閑話 コウの道のり
かぐやとセリーヌが出会った時のコウが何していたのかというお話です。
(はあ~姫様捕まっちゃったしどうしよっかなぁ。まあ、あのおてんばの姫様のことだから絶対奇天烈なことをしているに違いねぇな。 ……つっても、これは『あの人』の作戦ってことでいいのかな? まあここにいてもやることないし、とりあえず裏町に行くか)
コウは城からの帰り道、そんな能天気なことを考えながら、あくび混じりに足を進めていた。
城下の華やかな街並みを抜け、入り組んだ暗い路地へと足を踏み入れる。一歩足を入れるごとに、空気は湿り気を帯び、カビと鉄の匂いが鼻をついた。
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帝都ルナリアの闇そのもの――裏町。
盗み、殺人、スパイなど、表立って活動できない犯罪者たちの隠れ家だ。貴族たちも汚い仕事のために利用することがあるため、事実上黙認された「沈黙の都市」。
湿った石畳の路地を抜け、コウは帽子の庇を深くかぶりながら、雑踏に紛れていく。行き交う人々は誰もが深くフードをかぶり、互いの視線を避けるようにすれ違っていた。
コウは『あの人』からの指令が来ていないか確かめるため、街の最奥にある怪しげな骨董品店を装った情報屋へと向かった。
錆びついた真鍮のベルが寂しげな音を立て、扉が開く。店内には正体不明のガラクタや、怪しい薬瓶が所狭しと並べられていた。
「いらっしゃい。何が欲しいんだい」
奥の薄暗いカウンターから出てきたのは初老のお婆さんだった。頬はゲソりとやつれ、鋭い眼光でコウを射抜くように尋ねてくる。
「月を少々」
「月の影に、太陽は昇るか?」
「貴族の金貨が尽きるまでは、永遠に夜のままだ」
不気味な暗号のやり取りが成立した瞬間、お婆さんはふんと鼻を鳴らし、カウンターの下から黒い蝋で封をされた一通の手紙を取り出した。
「はいよ。あんた宛てに手紙が来てるよ。受け取ってさっさと帰りな。……そうだ、伝言が一つ。『まだ時間はある』だそうだ」
「りょーかい。ありがとよ」
「……フン。相変わらず呑気な小僧だ。言っておくがね、今回の依頼主の『あの人』はかなり大がかりな仕掛けを動かしているよ。しくじればあんたの首が飛ぶだけじゃ済まないよ」
「わかってるって。婆さんもお達者でね」
コウは手紙を受け取ると、誰にも見られないよう湿った路地の奥へと身を潜めた。封を破り、中に目を通す。
(ふむふむ。同じ部屋の牢にはセリーヌ先輩が入っていると……。はあ!? あの野郎、先輩まで牢に入れやがったのかよ! 相変わらず人使いが荒いっていうか……まあ、あの真面目すぎる先輩ならうまくやるでしょ。となると俺は外からの支援ってところか)
手紙によれば、白濁ノ塔への侵入経路自体はすでに裏で手回しが済んでいるらしい。地下の廃棄水路から結界の綻びを突く手はずだ。
(よし、白濁ノ塔への潜入ルートは了解。不落の監獄ねぇ……ヨルゲンさん相手に真っ正面から殴り合うのは勘弁したいけど、先輩と合流できりゃなんとかなるか。えーとそれで実行は明日の早朝ね。りょーかい)
そこまで読み進めたコウの指先に、ふと紙の厚みが引っかかった。
手紙の中にもう一枚、小さく四つ折りにされた薄い用紙が挟まれていたのだ。コウはパラパラとそれを開く。そこには、赤インクで大きくこう書かれていた。
『※超重要:脱獄成功後の逃走ルートおよび、帝都郊外の隠れ家への手引き』
「ん? 脱獄した後の手引き?」
コウはパチパチと瞬きをして、その紙片と空を見比べた。
(……いやいやいや! ちょっと待てって! 相手はあの『白濁ノ塔』だぞ? 過去に一人たりとも脱獄を許したことがない不落の要塞だ。看守長はあの化け物みたいな『不死』のヨルゲンだし……俺と先輩が全力を尽くして、なんとか勝てるかどうかってレベルだろ?)
コウは呆れたように頭を掻きむしった。
(逃げた後のことなんて、無事に生きて外に出てから考えりゃいーの! 今こんな細かい逃走ルート覚えて脳みその容量使うほうが危険だって。大体、土壇場になれば俺の勘でどうにでもなるしな。……よし、これは後回し!)
コウはその「超重要」と書かれた二枚目の手紙をロクに見もせず、無造作に折りたたむと、ズボンのポケットの最奥へと押し込んだ。
それからコウは黒市を巡り、片目の潰れたオヤジと一揉めしながらも腹ごしらえを済ませた。そして夜陰に紛れて『白濁ノ塔』の外周水路へと潜入を開始したのだった。
これにて一章終了です!二章も読んでいただけると幸いです!




