対面
「あ、待って姫様! 罠があるかもしれねぇから先に——」
コウの制止を振り切り、勢いよく最上階の重々しい扉を「バァン!」と蹴り開けるかぐや。
そこに広がっていたのは、無数の歯車、散乱した設計図、放電する怪しい機械、そして怪しげな薬の瓶が雑多に積み上げられた、足の踏み場もないカオスな部屋——天才技師アスターの研究所だった。
「さあ覚悟しなさい悪の天才技師! 私たちの怒りの——……って、あれ?」
息巻いて突入したかぐやだったが、部屋の中央を見てぽかんと口を開けた。
部屋の隅、巨大なモニター群の陰で、白衣を着て丸眼鏡をかけた小柄な少女が膝を抱えてガタガタと震えていたのだ。ボサボサの薄紫色の髪の間から、怯えきった大きな目が三人をチラチラと見上げている。
「ヒッ……! 暴力反対! 略奪反対! 人体実験お断りぃ! 私の可愛いアステリオスを物理と極低温で破壊するような野蛮人は立ち去りなさいーっ!」
「……え?」
スピーカー越しに響いていたあの「ヒャッハー!」という悪党ボイスとは似ても似つかない、蚊の鳴くような甲高い悲鳴。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! さっきまで『藻屑となれぇ!』とか言ってたじゃない! なんなのその態度は!」
「あ、あれはマイクを通すとテンションが上がっちゃう病気なの……! 本気で殺すつもりなんてなかったの、ただ私の新兵器の実験台になってもらってデータを取ろうと思っただけで……!」
「それを世間では本気で殺す気って言うのよ!」
かぐやがドシドシと歩み寄ると、少女——アスターは「ひゃいッ!?」と悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。
「待ってください、かぐや様」
セリーヌが前に出て、冷ややかな視線をアスターに向ける。
「あなたが……アスターですね。噂に違わぬ偏屈な技師のようですが、我々はあなたと争いに来たわけではありません」
「そ、そうなの……? 殴りに来たんじゃないの……?」
「殴り込んできたのは事実だけどな。俺たちはあんたに『頼み』があって来たんだよ」
コウが呆れたように溜息をつき、腰の短剣を鞘に収めた。アスターはおずおずと頭を上げ、三人を見回す。
「頼み……? 私に……?」
「そうよ! 私はかぐや! この二人は私のお付きの者! 実は私、月脈の扱いがまだ下手っぴでね……あなたが作った『月脈を制御するガジェット』とか、もっとすごい武具を作ってほしいのよ!」
「はぁ? ガジェット……?」
アスターは拍子抜けしたように目を丸くしたが、かぐやの胸元から放たれているかすかな光に気づくと、ハッと息をのんだ。その目が、先ほどまでの怯えから一転、怪しい研究者の光を帯び始める。
「……待って。あなた、さっきアステリオスの排熱口に月脈を注入したわね? あの時の波形……直感で流し込んだにしては、あまりにも共振周波数が完璧すぎたの。あなたの体内の月脈……まさか『絶対固有波長』なの……!?」
「え? ぜったいこゆう……なに?」
アスターは素早く立ち上がると、一瞬でかぐやとの距離をゼロ詰めた。
「ひやあっ!? ち、近いのよあんた!」
「信じられない……! 単なるショートじゃなくて、あなたの存在自体が周りの空間の月脈をポンピングさせてるんだわ! 満月でもないのにこの出力……! この波形、古文書にあった『天の波動』そのものじゃない! 見せて! 触らせて! 周波数測定させて!!」
「きゃあーっ!? なにこの子急にキャラ変わったんだけどー! コウ! セリーヌ! 助けてぇぇぇ!!」
「姫様、自爆です。諦めて実験体になってください」
「コウ、見捨てないでーーーっ!!」
散々命がけの試練を乗り越えてたどり着いた最上階。
三人と天才技師アスターの、あまりにも騒がしい「対面」が、こうして果たされたのだった。
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「さて、そろそろ落ち着いてくれないかしら。いい加減周りをウロチョロされるのも鬱陶しいんだけど」
「もうちょっとだけです~あ、頭触ってもいいですか?」
「いいわけないでしょ!」
パーン!とかぐやの手が乾いた音を立ててアスターの額を弾いた。
「いたッ!? な、何するのよ! 貴重な観測対象の接触領域を確かめようとしただけじゃない!」
「触り方が変態っぽいのよ! べたべた触るんじゃないわよ!」
おでこを押さえて涙目になるアスターを、コウとセリーヌが「やれやれ」といった様子で見下ろす。アスターは不満そうにぶつぶつ呟きながらも、手元の端末に高速でデータを打ち込み始めた。
「……まあいいわ。痛い目はみたけど、最高のサンプル……じゃなくて、クライアントが手に入ったんだから」
「サンプルって言いかけたわね今。……で、どうなの? 私の頼み、聞いてくれるの?」
かぐやがジト目で尋ねると、アスターはフンッと鼻を鳴らした。
「当然でしょ。私は『月脈工学』の天才アスター様よ? 皇帝の作ったあのダサくて非効率な『高圧月脈圧壊砲』みたいな駄作を突っぱねて、ここに引きこもってたの。でも……あなたの持つ『絶対固有波長』なら、私が長年理論だけで温めていた『動的形態変容機構』を完璧にドライブできるわ!」
「フェーズ……なに?」
「要するに、あなたの月脈に合わせて形や機能を自由自在に変える『専用のガジェット』を作ってあげるってこと! あなたの制御不能な月脈を安定させる安全装置兼、超強力な変型武器よ!」
「ほんと!? やったーーーーっ! さすが天才!」
さっきまで突っぱねていたのも忘れ、かぐやは一転して目を輝かせる。現金な姫様だ、とコウが苦笑いを浮かべた。
「ただし! 条件が三つあるわ」
アスターが細い人差し指をピッと立てる。
「一つ、開発に必要な希少素材は全部あんたたちが集めてくること! 二つ、完成するまでの間、私の研究に定期的にデータを提供すること! そして三つ目……!」
アスターは一瞬だけマイクを持っていた時のドヤ顔に戻り、胸を張った。
「私の最高傑作アステリオスをあんな風に爆破したんだから、弁償代代わりにタワーの掃除と修理を手伝いなさーーーいッ!!」
「ええええええっ!? 罠仕掛けてきたのあんたでしょーーー!?」
かぐやの絶叫が、煙の上がる時計塔の最上階にどこまでも響き渡るのだった。




