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第2章 天辺の部屋 5

「番人の魔王さまだ……。それから……」

「番人? 魔王さま? なんだ、それ?」


 その絵の中には、幽体離脱しているときに、幽霊が閉じ込められているという扉の前で出会った、ナイジェルに似た若者――。

 七都が、七人の魔王の一人だと感じた、銀の髪に水色の目をしたあの美青年。そして、七都によく似た、緑色がかった黒髪にワインレッドの目の、美しい少女――。

 その二人が、寄り添っていた。

 時の魔王の宮殿らしい場所で母と会ったあと、どこかの空間を落下しているときに見た、あの抱き合って凍っていたカップル……。あの二人が、そのまま絵の中に描かれていたのだ。

 絵の中では、ごく普通に目を開け、軽く微笑みを浮かべて。そして、輝くような生命力を、絵の中の閉じられた世界いっぱいに振りまきながら。

 若者の額には、金の冠が輝いていた。ナイジェルの冠に、どこか似た感じの冠だった。

 身につけているのは、灰青色のマント。その下には、金の飾りがついた黒っぽい衣装が見える。

 地の魔貴族の衣装よりも地味だった。普段着なのかもしれない。けれども、衣装が派手でないせいで、金の冠が際立っている。


「やっぱり、魔王さまだったんですね、あなたは……」


 七都は、絵の中の彼に話しかけた。

 この冠が、七都には幽霊のように見えた冠の実物なのだ。

 彼の額にはなかった冠が、絵の中ではちゃんと描かれ、妖しいきらめきを放っている。


「ね、ロビン。この魔王さま、ナイジェルに似てると思わない? 何代か前の水の魔王さまなのかな。冠もナイジェルのと似てるし。……ってことは、やっぱりナイジェルのご先祖? でも、冠は持ち主の魔王さまの趣味で、いくらでも形が変わるだろうけど」

「うん。シルヴェリスさまに似てると思うよ。目の色なんか、そっくり」


 ナチグロ=ロビンが、ぶるっと体を震わせる。エディシルを食べられたときのことを思い出したのかもしれない。

 彼は、七都よりもアップでナイジェルの顔を見たはずだった。目を開けていることが出来たとしたならば、だが。


「シルヴェリスさまがもう少し大人の姿になられたら、こんな感じになるかもね。でも、このお姫さまも七都さんに似てるけど。美羽さんにも似てる」


 冠をはめた若者に抱きつくようなポーズで、少女はこちらを向いていた。


<ちゃんと描いてね。似てなかったら、承知しないからね>


 そう言いたそうな、どこかいたずらっぽい目。

 寄り添っている恋人と一緒に絵を描いてもらっていることが、嬉しくてたまらない――。唇に浮かんでいるのは、そんな微笑み。

 若者のほうは、<ぼくは、適当に見栄えよく描いてくれれば、それでいいよ>と言っているような、なごやかでリラックスした雰囲気だった。

 おそらくこの絵を描いた人物は、この二人ととても親しい間柄なのだろう。

 地の魔貴族の公爵と、モデルになったその家族のように。

 三人で笑い合い、楽しく雑談をしながら、この絵は描き進められて行ったのかもしれない。


「この女の子……。リュシフィンさまなのかな。でも、冠をしていない……」


 少女が着ているのは、金と赤の糸で蝶の刺繍がされた撫子色のドレス。

 宝石の粒が縫い込まれた、半透明のミルク色のケープのようなショールが、背中を覆っている。

 頭の飾りは、レースと花とリボンを束ねたような豪華なヘッドドレス。

 髪は結わずにそのまま肩に長く垂らし、そのヘッドドレスを無造作っぽく付けていた。

 イヤリングやネックレスはしていたが、冠が形を変えたような金色のものは見当たらない。すべて、宝石がはめられた銀色のアクセサリーだった。


(じゃあ、この女の子は、魔王さま、というわけじゃないんだ。冠をしていないってことは……)


 七都は、思う。

 もし二人とも魔王さまだったら……。

 絵のモデルになるのに、片方だけが冠をするなどということには、たぶんならない。小さな目立たないアクセサリーに変えたまま、ということも。

 当然二人とも、正式な大きさの冠を頭にかぶるだろう。


 七都は、彼女が冠をしていないことに安堵していた。

 夢の中に出てきた少女は、額に冠をはめていた。

 しかもあの玉座にすわっていたということは、魔王――風の魔王リュシフィンである可能性が高い。

 絵の中の少女は、魔王の恋人ではあっても、魔王ではない。それは確かなような気がする。

 ということは、夢の中に出てきたあの少女と同一人物ではない、と思いたい。

 そして、彼女はおそらく風の王族の姫君で、七都が一目で気に入って自分の部屋にと決めた、この部屋のかつての主に違いない。


 七都は、両手で絵を抱え上げ、クローゼットから出る。


「どこ行くの、七都さん?」


 ナチグロ=ロビンが、慌てて追いかけてきた。

 七都は、くるりと振り返り、絵をナチグロ=ロビンに押し付けた。


「へっ?」


 ナチグロ=ロビンは、反射的に絵を抱きしめる形になる。


「ちょっと悪いけど、これ持って、そこに立ってくれる?」

「はっ?」


 七都は、ブリリアンカットの巨大窓の少し前あたりを指差した。

 そこは、絵の中の二人がポーズを決めている、ちょうどその場所だった。


「何でぼくが……」

「ごちゃごちゃ言わないの! 協力して」


 ナチグロ=ロビンは、しぶしぶという感じで、絵を抱えたまま窓の前に立った。そして、絵を七都にかざすように上げてみる。


「もうちょっと右。もっと左。もう少しだけ後ろ。行きすぎ。うん、そのへんかな」


 七都は、絵の中の光景と実物の窓を何度も見比べた。

 やはり、絵の背景となっているのはこの部屋、しかもこの窓の前だ。

 そして絵の描き手は、七都が今立っている場所からこの絵を描いていた。

 絵の中の窓と部屋の窓が、ぴったりと重なり合う。絵の中の世界の外側が、実物の光景で補足されたように。


「ここに、その二人がいたんだ。何百年か前に。ちょうどあなたが立っている、その地点に」


 七都は、ナチグロ=ロビンに向かって呟いた。

 ナチグロ=ロビンは、黙って頷く。


「でも、今はいない。この部屋は、たぶん、その女の子の部屋だったんだよ。彼女は風の王族の姫君で、この魔王さまの恋人だった……。でも、何かがあって、この部屋は使われなくなったんだ。ずうっと」


 場所の軸が同じでも、時間の軸が違うから、この二人には決して会えない。

 もう過ぎ去ったはるか時の彼方に、彼らはいる。

 今の彼らは――。

 少女は魂がさまよって行方知れずになっているし、若者も幽体離脱して、この都のどこかにあるらしい扉の番人をしている。彼女とめぐり合えるそのときを待ちながら。

 そして、二人ともその体は、どこかの緑色の空間で凍りついたままなのだ。

 いったい何が起こったのか。絵の中に描かれた彼らは、とても幸せそうだというのに。

 このあと何かが起こり、二人は引き裂かれてしまった。

 絵の中に描かれているのは、彼らの幸福だったその一瞬を切り取った時間。

 アーデリーズの部屋にあった絵の中で、少女のメーベルルが微笑んでいたように。家族に囲まれていたイデュアルのように。

 それは、二人が確かにここで生きていたという証だった。

 偶然とはいえ、そのことを七都に伝える、過去からのメッセージになってしまったのだ。


「……まあ、そういうことだけど。でも、今からは、この部屋は七都さんが使う。あまり感傷的にならないほうがいいよ。ほんとに呪われた部屋になっちゃうぞ」

 ナチグロ=ロビンが、絵を床に下ろして、言った。

「うん。そうだね。出来るだけ考えないことにする」


 七都は、呟く。

 果たして無事に何も考えずにいられるだろうか、と思いながら。


「この絵ってさ……。描いたの、ルーアンじゃないかな」


 ナチグロ=ロビンが、絵の隅々まで丁寧に眺めながら、言った。


「え?」

「だって、彼のサインがあるもの」


 と、ナチグロ=ロビンが、絵の下のほうを指差す。


「ええええっ!!??」


 七都は思わず、ナチグロ=ロビンのそばに瞬間移動した。

 彼の指の先には、七都が理解できない、のたくった記号のような文字が書かれていた。

 絵の中に文字だけが、別のレイヤーに書かれたように浮かんで見える。


「これ、ルーアンのサインなの?」

「たぶんね。見覚えがあるよ。それにこの絵のタッチ、ルーアンが描く絵と同じだもの」


 ナチグロ=ロビンが言った。

 その絵は全体的に明るく、やさしい画風で描かれていた。絵の中全体に光が溢れるようだ。

 イデュアルの父親の公爵の絵は、もう少し暗いトーンで、けれども力強い画風だった。

 同じ肖像画でも、明らかに違っている。


「ということは、ルーアンはこの二人のこと、知ってるってことだよね。知ってるどころか、ものすごく親しかったに違いない。ルーアンは、この魔王さまとお友達だったかもしれない。だって、ルーアンが王太子だったのなら、魔王さまの親友がいたっておかしくないよ」

「訊いてみる?」


 ナチグロ=ロビンが訊ねる。

 七都は、首を振った。


「訊いてみても、彼が素直に答えてくれるとは思えない」

「その可能性は大だね。この二人が、ルーアンのプライベートなことにかなり関わっているならね」

「でも……」


 七都は、改めて絵全体を眺めた。


「ルーアンって、絵を描くの?」

「昔はね。よく描いてたらしいよ。でも、彼の今の趣味はガーデニングになってるから、絵なんてほとんど描いていないけどね」

「なんか、悔しいな。ルーアンが絵も描けるのって……」


 ルーアンは、彼にとっては異世界の文化であるはずのプラモデルも上手に作れるし、庭園造りも見事だし、そして、絵も……。

 しかも彼の絵は、かなりレベルが高い。溜め息が出そうなくらいの美しい絵だ。

 彼もまた、アーデリーズやジエルフォートのように、才能を持ったマルチアーティストということなのだろう。

 どんなに七都が努力しても、彼には勝てない。

 それをまざまざと見せつけられたような気がして、七都はへこんでしまう。


「七都さんも、もっと絵をたくさん描いて、ルーアンに負けないような作品をつくればいいさ」


 ナチグロ=ロビンが、珍しくなぐさめてくれた。

 けれども、よけいに落ち込んで、七都は呟く。


「百年たっても、無理かも……」


 百年どころじゃない。

 二百年たっても、三百年たっても、無理かもしれない。


「七都さんは、七都さんの絵を描けばいいさ。他の誰も描けないような、七都さんオリジナルの絵をね」

「うん……。ナチグロ、やさしい……」


 七都が言うと、ナチグロ=ロビンが途端に顔をしかめた。


「その名前で呼ぶなったら。七都さん、クローゼットに戻ろう。ドレスとアクセサリーを選ぶんだろ」

「ドレスとアクセサリー……か」


 七都は、絵の中で微笑んでいる姫君を見下ろした。


「そうだ。いいこと思いついた。ロビン、わたし、この絵の中の女の子と同じ衣装にする」


 ナチグロ=ロビンは、あんぐりと口をあける。


「はああああああ?」

「この部屋が彼女の使っていた部屋なら、これと同じ衣装が、きっとクローゼットにあるはずだよ。このドレスもアクセサリーも、一式全部」

「そりゃあま、あってもおかしくはないかもしれないけどさ」


 ナチグロ=ロビンは、ちろんと横目で七都を見た。


「創造性のかけらもないじゃん。絵の中の人物と同じ服を探して着ようなんて。ブティックで服を買うとき、ショーウインドーのマネキンを指差して、これまるごとくださいって言うモノグサオンナと変わらないぞ。そういうタイプだっけ? 七都さんって、絵画が趣味で、高校のクラブは、確か美術部……だったよね? アーティストのタマゴなら、もっと創造性を発揮して……」

「芸術は模倣から始まるって、美術の先生が言ってたよ」


 七都は、ナチグロ=ロビンを睨んだ。


「次からは、自分で考えて組み合わせる。でも、今回は、とにかくこの衣装を着るの。この子と同じ衣装をね。ルーアンに見せるためにも」

「ルーアンに……? 何か企んでるの?」


 ナチグロ=ロビンが、片眉を上げる。


「別に。ただちょっと、彼の反応を見たいだけ。じゃ、クローゼットに戻るから、服を探すの手伝ってくれる? あ、その絵。服を見つけたら、布で包み直して、また元のところに戻すからね」


 七都は一瞬、そのきれいな絵を、インテリアとして部屋の壁に飾ろうかと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。

 そんなことをしたら、寝る前にその絵を眺めながら、描かれている人物たちに関して、よけいなことまで想像し、気分がとめどもなく沈んでいきそうだった。

 しかも、これを描いたのはルーアンなのだ。


(ルーアンの描いた絵を部屋に飾るのなんて、やっぱり、絶対にいやだ。というより、もちろん避けたほうがいい。だって、彼とはバトルしてるんだもの)


 七都は、再びクローゼットの中に入った。

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