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第6章 招かれざる客人 5

 ああ、ナイジェルだ。

 ナイジェルが風の都にいる。

 きてくれたんだ、ここに。


 七都は思わず両手で胸を抱きしめ、それからその手で頬を覆った。


 会えるんだ、これからナイジェルに。

 嘘みたい。夢みたい。どきどきする……。

 この前は幽体離脱していたから、彼に触れることも出来なかった。

 でも、今度はちゃんと生身で会える。

 彼に近づいても、もう幽霊みたいに突き抜けたりなんかしないんだ。


 七都は、何度も目をしばたたかせた。

 けれども、ナイジェルの姿は消えない。しっかりと、たくさんの金属の板に映っている。


(夢じゃない。ナイジェル、本当にいるんだ。そして、今、銀のオサカナと入り口のところで戦ってる……)


 ふと、前回幽体離脱状態でナイジェルと会ったときのことを思い出し、七都は顔を赤らめる。

 グリアモスの傷ごと胸をしっかり見られてしまったこと、彼のベッドで彼の上に乗っかって、髪をやさしく撫でられたこと……。

 どうしよう。あの後初めて会うのだもの。

 なんか恥ずかしいな。決まりが悪いっていうか……。


「ナイジェル……というと?」


 ルーアンが、心持ち眉を寄せた。


「シルヴェリスさまだよ。水の魔王シルヴェリスさまのご本名」


 ナチグロ=ロビンが言う。


「水の魔王さま……か。やはり、この方が」


 ルーアンが、呟く。

 その言葉に困ったような溜め息が混じっていることに、七都は気づいた。


(あれ。ルーアン、あまりナイジェルを歓迎していない?)


 七都は、はやる気持ちを押さえつけて、ルーアンを見上げる。


「ユウリスさまに似てるでしょ、ナイジェル。髪の色も、目の色も」


 けれどもルーアンは、ぶつぶつとひとりごとを言うように言葉を並べた。


「この風の都においでになるとは。勇気のあるお方だ。あの方の何代か前の水の魔王さま……おそらくあの方のご先祖は、ここで灰になって消えたというのに」

「ナイジェル、きっとわたしに会いにきてくれたんだよ。今回はもう彼に会えないと思ってたのに。びっくりだ……」


 七都の言葉に、ルーアンはますます眉を寄せた。


 ルーアン。嫉妬してるの?

 そうだよね。私がナイジェルと親しいってこと、知ってるもの。

 ルーアンにとってわたしは、たったひとりの身内だし、ボーイフレンドが初めて遊びに来て軽く嫉妬しちゃってる父親……みたいな気持ちなのかな?

 七都はそう自分を納得させて、再び機械の魚と戦っているナイジェルを目で追った。


「ねえ、ロビン。このオサカナゲーム、止めること出来ないの? ナイジェルは怪しい人じゃないよ。怪しいどころか、魔王さまだ。これやってもらうの、失礼だよ」

「まあ、いいんじゃない、別に止めなくても。なんだか楽しんでおられるみたいだし。邪魔しちゃ悪いよ」


 ナチグロ=ロビンが言った。

 確かにナイジェルは、楽しんでいた。

 機械の義手を軽々と操り、片っ端から魚を叩き落として行く。

 それこそゲームをしているような雰囲気だった。

 襲われている、などという深刻さや危なっかしさも全くない。時々笑顔も垣間見える。


「そうだね。腕のリハビリにもなるし、最後までやってもらう? でも、なんか罪悪感あるよね。私たち、ここでこうして、戦っている彼をモニターでじっと見てるなんて。でも、かっこいい、ナイジェル」

「ナナトさん。目がハートになってるよ」

「そう? だってナイジェル、素敵だもの。ね、うまいと思わない? 彼の剣さばき。安心して見ていられる。ナイジェルって、剣を使うのは、きっとこの世界に来てからだよ。魔貴族みたいに、子供の頃から習っていたわけじゃないと思う。なのに、見事だ。キディアスが教えたのかな。わたしも彼くらいじゃないにしても、もっと剣が上手になれるかな」

「なれるでしょうね。練習次第で」


 ルーアンが答える。ナイジェルをじっと見つめながら。


「だけど、ルーアン。このモニターのカメラって、どこにあるの? オサカナが映してるの? カメラがあるなんて、全然気づかなかった。しかも、こんなにたくさん?」

「魚にもカメラを搭載しているものがあります。あとは、これです」

 

 ルーアンが片手を上げると、その中にふわりと植物の綿毛のようなものが浮かんだ。


「それ? タンポポの綿毛のでっかいの? そういえば、風に乗って飛んでたような。あまり気にしなかった」

「種の部分がカメラです。こういうものがその辺に舞っていても特に不自然ではないので、このデザインにしています」


 ルーアンの手から綿毛が舞い上がり、モニタールームの天井あたりをふわふわと漂った。


「じゃあ、わたしとロビンがこのオサカナゲームをしているときも、あなたはここから見ていたわけだよね?」


 七都が訊ねるとルーアンは、当然のように軽く頷いた。


「もちろんです。ナナトはやはり、もっとあのゲームをしたほうがいいでしょう。しかし……困りましたね。我々三人だけでシルヴェリスさまに応対しなければなりません。ロビーディアン、アヌヴィムたちに決して部屋から出ないように言っておいてくれないか。サリアにもね」

「うん。わかった。言ってくる」


 ナチグロ=ロビンは、たちまち煙のように姿を消した。

 七都は、ルーアンを振り返る。


(なんで? なんでそんな迷惑そうな顔をするの? ナイジェルがここに来たのって、そんなに困ったことなの?)


 七都の疑問に気づいたように、ルーアンは七都の顔に視線を移し、真っ直ぐ七都を見つめた。


「今、この風の都には、魔王さまはいらっしゃいません」


 ルーアンが言った。


「うん、確かに。冠は玉座にほったらかしにされたままだものね。あなたが被らないから」

「あなたが、被らないからです」


 ルーアンは、素っ気なく、且つやんわりと七都に言い返した。


「つまり、リュシフィンさまがおられないこの都に、他の魔王さまが入って来られたわけです」

「なに、それ、ルーアン。まるで、ナイジェルがここを乗っ取るみたいな言い方じゃない?」


 七都は、ルーアンに負けないくらいに眉をしかめる。


「乗っ取られても文句は言えない状態です。そうなったとしても、我々は従わねばなりません。我々を守ってくださるリュシフィンさまは、存在しないのですから」


 ルーアンが、厳しい表情で言った。


 なんで? 

 なんでそんなこと言うの、ルーアン……。

 七都は、悲しくなる。

 あなたがそんなこと言うなんて。そんなこと思ってるなんて。

 何か誤解してるよ、ルーアン。

 ナイジェルは、わたしに会いに来てくれたのに。


「ナイジェルがそんなことするはずないでしょう。彼はとてもやさしくていい人だよ。魔王さまだなんて思えないくらい」

「あの方の性格をすべて把握するくらいに親しいのですか、ナナト?」


 ルーアンが訊ねた。挑戦的に。

 七都は彼の迫力を前にして、答えに詰まる。


「そ、そりゃあ、確かに付き合ってるわけじゃないけど。会ったのも一回……幽体離脱してるときにも会ったから、それ入れると一回半……くらいかな」

「お会いしたといっても、そんなに長い時間ではないのでしょう?」と、ルーアン。

「うん。全部合わせても、一時間にもならないかも……」

「それでどうしてあの方のことがわかるのです?」


 ルーアン、疑り深いよ。

 やっぱり嫉妬してるの?


「会った回数じゃないし、時間でもないよ。わたしには直感でわかるんだもの」


 だってゼフィーアも、そんなこと言ってたし。回数や時間じゃないって。

 七都は思ったが、ルーアンは七都を諌めるように言った。


「回数も時間も、とても大切ですよ。お互いを理解するためにはね。別にあなたの直感を否定するわけではありませんが」

「でも、ナイジェルは悪い人じゃないよ。わたしを助けるために太陽の下に出て、片腕を失ったんだもの。あなたからもお礼を言ってもらわなきゃならない。それくらいの立場の人なんだよ」

「お礼は、もちろん申し上げます。しかし、ナナト。あなたは、それなりの覚悟が出来ておられるのでしょうか?」


 ルーアンが、わずかに首をかしげて訊ねた。


「覚悟? 覚悟ってなに。意味わからない」

「出来ておられないのならば、ご自分の身はご自分でお守りください。私もロビーディアンも、あなたを助けてさしあげることは出来ません」


 ルーアンが、相変わらず眉を寄せ、硬すぎる表情で言う。


「だから、何だよ、それ。ナイジェルがわたしに何かするっていうの? そんなわけないじゃない」

「ならば、よろしいのですけれどね」


 ルーアンは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「それでは、水の魔王さまをお迎えに参りましょうか。ナナト、失礼のないように」


(失礼なことを言ってるのはあなたじゃない、ルーアン。嫉妬の混じった、変な取り越し苦労だよ)


 ナチグロ=ロビンが、再びモニタールームに姿を現した。


「言ってきたよ、アヌヴィムたちに。決して部屋から出ないように、窓から外も見ないようにってね。もっとも、他の都の魔王さまが来られたんだから、誰もそんなことしやしないだろうけどね。あれ?」


 彼は七都とルーアンの間に漂う、張り詰めた空気のようなものを鋭く察したようだった。戸惑いながら、二人の顔を交互に見比べる。


「ナイジェルを迎えに行くよ、ロビン」


 七都は、ルーアンにぶつけたい言葉を口に出さずにしまいこみ、ナチグロ=ロビンが慌てて差し出した腕につかまった。

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