第4章 エヴァンレットの秘密 5
次に周りの景色が固まったとき、七都は、自分が天井の低い広い部屋の真ん中に立っていることに気づいた。
窓はあったが、申し訳程度の小さな正方形が、順序よく遠く間隔をあけて並んでいるだけのものだった。
窓からの光とは別の人口の冷たい光が、部屋の中を淡く照らしている。
部屋の壁には、鈍く光る金属の浮き彫りのような装飾が施されていた。
けれども、よく見るとそれは装飾ではなく、さまざまな大きさや形の剣だった。それらが壁にぎっしりと飾られているのだ。
もっとも剣が飾られているのは壁の上半分だけで、下半分の壁には何もない。ただ、そこにも剣がたくさん飾られていたらしい痕跡は残っている。
「ここは……?」
七都は、部屋の中を見回した。
壁に剣が飾られている以外は、殺風景な部屋だった。
床には木製や金属製の箱が雑多に置かれ、真正面にはいちばん大きな銀色の金属の箱が、棺のように横たわっている。
「ここは、玉座の間の真下にある部屋です」
ルーアンが言った。
「武器庫?」
七都が訊ねると、彼は壁に飾られている剣を指差した。
「鞘を取ってごらんなさい。どれでもいいですから」
七都は壁に近づき、目の高さのところに飾ってあった細身の剣の柄を握りしめ、そっと抜いてみた。
途端に、眩いオレンジ色の光がこぼれ出る。
「エヴァンレットの剣!」
今まで何度か目にし、何度か破壊してきた、あの見慣れた剣だった。
七都はしばらく、オレンジ色の剣身の真ん中できらめく、回路のような形の金属を見つめた。それもまた、何度か眺めてきたものだ。
七都は静かに剣を鞘に収める。
相変わらず、ぞっとするような輝きだった。
暖色のやさしい色なのに、凍てつくような冷たさを宿している。けれどもその柄は、握りしめていればいるほど熱くなる。
「もしかして……これ全部、エヴァンレットの剣?」
七都は、壁一面に貼られている剣をぐるりと眺める。
そこにある剣がすべてエヴァンレットだと考えると、気が遠くなりそうだった。
ルーアンは、頷く。
「昔は、もっとありました。壁全部がこの剣で埋め尽くされるほどに。しかし、持ち出されてしまったので、これだけしか残っていません」
「持ち出されたって……。誰が持ち出したの?」
「おそらくこの城にいた、王族や貴族のアヌヴィムたちでしょう。エヴァンレットがこの都を壊滅させたとき、アヌヴィムに成り立てであまり魔力の影響を受けていなかったものたちは、太陽の光に焼かれることなく生き残りました。そして主人を失った彼らは、ここから逃げ出したのです。そのとき彼らは、エヴァンレットの剣を大量にここから引き剥がして、持って行きました。この剣は膨大な富をもたらしますからね。彼らはおそらく、経済的には一生不自由はしなかったでしょう」
「じゃあ……それでエヴァンレットの剣は、風の都から漏れ出てしまったんだ。魔神狩人の人が言ってたの。エヴァンレットの剣は、風の都から流出したものだって……」
「そう。魔神狩人が持っている剣は、元々はすべてここにあったものです。アヌヴィムたちが持ち出した剣は、いつしか『エヴァンレットの剣』と呼ばれるようになりました。その名が、以前の風の魔王の本名であるという事実も知られることなく……。そして魔神狩人たちが剣を手にし、魔神狩りに使うようになったのです」
「……やっぱりわたしは、剣を見つけたら、片っ端からぶっ壊さなければならないよね。ここから持ち出された剣が魔神族の命を奪っているなんて……。しかもエヴァンレットの名前をかぶせられて。そんなの、悲しすぎる……」
「そうですね。それがあなたの役目かもしれませんね。闇に縛られることなく、魔の領域と外部の世界を行き来するあなたにしか出来ないことなのですから」
ルーアンが呟く。
「でも……。このエヴァンレットの剣って、そもそも何? なんでここにたくさんあるの?」
七都が訊ねるとルーアンは、真正面に横たわっている棺のような銀の箱を指差す。
「あれは……?」
「開けてごらんなさい、あの箱を」
ルーアンが言った。
七都は、ルーアンが指し示した金属の箱に恐る恐る近づく。
美しい植物の模様が刻まれたその箱は、鈍い銀色に光っていた。
七都は、箱の表面に手を置いてみる。
それは、凍りついたように冷たかった。七都の冷えた手をさらに冷たくするくらいに。
けれども、箱の中では何かがゆっくりとうごめいている気配がある。
「やっぱりこれは棺で、中に誰か横たわってて、じっと息を潜めているみたい……。それで、わたしが開けるのを待ってて、開けた途端……」
七都が呟くと、ルーアンはゆっくりと首を振った。
「棺ではありません。中には誰もいませんよ。ホラーめいた想像で、余計な緊張をご自分で呼び寄せる必要はありません」
きっと彼の言う通りなのだ。
昨日、玉座の間に入るのを躊躇した七都に彼が言ったように。
結局やはり彼の言葉通り、玉座には誰もいなかったのだから。
「うん……。そうだよね。じゃあ、開けてみる」
七都は、ルーアンの言葉を安心して信じることにする。
(でも、これ、どうやって開けるんだろ)
七都が、ガッと箱の蓋らしきところに両手の指をかけると、ルーアンとナチグロ=ロビンが同時に顔をしかめて首を振った。おまけにストーフィまで、二人と同じように首を振る。
<違いますけど、お姫さま>と、ナチグロ=ロビンのあきれ顔は代表して言っていた。
(じゃあ、どうやって開けるんだよ?)
七都はナチグロ=ロビンを睨んだが、ここは魔の領域の中で、自分が魔神族であることを思い出す。
そうだ。魔力を使うんだった。
つい元の世界と同じように、普通に蓋を開けようとしてしまった。
ここでは、みんな当たり前のように魔力を使う。
七都は、魔力を使うこと、さらに自分が魔力という超能力めいた力を持っていることすら忘れてしまっているのだが、魔神族にとってそれは、日常生活にごく一般的に溶け込んでいるものなのだ。
七都は再び手を銀の箱の上に置いた。
途端に蓋は、拍子抜けするくらい簡単にスライドする。
七都の手のひらの下に淡い金色の光が、箱の内側と同じ形をしてたゆたっていた。
「これは……」
七都は、呆然とその光を見下ろす。
そこにあったのは、不思議な透明の液体だった。
棺のような箱の半分くらいまで液体がたたえられ、表面に細かい波が生まれて、きらめきながら全体に広がっていく。七都の感情と感覚に微妙に反応するように。
「これは……なに?」
ルーアンが銀の箱に歩み寄り、七都の隣に立った。
箱の中の液体の金色は、ルーアンが近づくとオレンジ色になり、眩いくらいに輝きを増した。
この液体、ルーアンに反応している……。
七都は、ルーアンの整った横顔を見上げる。
この反応の仕方って……。
「もしかして、これ、エヴァンレットの剣の……」
「そう。剣身になる、その元です」
ルーアンが言った。
「元って……。じゃあこれは、エヴァンレットの剣の材料なの?」
ルーアンは頷いた。
「ということは、エヴァンレットの剣はここで作られていたの?」
「作られていた、のではなく、作られています。そして、これからも作っていかなければならないのです」
ルーアンが、七都をじっと見つめて言った。
「作っていかなければならないって……。誰が?」
「今、剣を作ることが出来るのは、私と……それからナナト、あなたです」
「あなたとわたし……だけ?」
「これを作るのは風の王族の仕事。私は王族であることを放棄した身です。ですので、やがてはあなたの仕事になる」
「待って! そんなこと突然言われても……」
「なに、今のところ頻繁に作る必要はありません。これだけストックがあるのですし」
ルーアンは言って、壁に飾られた剣の群れを見渡した。
「剣は……いつ作るの? 何のために作るの?」
「主たる目的は、魔王さまのために。かつては、新しい魔王さまが誕生されたときに、剣は作られました。側近の者たちがここに注文したのです。今ではそういうこともなくなってしまいましたが」
「それって、お祝い……じゃないよね?」
七都は、眉を寄せる。
もしそうだとしたら、なんという恐ろしいお祝いなのだろう。
「もちろんお祝いではありませんが、剣は必ず用意されました。魔王さまがご自分を見失って暴走されたときのために。ここで作られた剣だけが魔王さまを止めることが出来るのです。そして、剣を使えるのは風の魔神族のみ。他の一族は、触れることすら出来ません」
「なぜ風の魔神族だけが剣を?」
「はるかな昔、この物質を見つけたのは、時の魔王だったということです。旅の途中、ある星に立ち寄ったときに見つけられたとか。時の魔王はその物質を風の魔王に委ねました。以来風の王族が剣を作るようになり、風の魔神族だけが剣に触れられるようになったのです」
「魔王さまが暴走したら……。剣を魔王さまの体に突き刺してその力を封じ込める……それが風の魔神族の役目?」
ルーアンが、静かに頷く。
「そうです。あなたの額に口づけを下さった魔王さまたち……。その方たちが、もしそのような状況に陥ってしまったのなら、あなたは躊躇することなく、その魔王さまに剣を使わねばなりません」
「え……」




