ヨルゲン戦①
今日は牛丼を食べました。
重厚な最下層の大扉を押し開けた瞬間、これまでの騒がしさが嘘のように通り抜ける冷ややかな風。
広い出口の間、その中央にポツンと座り込む巨漢——看守長ヨルゲン。
「さっさとそこどきなさい!私たちは急いでいるの!」
かぐやは堂々とヨルゲンの前に躍り出る。
コウが慌てて「姫様下がって!」と叫ぶのと同時にヨルゲンの持つ斧がかぐやの目の前を通り過ぎる。コウが双剣で斧を受け流し、激しい風圧が辺りに吹き荒れた。
「おもたっ!」
「脱獄犯と戦うのは初めてだ。もっともっと楽しませてくれ!」
「いつまでそう余裕ぶっていられるか見ものだね。『月脈解放』、瞬閃!」
コウの姿が消え、次の瞬間にはヨルゲンの腕は地面に落ちていた。コウは悔しそうにその腕を見つめ、真剣な瞳でヨルゲンを見つめている。
「チッ。一発で首落とせたら楽だったんだけどな…」
「片腕いただきね!これなら余裕そうじゃない!」
「いいえ、かぐや様。ここからが本当の始まりです」
セリーヌに言われ、かぐやがヨルゲンを見ると、斬られた腕の断面から肉が盛り上がり、新しい腕が生えてきている。
「だからこいつとはやりたくなかったんだ...」
コウの表情から余裕が消える。
「来ないならこっちから行くぞ」
そういってヨルゲンはコウに突進して斧を力任せに振り下ろす。
ガンッ!!と音を立てて床にひびが入る。コウはそれを楽々とかわす。
「先輩!!斬ったところを凍らして!」
「わかっているわ。『月脈解放』、霜月!」
セリーヌは再生途中の腕を斬り落とし、断面を凍らせる。
「これで再生はできないはず…」
「ふん、甘いな」
ヨルゲンは自分の腕を斬り落としそこから腕をはやす。
「これもダメか、となると結構きついな~」
(流石に俺の速さに攻撃を間に合わせることはできないはず。でもこのままだとお互い決め手に欠けるし、先輩は速くはないから体力切れたところをごり押されると厳しいな)
「ぬおおおおお!」
ヨルゲンが狂ったように巨斧を振り回す。一振りごとに空気が爆ぜ、最下層の分厚い石床が爆破されたかのように跳ね上がった。
「――『瞬閃』!」
コウの姿が消える。次の瞬間にはヨルゲンの両膝、そして首筋へ同時に刃が突き立てられていた。溢れ出す鮮血。普通なら三度死んでいる致命傷だ。
だが、ヨルゲンは倒れない。
「ハハハ! 効かんと言っているだろうが!」
傷口からドロドロと不気味な肉片が噴き出し、一瞬で切断面を繋ぎ止める。首を半ば切られながら、ヨルゲンはそのまま斧を横一文字に薙ぎ払った。
「くっ……!」
間一髪でバックステップを踏み、追撃をかわすコウ。しかし、その額からは滝のような汗が流れ、肩が大きく上下していた。
音速を超える『月脈解放』は、全身の細胞に甚大な負荷をかける。対してヨルゲンは、傷を負う前となんら変わらない威圧感を保ち続けていた。
「コウ、下がって! 『月脈解放』、霜月・連環!」
セリーヌが割って入り、凍てつく刃でヨルゲンの両腕を高速で刻み、氷漬けにしていく。だが、ヨルゲンは凍りついた己の腕を自ら壁に叩きつけて砕き割り、またしても新しい肉体を芽吹かせた。
「無駄だ無駄だ! 我が肉体は『不死』! 貴様らの攻撃など、乾いた土に水を撒くようなものだ!」
「……ダメね。外側からの凍結じゃ、自分の肉体を破壊して再生する速度に追いつかないわ……!」
セリーヌの吐息が白く乱れる。彼女の『月脈解放』もまた消耗は激しく、指先は冷気ではなく疲労で震え始めていた。
「おいおい、もう終わりか? ならば——まずはそこのお姫様から潰すとしよう!」
ヨルゲンがギラリと目を光らせ、ターゲットをかぐやへと切り替えた。
「なっ……!?」
迫り来る凶悪な威圧感に、かぐやの足が竦む。跳ね上がる巨斧が、かぐやの頭上から吸い込まれるように振り下ろされた。
「姫様、下がりな!!」
「コウ、ダメよ正面から受けたら——!」
セリーヌの悲鳴のような制止も聞かず、コウが割り込んだ。
ガンンンッ!! と、耳腔を破壊するような衝撃音が響き渡る。
「ぐあっ……!?」
コウの両腕が悲鳴を上げる。激しい風圧がかぐやの髪を強く吹き散らした。
音速のスピードを削り、死角からのかぐやへの一撃を正面から受け止めたコウの体は、圧倒的な質量差によって弾き飛ばされた。
ドサッと壁に激突し、膝をつくコウ。その口端から一筋の血が伝う。
「コウ!?」
「あー……痛ぇ。やっぱりパワータイプは苦手なんだよな……」
立ち上がろうとするコウだが、その脚はわずかに震えていた。セリーヌもまた、かぐやを庇うように立ち塞がるが、その表情には明らかな焦りと色が濃く滲んでいる。
二人の体力が削れ、手詰まり感が漂う広間。かぐやは初めて、自分を命懸けで守ろうとする二人の背中を見て、息を呑んだ。
(......こいつの体力が切れるまで粘る。そんなのはもう無理だ。先輩だって限界が近い。ならもうあれをやってみるしかないかな)
「......はあ、嫌だったんだけどな。これやるの。先輩例の『苦肉の策』ってやつ、やろっか」
コウの瞳は、まだ諦めてはいなかった。




