クー」
ミールさんが聞いてきた。
「ブタが気になって」
「ブタ? なんで?」
「放し飼いになっているから」
「あんなのよく見るわよ。ああしておけばゴミを食べてくれるのよ」
「ゴミ? ゴミってどこから出てくるの?」
「適当に家の外にゴミとかうんちとか捨てるのよ」
「うんち? 人の?」
「そう、人が出したうんち。それもブタが食べてくれるのよ」
ウソでしょ!
「ブタのフンはどうなるの?」
「ブタがまた食べるか、そのままか、フンを掃除する人がいればその人が片づけるんじゃない。クーのいた所にブタはいなかったの?」
「いたけど、ブタ小屋にいたよ」
「そうなんだ。キレイな町はだいたいそうね。でも、古びた町とか寂れた町はこんな所が多いわよ」
ありえないんだけど……
臭って、あたりまえだよね。
なんか嫌だな。
「お、宿屋が見えてきた。それにしても、めっちゃ腹が減ったな」
兄ちゃんが嬉しそうにしている。
あれだけ、動いていればお腹が空いて当然だと思う。
そして、宿屋に入った。




