第35話 何もない場所(走って、走って、走って)
速い!!
リュックサックを担いで、片手に槍、それでもどんどんと引き離されていく。
でも、見失うことはない。
何もないからだ。
僕はもう限界で、走ったり歩いたりしながら追っかけた。
どれくらい走ったのか分からないけども、兄ちゃんは走るのを止めて、下を見たり遠くを見たりして何かを調べているようだった。
「にーちゃーん」
声が届きそうな所まで近づいて呼んでみた。
すると、兄ちゃんは手を挙げて応えてくれた。
急いで駆け寄った。
でも、息が切れて喋れない。
「おいおい、この程度でへたばるなよ。どうせ、本ばっかり読んでて、ろくに運動してなかったんだろ」
言い返せない。
本ばっかりではないけど、あまり運動してこなかったのは確かなわけで……
というか、息が切れていて、まだ喋れない。
兄ちゃんは西デンジェル山地の方を見ている。
「この辺なんだよな、俺ん家。何もないな。
帰って来たという実感が全く湧かねーな。
かあちゃんたちは元気だったのか?」
「ハァ、ハァ、うん、元気だったよ」
兄ちゃんの家は、僕の家から結構近い。
おじさんも、おばさんも、よく野菜を持ってきてくれた。
たくさん取れたからと言って。
農家なので、たくさん取れるのは当たり前だと思うけれど。
兄ちゃんのお兄さん夫婦も一緒に農業をやっていた。
「元気だけが取り柄みたいな人たちだからな。俺を含めてな…… 時間、まだ大丈夫だろ。走るぞ、クー」
また、走って行ってしまった。えー……
仕方がない、後を追うことにした。
今度はマイペースで追っかけた。無理だし。
兄ちゃんはどんどん小さくなっていく。凄い体力だ。
進んでも、進んでも、土と水しかない。
草くらいあってもいいんじゃないのか。
変な感じだし嫌になってくる。
兄ちゃんは遠くで槍を振り回している。
待ってくれているみたいだ。
あそこまでならと、少しペースを上げた。
近づくと、兄ちゃんが大声で呼んだ。
「クー、遅いぞ。サボってんじゃねーぞ。ダッシュだ」
仕方ないので、ダッシュした。
「ハァ、ハァ、ハァ、兄ちゃんが速すぎるんだよ」
「そんなことないさ。ちゃんと加減して走っているよ」
ウソでしょ。
「それより、ここはどの辺だ」
どの辺だ、と言われてもどう答えたらいいんだろう……
辺りを見回し、西デンジェル山地のある方を見てみた。
「大きくて古い水車があるあたりじゃないかな」
「おー、やっぱりな。あのデカくてカッコ良い水車だろ。
昔、よく上まで登って、怒られたっけ。
そーいや、ベドの家がこの近くにあったな。
同級生で仲が良かったんだ。二人でよくやんちゃしてたんだよな。
あいつは元気にしてたか?」
ベド兄ちゃんとベスケ兄ちゃんは名の知れた悪ガキで「泣く子も笑う悪ガキコンビ、ベドとベス」と言われ、略して「悪ベベ」と言われていた。
二人はいたずらばかりしていたんだけど、必ず笑い話になるという特技を持っていた。
小さな子供たちとも遊んでくれる人たちで、僕も小さいときによく遊んでもらった。
たくさん泣かされたけど、たくさん可愛がってもらった記憶がある。
「元気だよ。昨日あったし。フィーさんと仲良さそうに手をつないでお散歩していたよ」
「なんだよあいつ、フィーと付き合ってるのかよ」
嬉しそうだ。
「結婚したんだよ。二人とも左の手首に赤い布を結んでいたよ」
「マジかよ! あいつ、ずっとフィーのこといいな、って言ってたからな。よっ――」
急に兄ちゃんは言うのを止めてしまった。
そして、暗い顔になってしまった。
「よっ、よし、戻るか」
兄ちゃんは、走りだそうとする。
「待ってよ! この先にはシルバの家があるのに。
それに、ティルがまだ森にいるかもしれない。
あっ、でも、もう家に戻っているかもしれないし……」
兄ちゃんが悲しそうな顔をしている。
「クー、よく見ろ、何もない。みんな死んだんだよ」
あれっ、何だろう?
シルバは、ティルは、クリスは、エナ爺は、ジョダ先生は、みんなは、お母さんはどこにいるんだ?
おかしいだろう?
「でも、きっと生きているよ、僕が生きているんだから」
「そうだな、そうあって欲しいが、諦めろ」
「僕は一人でも、みんなを探すよ」
そんなはずない、みんな生きているのに、なんで兄ちゃんは簡単に諦めてしまうんだ。
涙が溢れてきた。
なんで、涙が出てくるんだ。
これじゃ、みんながいなくなった事を認めてしまっているみたいじゃないか。
兄ちゃんが僕の頭に手を置いた。
「泣くな、とは言えない。クーはラッキーなんだよ。俺もな。生きている。それなら、精一杯生きるしかないんだよ」
「精一杯生きるって、どうすれば良いの」
「それはだな、一度しかない人生を悔いのないように、楽しく生きることだよ」
「それは、どうすれば良いの」
「それはだな…… そんなもん分かるか。俺は二十二歳だぞ、クソ爺みたいに説教臭いこと言えるか」
僕の頭をグリグリと撫でて離した。
兄ちゃんは上を向いている。涙を堪えているようだった。
そして、涙が流れた瞬間に走り出した。
「戻るぞ、クー! こうゆうときは、思いっ切り走って頭ん中を真っ白にするんだ」
言い終わると、速度を上げた。
とんでもなく速い!!
ウォーと叫びながら走っている。
僕も走って後を追いかけた。
確かに、しんどいときは余計なことは考えられないけど、限界がある。
息が切れてもう走れない。
兄ちゃんはもう豆粒くらい小さくなっている。
走って、歩いての繰り返しになった。
止まって、あたりを見回してみた。何もない……
でも、一瞬、黒いモノが見えたような気がした。
見直してみる。
何もない。気のせいかな。
そういえば、精霊災害は続けて起きる事があると言っていたな……
戻って、誰もいなかったらどうしようかとも思ったけど、もうどうでもよかった。
なにも考えたくなかった。
でも、考えてしまうので、その時は走った。




