第36話 お迎え(やめてよ)
だいぶ時間がたってから、遠くから凄い勢いで人が走ってきた。兄ちゃんだ。
「遅いぞ。心配で迎えにきたぞ」
なんだかウソっぽい。
兄ちゃんは、槍とリュックサックは持っていなかった。
確かミールさんだったかな。あのメロンメロンの人に、たぶん何か言われたのだろう。
すると突然、横から抱き上げられてしまった。
いわゆるお姫様抱っこだ!
「やっぱ、小さくて、軽いな。ちゃんと食えよ」
そのまま走り出す。ウソでしょ!
「自分で走るよ」
「却下だ。こっちの方が断然速い」
「降ろして」
「おい、暴れるな! 危ないだろ!」
確かに、ここから落ちたらヤバいような気がする。
でも、体は動かせなくても、口は動かせる。
「恥ずかしいよ」
「問題ない。誰もいないからな」
「せめて、ほかの方法にしてよ」
「小さいやつは、この方が運びやすいんだよ」
ちっくしょー、また小さいと言った。
兄ちゃんがデカすぎるんだ。
そして、何もない所を、すごいスピードで駆け抜けていく。
「何で、こんなことになったのかな?」
「分からねえ、精霊災害ってそんなものなんだろ?
いきなり、凄まじい炎が噴き出したり、猛烈な風が襲ってきたり、大量の水が押し寄せたり、地面の土が大きく波打ったりとかな。俺は直接経験した事ないけどな」
僕は昨日のヤツが初めてだ
「ないの?」
「ないな。大きな精霊災害が起こった後の場所は見た事あるけどな。
こんなに、ひどいのは見た事がない。村、丸ごと一つ消えちまった。
それでも、クーだけでも生きていてくれて、本当に良かったと思っているよ」
「何で、僕だけ生きているんだろう」
「心当たりはないのか?」
なんでだろう。あるとすれば……
「たぶん、お母さんが守ってくれたんだと思う」
また、涙が出てきた。我慢できない。
「そうか、ナナさん、すげえ魔法使いだったからな。
それに、すごく優しくてキレイだったしな」
後の方は関係ないけど、その通りだ。
「うん」
しばらくして、ドムル川の方に人の姿が見えてきた。
ヤバい! お姫様抱っこは見られたくない。
怖いけど、抵抗してみよう。
降ろしてくれるかもしれない。
「やだよ!」
「こら、もう少しだから、じっとしていろ」
兄ちゃんが、すごい力でギュッと抱きしめた。
大きな硬い胸板に押し付けられて、身動きが取れない。
「痛いよ、もうやめてよ!」
「いや、ダメだ。我慢していろ」
「もう、許してよ!」
「もうちょっとだから、このまま行くぞ」
そして、そのまま加速した。
ガンガンと激しく体が揺らされる。
もうダメだ……
「よっしゃー、ゴール!」
あー、もう、なにしてくれるんだよ……
「お帰りー、思っていたよりも早かったわね」
ミールさんだ。
「おう、すっ飛んできたからな。それに、こいつ軽いからな」
「あー、お姫様抱っこだー。いいなー。ミーもしたい」
えー、それおかしくないか?
「仕方がないな。少しだけだぞ」
「やったー」
ウソでしょ、なに言ってんだよ!
「やめてよ、降ろしてよ」
足をジタバタさせて、体をくねらせた。
やっとで、兄ちゃんが降ろしてくれた。
「ちぇっ」
ミールさん、本当に抱っこしたかったのか?
何を考えているのか、よく分からない。
「クーちゃん大丈夫だった? あいつ、ひどいよね。置いてくるなんて」
「大丈夫です。それより、クーちゃんはやめてください」
「えー、いいと思うけどな。クー君よりクーちゃんの方が言いやすいし。それに、かわいいし」
「クーでお願いします」
「そう、分かったわ、クー」
兄ちゃんはニヤニヤしている。
絶対にからかっていたんだ。昔からそうだ。
もしかして、ミールさんもからかっていたのかもしれない。
そして、兄ちゃんは真面目な顔をしてドムル川の向こう側を見た。
「行くか」
「…も、もう、いいのか?」
アルコさんだ。
「ああ、ここはもうダメだ」
兄ちゃんは諦めたかのように静かに言った。
また、気持ちが重たくなった。
「クー、おまえも行くよな。残ると言っても連れていくけどな。
こんな所にいても、どうにもならんしな。食い物もなさそうだし、すぐ死んじまうぞ。
とにかく来い。いいな。分かったら、早く舟に乗れ」
確かに、兄ちゃんが言うように、ここにいてもダメかもしれない。
でも、でも、ここは僕の大切な場所なんだ。
みんながいた場所なんだ。
ダメだ、また涙が出てくる。動けない。
「仕方ないな、またお姫様抱っこしてやるか」
それは絶対に嫌だ。
でも、涙が溢れている。前がまともに見られない。足も前に進まない。
一瞬、トバクさんが見えた。面白くなさそうな顔をしている。
このままじゃダメなんだ。
でも、でも……
そんなとき、ふっと、優しく両肩を掴まれた。
そしてゆっくりと舟に乗せてくれた。
リプスさんだった。
舟に乗ってからも、リプスさんは話しかけてくることはなく寂しそうな顔をしていた。
みんな順に舟に乗り込んできた。
「さて、行くか」
兄ちゃんは櫓を漕ぎだした。
そして、舟は静かにユピアート村を離れていった。




