王城攻略①
「はあ……はあ……! なんとか撒けたみたいね……!」
煙と瓦礫が散乱する路地裏で、かぐやは胸を押さえて荒い息を吐いた。
帝国砲兵隊による時計塔への凄まじい砲撃から間一髪で逃げ延びたものの、コウもセリーヌも連戦で疲労の色は隠せない。アスターに至っては試作品や機材を抱えて白目を剥きかけている。
「で……どうするのよ!? この場所もバレたし、いよいよ本当に追い詰められたじゃない!」
かぐやが頭を抱えたその時——影の中から、すっと一人の黒装束の人物が現れた。
「——かぐや様、ご無事で何よりです」
「きゃあ!? 誰よあんた!?」
「お静かに。私はザッカルト様に仕える使者にございます」
コウとセリーヌが瞬時に身構えるが、使者が提示した紋章を見て刃を納めた。使者は静かに、しかし重大な伝言を口にする。
「帝国の包囲網は日増しに強まっております。もはやルナリア国内に、皆様が安全に隠れられる場所は存在しません。……ザッカルト様より、最後の御命を預かってまいりました」
使者はまっすぐにかぐやの目を見つめた。
「『今すぐ王城に潜入し、パタパタウサギで地球へ避難せよ』……と」
「えっ……! ほんとに!? パタパタウサギで地球に行けちゃうの!?」
切迫した空気の中、一人だけかぐやの目がぱあっと輝いた。
「やったーーーっ! 地球! 久々にじいちゃんとばあちゃんに会いたいわ!」
「かぐや様、不謹慎です! 今は喜んでいる場合では……っ!」
はしゃぎ倒すかぐやをセリーヌが焦って窘める中、使者は苦笑いを浮かべつつ言った。
「……あの、かぐや様。地球に行くというのは里帰りではなく、あくまで避難でして……。ザッカルト様ご本人はこの地に残り、水面下で反乱の勢力を束ねて皇帝の目を引きつける手はずです。……かぐや様が地球で安全を確保し、力を蓄えて正当なる王としてこの国へ戻られるその日のために、ルナリアで帰還の土台を整えるとおっしゃっておられました」
「そっか……ザッカルトは残るのね。分かったわ! 私、地球でしっかり『修業』して、ぜったい強くなって帰ってくる!」
「頼もしいお言葉。……ですが、問題は王城への潜入方法と、その内部構造です」
使者が地面に広げた地図を指さすと、コウが「げっ」と嫌そうな声を上げた。
「パタパタウサギがいる『希少種飼育場』って、一番奥のここだよね?……これ、マズくね?」
「え? なになに、何がマズいの?」
首をかしげるかぐやに、アスターがメガネをクイッと上げながら早口で解説する。
「かぐやさん、よく見てちょうだい。飼育場へ行くには、この『中央大広間』を通過するしかありません。そしてこの大広間の目と鼻の先にあるのは……オルグ皇帝がいる『謁見の間』よ」
「はあああ!? なんでそんな一番ヤバい奴の部屋の隣にウサギがいるのよ!?」
「前皇帝の趣味らしいわね。珍しい生き物を謁見のついでに自慢したかったらしいけれど……私に言わせれば動線の設計が破綻している悪趣味な構造だわ」
「つまり……」と、セリーヌが蒼い刀の柄に手をかけた。
「パタパタウサギのもとへ行くには、皇帝や親衛隊の精鋭たちが目と耳を光らせている最重要警戒エリアの目と鼻の先を突破しなければならない、ということです」
「見つかったら即、皇帝ご登場でその親衛隊の猛者たちと大バトルってわけか。熱いねぇ」
コウが苦笑いしながら肩をすくめる。
危険すぎるルート。だが、地球へ帰る道はそこにしかない。
「フン……上等じゃない!」
かぐやは拳を握りしめ、不敵に笑った。
「ここまで来たら、やってやるわよ! こっそり潜入して、ウサギを奪って、サクッと地球へトンズラしてやるわ! みんな、準備はいい!?」
「ハハッ、了解、おてんば姫様」
「どこまでもお供いたします、かぐや様」
「私の試作兵器、壊さないでちょうだいね……」
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夜闇が帝都を深く覆う頃、四人は使者に案内され、王城の外郭を囲む巨大な外壁の麓へと辿り着いていた。
「ここです。かつて城の給排水用に使われていた廃水路の入り口……。現在は封鎖されているはずですが、ザッカルト様の手によって鍵は解除してあります」
使者が古びた鉄格子を静かに押し開けると、湿った泥の臭いと冷気が冷たく頬を撫でた。
「では、私はここで。皆様、どうかご無事で……」
使者と別れ、腰を低くしながら薄暗い水道管の内部へと進む四人。足元の水音すら立てられない緊迫感が漂う。
「ねえ、コウ……ここ、本当に城の中に繋がってるの? なんだか不気味なんだけど……」
「しーっ、声が大きいよ姫様。ここは昔の構造体だから、上の兵士に声が響くんだ。静かにね」
アスターが「私の精密機械に湿気が入ったらどうするのよ……」と不満げに呟き、セリーヌが「我慢してください、アスター」と宥めながら後方を警戒する。
やがて道は行き止まりとなり、頭上に小さな鉄製のハッチが現れた。
コウが音もなくハッチを押し上げ、周囲の気配を探る。
「……よし、誰もいない。上がって」
ハッチをくぐり抜けると、そこは王城の地下資管庫の隅っこだった。
外の湿気とは一変し、重厚な絨毯の匂いと、燭台の仄暗い光が差し込む大理石の回廊が広がっている。城内に潜入成功だ。
「ここから上の層へ上がれば、例の大広間……そして飼育場よ。警戒を怠らないで」
セリーヌの言葉に全員が頷き、息を潜めて足音を殺しながら進み始める。
豪奢な飾りが施された長い回廊は不気味なほど静まり返っており、かぐやの心臓は破裂しそうなほどバクバクと鳴っていた。一歩間違えれば即・捕縛か死。手汗を握りしめながら、前を走るコウの背中だけを必死に追いかける。
「静かにね……ここを曲がれば、例の大広間へのショートカット用回廊のはず……」
コウが先頭で手信号を送り、かぐやたちが息を潜めてそれに続く。
一歩間違えれば即・処刑という極限の緊張感。かぐやは心臓のバクバクという高鳴りを抑えようと、背中を丸めながら必死に前だけを見つめて歩いていた。
——その時だった。
角を曲がった直後、対向面の闇からぬっと伸びてきた重厚な「何か」と、かぐやの身体が真正面から激突した。
ドツッ……!
「ひゃいっ……!?」
まるで固い岩石の壁にぶつかったような衝撃に、かぐやは思わず小さな悲鳴を上げて尻餅をつく。
(嘘でしょ!? 巡回中の親衛隊!? それとも皇帝本人……!?)
「っ……!? 姫様!」
コウの顔が一瞬で蒼白になり、セリーヌが音もなく蒼い刀の柄へ手を伸ばす。アスターは「ひぇっ」と口を押さえて影に隠れた。
薄暗い廊下の灯りに照らし出されたのは、あまりにも重圧感を放つ巨大な影。
頭上から見下ろしてくるその「ヤバそうな誰か」の眼光と視線が交錯した瞬間、かぐやの背筋に冷や汗がドッと噴き出した.........




