第6章 招かれざる客人 4
「ええっ? それ、誰かが外部から扉を開けて入ってきたってこと? 侵入者がいるってこと?」
「そういうことだね」
ナチグロ=ロビンは真剣な表情をしたまま、何の抑揚もなく、短く答えた。
「わたしは何も感じない。空気が乱れてるなんて、全然……」
七都はナチグロ=ロビンの真似をして耳を澄ましてみたが、当然何も聞こえず、鋭くなってきたと自負したはずの感覚にも、訴えるものは全くなかった。
「ナナトさんは、ここに来たばかりだろ。わかんないのは当たり前さ」
ナチグロ=ロビンが、事務的且つ儀礼的っぽく解説する。
だって……。
わたし、ここの唯一の王族なのに。情けないな……。
七都がへこんでいると、ルーアンの声が頭の中に聞こえた。
(ナナト。申し訳ありませんが、ちょっと私のところへ来ていただけますか?)
いつものように落ち着いて聞こえる彼の口調の中に、抑え気味の緊張が混じっているのを七都は感じ取る。
侵入者の存在はわからなかったが、それは、はっきりと理解できた。
(ルーアン。誰かが風の都に入ってきたって、ロビンが……)
(もちろん、そのことですよ)
ルーアンが、穏やかに言った。
(『私のところ』って、どこ?)
(モニタールームです)
「モニタールーム? なに、それ。そんなところ案内してもらってないよ」
「ああ、ぼくが連れて行くから」
ナチグロ=ロビンが、めんどうくさそうに言った。
「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」
サリアがお辞儀をした。
ストーフィが信じられないくらいの速さでベッドから降り、七都の手にぶらさがる。もちろん、一緒に連れて行けという意思表示だ。
七都はストーフィを抱き上げ、ナチグロ=ロビンが差し出した手をつかんだ。
「もしかして、七都さんの知り合いじゃないの? 七都さんを追いかけてきたとかさ。心当たりとかない?」
ナチグロ=ロビンが訊ねる。
「わたしの知り合い? ……キディかな」
「キディ? 猫……じゃなくて、シルヴェリスさまの側近の伯爵さま……だったっけ」
「うん、キディアス。私と一緒に、しつこくここに来たがってたもの。リュシフィンに、わたしをナイジェルの正妃にくれるよう、お願いに行きたいって。それで、ついに来ちゃったのかもしれない」
「げ。そういうところまで話は進んでるんだ」
「違う。わたしとナイジェルを無視したキディアスの先走り」
「なんだ。ま、とにかくモニタールームに行こうか」
「しまった……。シャルディンだ」
七都は、ふとあることを思い出す。
「は? 今度は誰さ?」
ナチグロ=ロビンは、眉をひそめた。
「わたしのアヌヴィム。魔法使いさんだよ。風の都に行ってみるって言ってたの。わたしがいなくても、ここに来るって。わたし、彼のこと、ちゃんと門番に伝えておかなきゃならなかったのに。彼がここに来たとき、危険視とか足止めされたりとかすることなく、スムーズに中に入れるように」
「門番はいないけど?」
「だから、管理人のルーアンに。言っとけばよかった。きっとシャルディンだよ」
「七都さん、もうアヌヴィム作ったの。早いな。さすがと言うべきか」
ナチグロ=ロビンが、妙に感慨深げに呟いた。
「でも、その人、ちょっとまずい目に遭ってるよ」
「え?」
七都とストーフィ、そしてナチグロ=ロビンの姿は部屋から消え、サリアは姫君の部屋の中をきれいに整え始める。
「『まずい目』って、何だよ?」
七都は、ナチグロ=ロビンをぐいと引き寄せて、顔を覗き込んだ。
二人の前には、薄緑の壁に囲まれた、ミルクを薄めて流し込んだような、半透明のガラスの白い扉が現れる。
窓から見える庭園の位置から判断すると、城の真ん中あたりの階にあるようだった。
ストーフィは七都の手を離し、全く猫の仕草で、その扉の前に大の字になって張り付いた。
「あれだよ。七都さんが、なかなかレベル1から上がれそうもない、例のあのゲーム」
ナチグロ=ロビンが言う。
「ゲーム? あ、銀の機械のオサカナゲーム!」
「そういうこと。さ、中に入ろう。ここがモニタールーム。都のいろんなところの映像が集約されていて、見ることが出来るんだ。場所、ちゃんと覚えといてくれよ」
ナチグロ=ロビンが、扉を指差した。
「待って。じゃあ、その人、あのオサカナたちに襲われてるってこと? でも、ゲームだよね。その人のレベルに合わせて、加減してくれるんじゃない。だったら別に……」
「それは風の魔神族にだけだよ。外部の人間にはきびしい。容赦ないさ。何せ用心棒というか、パトロール戦隊も兼ねてるからね」
「そんなあ……。シャルディン、だいじょうぶかな……」
「行くよ、七都さん」
扉が開き、七都はナチグロ=ロビンにひきずられるようにして、中に入った。
部屋の中央のゆったりしたソファのような椅子にルーアンが座っていた。
ルーアンの周りには、薄い金属の板のようなものがたくさん浮かんでいる。
それらはルーアンの意思で、するりと前後左右に移動したり、場所を入れ替えたりしていた。
「おや、来られましたね、お揃いで」
ルーアンは穏やかに言ったが、やはり彼の表情は少しこわばっているように見えた。
「ルーアン、外からの侵入者って……?」
七都は、椅子に座っているルーアンに近づく。
「この方なのですけれどね。……ほう。ロビーディアンの知り合いなのかな?」
ルーアンが、ナチグロ=ロビンに言った。
ナチグロは、飛び交う金属板を見た途端、呆然として立ち尽くしてしまったのだ。
彼は、「うわああ……」と小さくうめきながら、金属板を凝視している。
「え? ナチグロの知り合い?」
七都は何げなく、金属板に映し出されているその人物を眺めた。
あの機械の魚たちに囲まれ、戦っている人物。
しっかりと握りしめた剣を自在に操り、襲い掛かる魚たちをきれいに落としていく、その人物。
(違う。シャルディンじゃない……)
七都は、その人物をはっきりと認識する。
剣を握った右手は、魚たちのくすんだ銀よりも、はるかにきらびやかな銀色だった。
それは機械の腕。七都がジエルフォートの研究室でちらっと見かけた、あのサンプルと同じ腕。ふわりと舞う黒いマントの上には、腕と同じ、明るい銀色の髪がなびく。
そして銀の前髪の奥で鋭く輝くのは、七都が今付けている宝石と同じ、透明な水色の双眸。耳にきらきらと輝くのは、金のリング。本当は頭に付ける、もっと違うものを変化させたアクセサリー。
そのパーツのどれもが、七都にとって懐かしく、見覚えのあるものばかりだった。
七都は、信じられない気持ちで、その人物を眺めた。
何枚も何枚も、さまざまな角度から映し出されて部屋中を漂っている、その懐かしい少年の姿――。
「おやおや。ロビーディアンだけではなく、ナナトも知っているのですね。で、この美しい方は、いったいどなたなのですか?」
ルーアンは緊張を緩め、幾分安堵した表情になって、七都に訊ねる。
「ナイジェル……」
七都は、移動する沢山の映像を目で追いかけながら、少年の本名を小さく呟いた。




