これから
唐揚げを食べました。
「次どこ行くか、ぜんっぜん考えてなかったわ」
コウがさわやかな笑顔で頭をかくと、セリーヌも気まずそうに視線を逸らした。
「まさかのノープラン!?!? どうするのよーーー!!!?」
月面の暗闇に、かぐやの絶叫が響き渡る。
ヨルゲンとの死闘を制し、涙ながらに絆を深めた直後の台無しすぎる展開に、かぐやは頭を抱えて地だだんだを踏んだ。
「ちょっとコウ! あんた『じいちゃんが認めた精鋭』なんでしょ!? 脱獄した後のことくらい考えておきなさいよ! 追手が来たらどうするのよ!?」
「やー、だって姫様。あんな化け物みたいなヨルゲン相手に、逃げた後のことまで頭回るわけないじゃん? 俺たち命がけだったんだよ?」
「それは……まあ、確かにすごかったけど……! セリーヌ、セリーヌからも何か言ってやって!」
「……すみません、かぐや様。私も『塔を出ること』だけに集中しすぎておりまして……。あのヨルゲン殿を倒すこと以外、頭に残っていませんでした」
セリーヌまで申し訳なさそうに肩を落とすのを見て、かぐやは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「もーっ! 二人とも戦闘バカなんだから!」
ぷんぷんと怒るかぐや。しかし、その横でコウの額からダラダラと嫌な汗が吹き出し始めていた。
(……待てよ? そういえば……俺、裏町でなんか大事なもん受け取らなかったっけ……?)
コウの脳裏に、あの薄暗い路地裏での記憶が走馬灯のように蘇る。
お婆さんから受け取った手紙。二枚目の薄い用紙。『超重要』という赤い文字。
(やっべえぇぇぇぇ!!! あった! あったよ二枚目!! 『脱獄後の手引き』って書いてあったやつ!! ポケットに入れたまま完全に忘れてた!!)
コウの瞳は、まだ諦めてはいなかった。
青ざめる顔をどうにか隠し、コウはポケットの中に突っ込んだ手を必死に動かした。指先が、くしゃくしゃに丸まった紙切れの感触をとらえる。
「あー……コウ? なに顔をひくつかせてるのよ」
「……なんでもないよ姫様。ふっ、驚かせてごめんね。実はさ……」
コウはポケットから、アコーディオンのようにシワシワになった紙切れをスーッと取り出し、こっそりとセリーヌに手渡した。
「これ、全部ドッキリだったんだよね~先輩にも協力してもらって姫様を驚かせようって」
かぐやは驚きで目を丸くして、「セリーヌ本当なの!?」と尋ねる。
「はい、かぐや様。ふふっ、焦っているかぐや様も可愛らしかったですよ」
「も~やめてよ。恥ずかしいじゃん」
かぐやは頬を膨らませる。
「じゃ、借りている家行こうか!」
コウはそう言って意気揚々と歩き出す。
「コウ、家への道逆ですよ......もう、ついてきてください」
「やっぱりコウはどこか抜けているわね!」
「うるせえ~~~~」
呆れ顔のセリーヌに首根っこを掴まれそうになりながら方向転換したコウに、かぐやは「くすくす」と楽しそうに声を上げて笑う。先ほどまでの監獄での死闘や、ヨルゲンという凄まじい化け物との殺し合いがまるで嘘だったかのように、三人の間にはどこか暖かく和やかな空気が流れていた。
~~~~
三人は談笑しながら街をしばらく歩き、街の喧騒から少し離れ、緑豊かな閑静な区画へと入っていく。
しばらく歩くと、周囲の家々とは一線を画す重厚な石造りの門柱が見えてきた。その奥に広がるのは、到底一時的な隠れ家とは思えないほど立派で豪奢な屋敷だった。
「なかなか広いじゃない!これなら念願の個室も...」
かぐやはパッと顔を輝かせ、豪華なお屋敷を見上げて期待に胸を膨らませた。白濁ノ塔の冷たく不気味な狭い牢屋から解放されたばかりの身としては、広々とした自分だけの部屋で思い切り羽根を伸ばしたいところだ。
だが、その夢は隣に立つセリーヌの真面目な一言によってあっけなく打ち砕かれる。
「すみません。かぐや様は護衛の関係上私と同じ部屋になるかと。追手がいないと決まったわけではありませんので。」
「そうなの?まあセリーヌと一緒なら楽しいし嬉しいわ!......コウ、男子禁制だから入ってきたらダメだからね」
疑いの眼差しを向けてくるかぐやに対し、コウは心底あきれ果てたような顔をして、両手を頭の後ろに回した。
「入るわけねーだろ!どんな奴だと思われてるんだか」
コウはげんなりとした顔で肩をすくめ、やれやれと首を振った。豪邸の重厚なエントランスをくぐり、豪華な調度品が並ぶリビングへと足を踏み入れる。
『白濁ノ塔』での死闘から無事に脱出し、緊張の糸が切れたこともあってか、室内にはどこか安堵した空気が漂っていた。セリーヌは長旅と戦闘の疲れを一切見せず、手際よくかぐやの荷物を整理し始めている。
「ふう……でも、とりあえず一安心ね。こんなに立派なお屋敷なら、しばらく追っ手の目を盗んで体を休められそう!」
かぐやはふかふかのソファに腰掛け、大きく息を吐いた。満足そうに目を細め、温かいお茶を淹れて一口飲む。
しかし、その和やかな雰囲気は一瞬で瓦解した。
「さて、じゃあ二人に少しお話があるんだけどいいかしら」
「何さ姫様。そんなにかしこまって。って――」
コウの軽口が途中でぴたりと止まった。
かぐやの表情から、先ほどまでの「個室がどうこう」と言っていた無邪気さが完全に消え失せていたからだ。その瞳は冷たく冴え渡り、静かな威圧感を放ちながら二人をじっと見つめている。かぐやは口元だけで笑顔を作り、有無を言わさぬその圧は、今までに見たことがないものだった。
「......ひ、姫様?何でそんな怖い顔してるのかな~。ど、どうしたのさ」
コウは冷や汗を流しながらかぐやの圧に思わず後ずさる。しかしかぐやはそのすきを見逃さず、一歩詰め寄った。
「ねえ、私に隠してることあるでしょ?」
「隠してるってなんだよ。姫様がドジっ子で捕まったから助けに来ただけじゃん」
「嘘をつかないで!」
かぐやの凛とした声が響く。
「おかしいと思うことはいっぱいあったの。セリーヌと同じ牢に入れられたことも、セリーヌが早朝にコウがくるって確信してたことも、そして何よりコウがさっき道を把握したなかったことで確信に至ったわよ!もう一度聞くわ。何を隠しているの!それは私に言えないことなの!?」
図星をつかれ、コウとセリーヌは息をのむ。かぐやは二人を交互に見据えながら、言葉を重ねた。
「全部つながってるのよ!私の脱獄作戦の裏で、私に内緒で誰か協力者がいる。……コウ、セリーヌ。私を助けてくれたことには心の底から感謝してる。二人が命を張ってくれたのも分かってる。でもね……仲間として一緒に旅をするなら、秘密にされたまま守られるだけの『お姫様』でいるなんて絶対嫌!」
かぐやはぎゅっと拳を握りしめ、涙ぐんだ瞳で真っ直ぐに二人の目を見つめた。
「教えて。あなたたち の協力者は、私を裏で操って、一体何をさせようとしているの……!?」
広間に重苦しい沈黙が降り立つ。
逃げ場を失ったコウは頭をガリガリと掻きむしり、諦めたように大きなため息をついた。




