第2章 天辺の部屋 6
「ヘッドドレス、見っけ!」
七都は、浅いコレクションケースのような金属の箱の中から、目的の飾りを取り上げる。
絵に描かれていたものと寸分違わないヘッドドレスだった。色もリボンも、花の数も。
ルーアンは、手を抜いたり、ごまかして描いたりはしていない、ということになる。
(ルーアンって、もしかして完璧主義者?)
七都は思いながら、クローゼットの中にあった鏡の前に立ち、ヘッドドレスを髪にあてがってみる。
「うん、似合う。かーわいい」
ナチグロ=ロビンが、自分で言ってれば世話ないよ、と言いたげに、肩をすくめてみせた。
「それに、これを絵の中の女の子のような感じで頭に付ければ、髪を結わなくてもいいものね」
「やっぱり、モノグサってことじゃん」
ナチグロ=ロビンが、あきれたように呟く。
「案外、簡単に見つかったじゃない。この調子で、今度はドレスとショールとアクセサリー、探すよ!」
七都は、ずらりと並んだ衣装の壁を眺め、その中から撫子色をピックアップしようとしたが――。
ふと、ぞくっとするような疑念が湧き上がり、伸ばそうとした手が止まってしまった。
(もし、この中に、夢の中で見た少女が着ていた衣装があったら……)
漠然とはいえ、何度も見たので、そのイメージは覚えている。
ドレープが沢山入った、白いシフォンのような、長いドレス。そして、赤紫色のマント。
ドレスには、同じ生地で作った小さな花が、たくさん縫い付けられていた。
マントには、銀の糸で綴った何かの模様。花だったか、幾何学模様だったか……。
それと同じ衣装がここにもしあれば、夢は夢ではなくなってしまう。
夢の中のシチュエーションが、もし過去の出来事であるならば、あの夢の中の少女が、絵の中の少女と同一人物であることも意味してしまう。
あるいは、まだ起こっていない未来のことならば、その衣装を着るのは、七都自身であるかもしれないのだ……。
「ほら、七都さん、ドレスがあったよ。これだろ」
振り返ると、ナチグロ=ロビンが、撫子色に蝶の柄の美しいドレスを広げていた。
「すごい! あなたにそんな才能があったなんて!」
七都は、とっさに笑顔を顔の表面に貼り付け、ナチグロ=ロビンからドレスを受け取った。
間違いなく、絵の中の少女が着ていたドレス――ルーアンが描いたドレスだ。
上品な撫子の薄紅の上に、金と赤の蝶が、豪華に舞っている。
「あの色を頭にインプットして探せば、すぐに見つかったよ」
ナチグロ=ロビンが、得意げに言った。
「やっぱり、それだけルーアンが、きちんとドレスの色を絵の中に再現してるってことか」
七都は、呟いた。
「ドレスは微妙で複雑な色だし、蝶の刺繍も、きっと描きにくかったと思うんだけど……」
「それをやってのけれちゃうのが、ルーアンのすごいところさ。さて、お次はショールかな。ぴっらぴらの、ゴスロリショール。きっとそういう小物は、同じ種類ごとに、きちんと分けて保管してあるはずだよ」
ナチグロ=ロビンは、再び衣装の群れの中に戻って行く。
「じゃ、わたしは、イヤリングとネックレスを探そ」
七都は、撫子色のドレスを抱きしめながら、くるりと向きを変え、アクセサリーの棚の前に立つ。
ドレスの棚はもう、怖くて見られなかった。
もし見つけてしまったら、きっと気を失ってしまう。
緊張感が急に跳ね上がり、異常なくらいに高くなってしまっている。
あれは、夢。夢なのだ。
今自分が捉えられている疑念は、他愛のないもの。
取り越し苦労であり、杞憂だ。
平常心に戻らなければ。
七都は、イデュアルにもらった銀の竜の指輪を、ぎゅっと握りしめた。
「なんとショールも見つかりましたっ。かーんたん! ここに置いとくからね」
背後から、ナチグロ=ロビンの明るく間延びした声が聞こえる。
その声に救われて、七都は、ほっとした。
もうドレスを探す必要はなくなったのだ。
ということは、その過程で、夢の中の少女が着ていた衣装を見つけてしまうという可能性も、取りあえずはなくなったということになる。
七都は、思わず深呼吸をした。
「ありがとう、ロビン。これでアクセサリーが見つかれば、完了!」
七都は気分を切り替え、誘うようにきらめく宝石たちを、端から順番に丁寧に眺めた。
「でも、絵と同じのって、ないな……」
しばらく宝石を鑑賞したあと、七都は、クローゼットの壁に立てかけられている、あの絵を眺める。
ナチグロ=ロビンが、見比べて探しやすくするように、そこに置いてくれたのだ。
少女は、水色の透明な宝石がはめられた、お揃いの銀のアクセサリーを付けていた。
ネックレス、イヤリング、ブレスレット。すべて同じ色の宝石だ。
「同じのはないけど……」
七都は、一番手に取りやすそうな位置に並んでいる、アクセサリーたちを見下ろした。
その段にあるのはすべて、同じ水色の宝石を使ったものばかりだった。
「似たようなのが、いっぱいある……」
七都は、その中からひとつをつまみ上げてみる。
水色の宝石が真ん中に輝く、大粒のブローチ。
繊細な、房のような銀の飾りが付いている。
「ナイジェルの目の色の宝石だ」
七都は、宝石を覗き込んで、微笑んだ。
「ってことは、番人の魔王さまの目の色の宝石でもあるってことだよね……」
せつなくなるような、透き通った、ナイジェルの水色の目。
何度あの目を覗き込んだことだろう。
七都はブローチを手のひらに乗せ、そっと撫でてみた。
そして、絵の中の少女を再び眺める。
名前の知らない、わたしによく似たお姫さま。
あなたも、数えきれないくらいの回数、恋人の目を覗き込んだのだろうね。
わたしがナイジェルの目を覗き込んだのよりも、もっともっとたくさん……。
あの魔王さまも、その度にあなたを見つめ返してくれたに違いない。やさしく、いとおしい眼差しで。
魔王さまの目を真っ直ぐ覗き込める魔神族なんて、そんなに多くはなかったはずだもの。
そして、たぶんあなたは、いつも恋人と会えたわけじゃなかったんだ。
会えない時間は、寂しくて、とてもせつなくて……。
そんなとき、この宝石を見つけたんだと思う。恋人と同じ目の色の宝石を……。
それであなたは嬉しくなって、同じ色の宝石がはめられた銀のアクセサリーばかり集めた。
銀色は、彼の髪の色でもあるもの。
きっと家族や侍女たちにあきれられながら。それでも、頬を染めて、うきうきして。
ルーアンが描いたイヤリングやネックレスは、もしかしたら、今、あなたの体に付けられているのかもしれない。あの凍りついて動かないあなたの体に。
だから、それと同じものは、ここにはないのかもしれない。
あなたは、今、どこをさまよっているの?
あなたは、自分の体が恋人に固く抱きしめられているということを知っている?
恋人があなたを探しているということを知っている?
絵の中の少女は、軽く笑みを浮かべたまま、七都を見つめている。
もし彼女の魂が体に戻れば、彼女は再び目覚めて、こんなふうにまた微笑むのだろうか。
そして、恋人の若者――扉の前で番人をしている魔王らしき彼もよみがえって、二人は再会し、永遠に幸せになれるのだろうか。
七都はブローチを元の位置に戻した。
そして、同じ水色の宝石がはめられたアクセサリーの中から、イヤリングとネックレス、ブレスレットを選んで取り上げる。
「絵の中のとはちょっとだけ違うけど、仕方がない。でも、同じ銀色に水色の宝石のアクセサリーだもの。デザインも似てるしね。これで充分、代用可能だ」
七都は、ナチグロ=ロビンを振り返る。
「ロビン、一応揃ったよ。アクセサリーも! ……あれ?」
クローゼットの中にいたはずのナチグロ=ロビンの姿が消えていた。
彼が探してくれたゴスロリショールが、入り口の近くに、天の羽衣のようにふわりとかけられている。
「ナチグロ、いない。もしかして、とても付き合いきれないってあきれ果てて、逃走しちゃった?」
「んなわけないだろ」
七都が呟くと、間髪をいれずに、ナチグロ=ロビンの声がクローゼットの外から聞こえた。
「手伝ってやってるに決まってるだろ。……ったく、お姫さまは手がかかるんだから」
七都が衣装一式を抱えてクローゼットから出ると、ナチグロ=ロビンが椅子に行儀悪く座っていた。
彼は、めんどうくさそうにテーブルを指差す。
「ほら。いるだろ、こういうの。なかったら、顔はかぴかぴ、髪は、ぱっさぱさだ」
テーブルには、色とりどりのガラスの瓶が、縁からはみ出して転げ落ちそうなくらいに、たくさん並んでいた。
「これって、もしかして……」
七都は、テーブルに屈み込む。
ふわりとしたいい匂いが、七都の鼻孔に入り込んでくる。
「そ。シャンプーにコンディショナー、トリートメント、ボディシャンプー、化粧水に乳液にクリーム、美容液、ボディローション、ハンドクリーム、香水もあるよ。よりどりみどり」
と、ナチグロ=ロビン。
「やっぱりこの世界にも、こういうのあるんだ」
「当然。七都さんの世界より、種類は豊富だと思うね」
七都は、瓶を幾つか取り上げてみた。
全部香水瓶のように見えるくらい、かわいくてきれいな瓶たちだ。
窓のそばに飾っておけば、太陽の光できらきらして素敵かもしれない。
「ま、七都さんは若いから、こういう類のものはなくても、体は充分潤ってるかもしれないけどさ」
「ううん。ありがとう。あるほうがいいに決まってるもの。でも、これ。どこから持ってきたの? 魔法で出したわけじゃないよね。どこかから持ってきたんでしょう? もしかして、あの女の人たちの?」
「まあ、そうだけど。一応全部新品だよ」
ナチグロ=ロビンが、言った。
「そういうことじゃなくて。これ、彼女たちのところから、まさか黙って持ってきたの?」
七都が鋭く問いただすと、彼は唇をへの字にした。肯定ということらしい。
「だめじゃない、そんなことしちゃ」
「あいつらは、商売が出来るくらい、こういうのをたくさん持ってる。少しくらいなくなっても、気づくもんか。それに、この城の中にあるものは全部、七都さんのものなんだからね」
「でも、個人の持ち物は、違うよ」
「いーや。あいつらのものも、七都さんのものだ」
ナチグロ=ロビンが、しつこく主張した。
「なんかその考え方、理解しがたいけど」
「価値観の違いってことさ」
「わたしはそういう価値観は持たないからね。これからも」
七都が言うと、ナチグロ=ロビンは、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「身支度が整ったら、あの人たちのところに連れて行ってくれる? 彼女たち、何者なの? お話してみたい」
「いいよ。ぼくもあいつらに用があるし」
ナチグロ=ロビンが、チェシャ猫が顔負けするくらいに、にんまりと意味ありげに笑った。
「でも、七都さんは、あいつらに用はないと思うんだけどな。あいつらから得るものは、たぶん何もないよ」
「それは、わたしが決める。お母さんのことを知ってる人がいるみたいだし。ルーアンだって、それからあなただって、お母さんのこととか、ここで過去に起こったことは、あまり話してくれないじゃない」
「ここのことも、美羽さんのことも、たぶんだんだんわかるよ。急にたくさん話したら、頭がパンクするだろ。ルーアンも、おいおい気が向いたら、いろいろ教えてくれるさ。それに、言っとくけど、ルーアンのことだって、この城のことだって、都のことだって、ぼくが知らないことも多いんだからね」
ナチグロ=ロビンは、金色の目で七都をじっと見つめた。
「……そうだよね。あせっちゃだめだよね。でも、とにかく、あの女の人たちには会いに行くから。それから、他にもこの城に住人がいるなら、会いたいんだけど」
「了解」
ナチグロ=ロビンが、片手を上げて、頭の横にくっつけた。
「じゃあ、わたし、お風呂に入るから」
七都は言って浴室に行こうとしたが、ふとナチグロ=ロビンを振り返る。
彼は相変わらず、緑が溶け込んだ金の目を真っ直ぐ七都に向けていた。
「えーと。わたしがお風呂から出たら、着替えが終わるまで、あっち向いててくれる?」
七都が言うと、彼は大げさに、はあっと溜め息をつく。
「あのね。悪いけど、ぼくは七都さんのヌードを見ても、なんっとも思わないから。七都さんのことは生まれる前から知ってるし、もういろいろと見慣れてるしね。まあ、この世界で変身した七都さんのハダカは、まだ見たことないけどさ」
「あなたが思わなくても、わたしが嫌だ」
「はいはい、わかったよ」
ナチグロ=ロビンは、まだ七都が浴室に入ってもいないのに、くるっと向きを変えてしまった。
「ちなみに、ルーアンも、七都さんのハダカを見ても、何も思わないから」
「そうなの?」
「つまり、ぼくらに気を使うなってこと」
「それは……わたしが発情していないから?」
七都の挑戦的な質問に、ナチグロ=ロビンはびっくりしたように振り向いた。髪が一部、逆立っている。
けれども彼は、すぐに真面目な顔をして、再び金色の目で七都を見据えた。そして、低い声で七都に答える。
「そういうことだよ、お姫さま」
「……わかった。でも、やっぱり気は使っちゃうし、ヌードを見られるのも嫌だからね」
「はいはい。早く慣れてね」
ナチグロ=ロビンが、手をパタパタと動かす。
七都は、瓶を幾つか抱えて、浴室に入った。




