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第4章 エヴァンレットの秘密 6

 七都は、思わず額に手を触れる。

 額に口づけをくれた四人の魔王たち。

 リュシフィンの印は、母が風の魔王だったときに幼い七都にくれたもの。

 それを除いた三つの印。シルヴェリス、エルフルド、ジエルフォート……。三人の魔王たち――。


「もし……もし誰かがエヴァンレットのようになってしまったら、わたしが……?」

「そう。昔私がエヴァンレットにしたように。剣で魔王さまを封じ込めるのです。それが風の魔神族の役目なのですから」

「そんなの、そんなの……」


 三人の笑顔を思い出して、七都は愕然とする。

 わたしがこの手であの三人を……?

 シルヴェリスさま……ナイジェル……。ナイジェルも?

 銀の棺に入れられた液体が、七都の狼狽に敏感に反応したように波立った。


「他の魔王さま方だけではありませんよ。ナナト、もしあなたがやがてリュシフィンとなり、もしエヴァンレットのように心が壊れてしまったら、私はあなたに剣を使わねばなりません。あなたの夢の通りにね」

「じゃあ、あなたがリュシフィンさまになって、そんなふうになってしまったときも?」


 七都はルーアンに訊ねる。


「そうですね。もしまかり間違って私が風の魔王になり、狂って手が付けられなくなってしまった場合、あなたは剣で私の胸を突き刺さなければなりませんね」


 ルーアンは七都の顔を覗き込み、くすっと笑った。


「でも、そんなことは滅多に起こりませんよ。おそらく、あなたがいずれかの魔王さまに剣を使うことなどないでしょう」

「だけど……エヴァンレットは自分を見失ったじゃない。あなたは剣を彼女に使わざるを得なかった。そんなことがこの先起こらないなんて、誰にも言い切れない」

「後にも先にも……長い魔神族の歴史の中で七人の魔王さまのどなたかがそうなってしまったのは、エヴァンレットだけです。もうあのようなことは起こさぬと……魔王さま方は肝に銘じておられるはず」


 七都は、ルーアンの指にはめられた沢山の指輪を眺めた。

 そして、おもむろにそれらにそっと触れる。ルーアンは顔をこわばらせた。


「この指輪……。あなたが全部の指に指輪をはめているのは、エヴァンレットのようにならないようにするためなんだね? 自分を見失わないようにするために指輪を……」

「……そう。私は怖れているのです。エヴァンレットは私の姉。同じ両親から生まれた。彼女とは血がとても濃い。私もいつあのようにならぬとも限りません」


 ルーアンが苦しげに目を伏せる。


「ならないよ。姉弟だって全然違う。ルーアンは冷静で穏やかな性格だし、エヴァンレットとは違う。だいじょうぶだよ」


 ルーアンは微笑んだ。


「根拠のない慰め、痛み入ります」

「あなたの多すぎる指輪だって、根拠のない妄想に基づいている。エヴァンレットと姉弟だって理由だけだ」


 七都がルーアンを睨むと、彼はさらにおかしそうに笑った。


「妄想ですか……。そんなことを言われたのは初めてですね」

「誰も、リュシフィンの代わりにこの城を守っている公爵さまに、そういうことなんか言えないよ」

「では、ナナト。これからも私にどうぞ忠告してください。忠告できる立場といえば、あなたしかいませんから」

「わかった。してあげるよ」


 七都が大げさに頷くと、ルーアンは笑いを噛み殺した。

 けれども、その表情は、まるで朗らかで素直な少年のように、とても嬉しそうだった。


「魔王さまに倣って、王族たちも剣を用意するようになりました。ゆえに、ここには他の王族からも剣の注文が寄せられます。こちらもエヴァンレットの件以来、そういうことは滅多になくなってしまいましたが……。あなたがここに戻られたことですし、散り散りに他の都に逃れて行った風の民も戻って来て都は元通りになり、他の一族とも交流が再開されます。そうすればまた剣の注文が届くでしょう。ストックがなくなれば、あなたも私も忙しくなるかもしれませんね。特注なんかも入ることになるかもしれませんし」

「風の都の特産品って、エヴァンレットの剣のこと?」


 七都は、ちらっとナチグロ=ロビンを振り返る。

 ナチグロ=ロビンはびっくりしたように飛び上がり、それから何度も頷いた。


「王族たちは、結構大金を支払ってくれますよ」


 ルーアンが、にこやかに言う。


「わたしがここに戻ったから、ばらばらになってた風の魔神族もここに戻ってくるの?」

「ええ。なぜなら、あなたがリュシフィンさまになられるからです。リュシフィンさまが玉座に帰還されたら、民たちも当然戻ってくるでしょう?」

「ならないったら。でも、なんで今まで戻ってこなかったんだよ? エヴァンレットがいなくなってもリュシフィンさまは、その後いたじゃない。あなたが連れてきて、頭に冠をかぶせたリュシフィンさまたち。わたしのおじいさま、それから、お母さんも」

「私が王太子を放棄した為、風の王族には王位の後継者はいなくなり、私は新しいリュシフィンを誕生させるために、火の王族から風の王族と比較的血の濃い人々を連れてこなければならなくなったのです。けれども、彼らは皆短命でした。冠と相性がすこぶる悪く、人間よりも短い寿命を終えたリュシフィンさまもおられました」

「冠が怒ったんだ。本来リュシフィンになるべき人がならなかったから」


 七都はルーアンに言ったが、彼は無視して続けた。


「ミウゼリルは、生まれたときから冠を与えられたもの。そしてナナト、あなたは生まれる前から冠と共にあったもの。ミウゼリルは冠を置いて時の魔王さまのところに行ってしまいましたが、ナナト、あなたは冠を戴き、冠に守られ、風の魔神族を導いていく方なのです」

「冠は戴かない。あなたがかぶるべきなんだ」


 ルーアンが、ワインレッドの目で七都を見据える。


「しつこいですね」

「あなたもね」


 間髪を入れずに、七都もルーアンを睨んで言い返した。

 ナチグロ=ロビンが、あきれたように溜め息をつく。

 彼に抱かれた無表情なストーフィも、同じように溜め息をついたように見えた。

 それからルーアンは、少し真面目な顔をして、七都に言う。


「ナナト。剣の作り方をお教えしておかなければなりませんね」

「作り方って……」


 カレーやスープを作るんじゃないんだから。

 七都はツッコミを入れそうになったが、やめておいた。

 ルーアンが、宙に向かって手を伸ばす。

 やがて彼の手の中に、剣身のない柄と鍔だけの剣が現れた。

 ルーアンはそれを握りしめ、七都に向かってかざす。


「それは……?」

「あの箱の中にたくさん入っています」


 ルーアンが言った。

 ナチグロ=ロビンのそばにあった赤銅色の箱の蓋がいきなり開き、ナチグロ=ロビンとストーフィははじかれたように横に飛ぶ。

 箱の中には、ルーアンが握っているのと同じ剣身のない柄が、宝物のようにきらめきながら、ぎっしりと収められていた。


「これは補助具です。簡単に剣が作れるように」


 剣の柄をかざしたルーアンが言った。

 柄の先――剣身のあるべき部分には、金色の繊細な模様のようなものが、支えなく宙に浮かぶようにくっついていた。

 それは、エヴァンレットの剣の透明な剣身の中に閉じ込められている、金属の回路だった。


「それはどこから?」

「光の都に注文して、作ってもらっていました」


 ルーアンが答える。


「光の都? ジエルフォートさまのところ? ジエルフォートさま、そんなこと、ひと言も……。エヴァンレットの剣だって、見たことないって……」

「通常、魔王さまはこの剣を目にされることはありません。ご自分で興味を持たれて所有されない限りはね。それを目にされるということは、ご自分に対して剣が使われるということを意味するのですから。こういうものが光の都で作られていたということ自体、ご存知ない方も多いでしょう。それに、光の都ではもう長い間、これは作られてはいないと思います」


 ルーアンは、銀の箱にたゆたう液体状物質の中に、柄の回路の部分をゆっくりと沈めた。

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