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第7章 新しい扉 2

 七都は、顔をしかめてルーアンを見上げた。

 ルーアンはにっこりしたまま、機嫌よく七都を見つめ返す。

 何を言っているのだろう、ルーアン。

 わたしのおかげって? 何が?

 あ、もしかして、サリアのこと?

 彼女を侍女にしたから、これからずっと彼女のエディシルを……っていう意味で?

 でも、おかしい。

 だって、サリアのエディシルは、今までだって食べたわけだし。

 今さら改めてそんなこと言うなんて?

 わたしの侍女になったから、エディシルの味が変わるってわけでもないだろうし。

 七都は、頭にたくさんのクエスチョンマークを付けた気分になりならがも、話題を変えた。

 そう、ルーアンに言わなければならないのだ。


「ルーアン、わたし、そろそろ元の世界に帰ろうと思うんだけど……」


 七都は、先程からずっと心地悪くあたためていた言葉を、思いきって口にした。

 ルーアンは、それまでの『良質のエディシル』云々の話題をまだ続けたそうだったが、七都の話には、真面目な顔をして対応してくれた。


「もちろんですよ。あなたは夏休み中の高校生なんですから。おまけにあなたが通っている高校は、進学校。勉強が大変でしょう。早く戻られるほうがよろしいです。もうこの城の主なところは、だいたいひと通り案内させていただきましたし」

「で、帰りの道なんだけど。あの扉のある、魔王の神殿の遺跡までの」

「ああ、そうですね。おや、ナナト。心配しておられるのですか? まさか地の都を通って帰れ、なんて言いませんよ」


 ルーアンが、おかしそうに笑う。


「だって、わたし、そんなに長い距離も長い時間も、瞬間移動なんて出来ないし。魔力自体、あまり使えないもの」

「だいじょうぶですよ、魔力を使えなくても。新しく扉を作りましょう」


 ルーアンが七都を安心させるように、力強く言った。


「新しい扉?」

「遺跡のあるあたりに、この城と通じる扉をね。そうしたら、遺跡をクッションにして、元の世界に簡単に帰れるようになります」

「クッションなんて。そんなまどろっこしいことしなくても。新しい扉が作れるなら、うちのリビングとこの城を直で繋ぐ扉を作ればいいんじゃないの? そうしたら、リビングのドアを開けるだけで、この城と行き来できちゃうもの」


 七都が言うとルーアンは、さらに真面目な顔をして、首を振った。


「それはなりません。なぜならば、禁じられているからです。異世界と、この魔の領域を直接繋ぐことはね」

「何で禁じられているの?」

「あっちこっちの異世界とここを繋ぐと、ここが不安定になるからです。 ま、しいて言えば、直リン禁止みたいなものですかね」


 あんぐりと口を開けている七都を、ルーアンはじろっと眺める。


「意味がおわかりになりませんでしたか? 『直リン』というのは、サーバーに負担がかかる行為で……」

「ああ、わかる、わかる! それぐらい知ってるよ、もうっ! わたしの世界の言葉なんだよっ!」


 異世界の人であるあなたから、そんな場違いな言葉がぽんぽん飛び出すから、びっくりしてるんだったら。

 しかも極めて冷静に、さらっとナチュラルにそういう言葉を使うから。

 七都は、溜め息をつく。


「じゃあ、ともかく、帰りはここに来たときみたいな苦労はしなくていいわけだね。すぐに帰れちゃうんだ」

「問題は、どこに扉を作るか、ですけどね」

「そうだ、ゼフィーアやセレウスと相談してみよう。どこかにいい場所がないか」

「誰ですか、その……」


 ルーアンが眉をひそめた。


「ゼフィーアとセレウス。アヌヴィムの魔法使いの姉弟だよ。わたしを助けてくれたの」

「ナナトには、そこにもアヌヴィムが?」


 ルーアンの言葉の中に何か違和感みたいなものが混じっていたような気がしたが、七都は構わずに続けた。


「わたしのアヌヴィムじゃないよ。ゼフィーアには火の魔神族のご主人がいて、またその人のところに戻るそうだし、セレウスはお母さんのアヌヴィムみたいなの」

「ミウゼリルの?」


 ルーアンが眉を寄せ、どこか遠い目をした。


「でも、セレウスがお母さんに会ったのは、子供の頃に一回だけらしいんだけどね」

「では、あなたは、そのセレウスという人物も、アヌヴィムにしなければなりませんね。ミウゼリルは時の都に行ってしまっているのですから」


 あれ?

 まただ。妙な違和感。今のルーアンの言葉の中。


<ナナトには、そこにもアヌヴィムが?> そこにも?

<そのセレウスという人物も、アヌヴィムにしなければなりませんね> 人物も?


 『も』?

 『も』って、なに?

 『も』ってなんだよ、ルーアン。さっきから?

 そこは『を』でしょ?

 やっぱり助詞の使い方、間違ってるよ。そりゃあ、いつもきれいな日本語使ってるけど。


「それで、いつ帰られるのですか? 私もあなたと一緒に遺跡に行って、扉を作らねばなりませんから。準備をいろいろとしなければなりません」


 ルーアンが言った。


「早いほうがいいから、きょう日が沈んでから、なんて思ってたんだけど、ちょっと早すぎる? あなたにも来てもらわなきゃならないし」

「そうですね。私は別に構わないのですけどね、これからでも。ただ、あなたのアヌヴィムにとっては、少々無理なスケジュールかもしれませんが……」


 もやもやしていた捉えどころのない違和感が、突然形になって、はっきりと正体を現したようだった。

 助詞の間違いのことなど、どこかに飛んで行ってしまう。

 ルーアンは、七都のただならぬ形相を目の当たりにして、口をつぐんだ。


「い、今、なんて? なんて言ったの、ルーアン!?」


 七都はルーアンを凝視したまま、かろうじて声を絞り出す。

 ルーアンは、にっこりと笑った。


「あなたのアヌヴィム。名前はシャルディンでしたっけね。あの美しいアヌヴィムが、今日これから私たちと一緒に出かけるのは、少し酷ではないかと……」


 七都は、思わずルーアンに詰め寄った。彼の腕をむんずとつかむ。


「シャルディンですってえええ!!??」


「はい」と、ルーアンが満面の笑みで答えた。


「ちょ、ちょっと待って。シャルディン、いるの、ここに? この風の都に? この城に!?」

「ええ。来ていますよ。先程到着したところです」

「……来ちゃったんだ、シャルディン。シャルディンったら……。家族と一緒にいればいいのに……」

「あなたのことが心配で、来てしまったのでしょう。それにしても、素晴らしいアヌヴィムを見つけましたね、ナナト。さすがと言うべきでしょうか。いや、お目が高いですよ。見た目も大変美しいし、立ち居振る舞いも見事に洗練されている。何よりも、エディシルが良質で極上なアヌヴィムです」

「良質? 極上?」


 七都は思いっきり顔をしかめ、ルーアンの顔をまじまじと覗き込む。

 ルーアンは、超どアップになった七都にひるみもせず、にっこりと笑いかけた。


「ルーアン! シャルディンに何を……」

「おや。アヌヴィムに対して我々がする行為は、たった一つでしょう?」


 口元に笑みを浮かべたまま、ルーアンが言った。


「行為……。たったひとつ……。ルーアン!!」


 七都は、ルーアンの両肩をがしっとつかんだ。


「食べたの、シャルディンの……彼のエディシル!」

「そりゃあ、食べるでしょう? 顔に『どうぞ食べてください』なあんてラベルが貼られていたりしたら。あなたが貼ったラベルですしね」

「そんなラベル、貼ってないっ!!!」


 七都は、噛み付きそうな形相で叫ぶ。


「ひどいよ、ルーアン。なんで彼のエディシルを食べちゃうの? シャルディンは、わたしのアヌヴィムなんだよ! わたしでさえ、彼のエディシルを食べていないのにっ!!!」

「わたしでさえ……」


 ルーアンは笑みを消滅させて七都の言葉を繰り返し、ふうっと溜め息をついた。


「そう。あなたが悪いのですよ、ナナト。彼のエディシルを食べなかったあなたが」


 ルーアンが言う。


「え?」

「あなたは、彼に印をつけておくべきだった。たとえ一口でも、彼のエディシルを取るべきだったのです。彼が自分のアヌヴィムであるとアピールするためにね。印を付けられていないアヌヴィムは、持ち主がその独占権利を放棄したということ。魔神族なら、誰でもそのエディシルを遠慮なく食していいということです。『うちの子自由におつまみください』というラベルが顔のど真ん中に貼られているのと同じことですね」

「そんな……」

「あなたは彼をアヌヴィムの職責から自由にしたかったし、何より人間のエディシルを食べることを嫌った。ゆえに彼からエディシルは取らず、彼を解放した。しかし、そのために彼は、魔神族に出くわすたびにエディシルを取られるはめになってしまった。皮肉な結果になりましたね」

「そんな、そんな……。シャルディン……」


 七都は、再びルーアンの肩を力をこめてつかんだ。


「ルーアン。シャルディンはどこ?」

「廊下の転送装置の近くに転がしてあります。ああ、でも、ロビーディアンが狙っていたから、彼がどこかに連れて行ったかな」

「ロビーディアン!! ナチグロもっ!?」

「今頃は、彼があの素晴らしく甘いエディシルを味わっている頃でしょう。ですからね、あのアヌヴィムは、きょうはもう立つことすら無理だと思いますよ。あなたのお供はとても……」


 七都の姿が、ルーアンの前から消え去った。

 ルーアンは、七都がそこにいた余韻を楽しむように、にっこりと微笑む。


「本当にあなたといると退屈しないね、ナナト。なんとかわいい。ミウゼリルとは、お互いに妙にわだかまりがあって、こういうカラミは出来なかったからね。私はとても楽しいよ。ただ、時々、私はきみの中に彼女のかけらを見つけて、とても戸惑ってしまうのだけれどね。まだ彼女が私の正体を知らず、無邪気にふざけあっていた頃の、幸せな時間……。その中に浸っていた私たちを思い出してしまう。それもまた、せつなく、懐かしい感覚なのだが」


 それからルーアンは、ワインレッドの透明な目を庭園へと向ける。

 その視線は、咲き誇っている花々もラベンダー色のはるかな空も突き抜け、決して戻らぬ遠い過去の風景へと注がれていた。

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