第一話:影を落とす灰燼
「……以上が、先日の我が里における襲撃の全容です」
国都の『誓いの森』に佇む会議室。
花の継承者・花菱絢芽の凛とした声が響き渡り、室内の空気は一段と重さを増していた。
十人の継承者たちがそれぞれの席で沈黙を守る中、
真っ先に口を開いたのは、地の継承者である磐木大地だった。
「なるほどな……。ただの闇討ちではなく、
こちらの陣形を完全に把握した上での包囲網、か。
鏡花殿の言う通り、これまでの『灰燼』の行き当たりばったりな戦術とは明らかに
一線を画している」
「ああ。奴らは今まで、能力のゴリ押しや数に頼るだけの
テロリスト集団だと思っていたが……どうやら、
戦い方を熟知した『指揮官』が裏にいると見た方が良さそうだ」
炎の継承者、緋村宗星が腕を組みながら、赤い瞳を鋭く光らせる。
「指揮官、ねぇ……。どこのどいつか知らねえが、
陰でコソコソ作戦なんて練ってねえで、
俺の前に出てくれば一瞬で消し炭にしてやるよ」
雷の継承者・雷堂迅が、自身の指先にパチパチと紫色の電撃を走らせながら不敵に笑う。
だが、その軽口をたしなめるように、柊夜が静かに水縹色の瞳を向けた。
「油断するな、迅。奴らの狙いが俺たち『継承者』の命である以上、
今までの常識が通じない相手になったということは、
それだけ俺たちの生存率が下がるということだ。特に──」
柊夜は一度言葉を切り、会議室の全員を見渡した。
「奴らが『隠れ里の結界を抜ける手段』、
あるいは『術式を無効化する手段』を持ち合わせているのだとしたら、
一族の血を引く者しか入れないという里の絶対的な安全性すら、過去のものになる」
その言葉に、風の継承者・風見凪や光の継承者・天宮日奈も、
ハッとしたように表情を強張らせた。
二百年間守られてきた「隠れ里」という聖域。
それが脅かされるかもしれないという事実は、
彼らにとって世界の前提が覆るほどの恐怖だった。
──同時刻。国都から遠く離れた、敷島のどこか。
日が一切差し込まない、古びた地下の潜伏組織の一室。
冷たいコンクリートの壁に囲まれたその部屋の、唯一の明かりである蝋燭の火が、
ゆらゆらと不気味な影を揺らしていた。
「……花の隠れ里の襲撃は、失敗に終わったか」
闇の奥から、低く、しかし驚くほど透き通った男の声が響く。
「申し訳ありません、冥様。花の守護官──神崎鏡花の戦術眼が、
我々の想定を僅かに上回っておりました。
それに……最悪なことに、北の氷が早々に動き出し、花の里へと合流した模様です」
床に膝を突き、深く頭を垂れているのは、全身を黒い装束に包んだ灰燼の構成員だ。
闇の中に佇む男──灰燼を統べる棟梁、九条冥。
彼は、手元に置かれた敷島の地図を、感情の失せた黒い瞳で見つめていた。
その地図には、十の隠れ里の位置を示すバツ印が不気味に書き込まれている。
冥は、構成員の報告を聞いても、怒る風でもなくただ静かに息を吐いた。
「構わない。元より、あの『花』を一度の奇襲で枯らせるとは思っていない。
だが……実験としては十分だ。
こちらの『反・術式兵装』の出力が、継承者相手にどこまで通用するか、
そのデータは取れた」
冥がそう言って机の上に置いたのは、奇妙な鈍色に光る、歪な形をした短刀だった。
魔術も、奇術も、この世界の理であるあらゆる幻力を、
文字通り「遮断」し、無に還す未知の武器──。
「冷泉柊夜。氷の継承者……。やはり、奴が一番の障壁になるか」
冥の脳裏に、二百年前から連綿と続く『継承者』というシステムの歪みと、
自分たちの血族が味わってきた過去の、今も、そして未来へも続く深い怨嗟が蘇る。
「我々は過去も、今も、未来も恨み、呪い続ける。……■■を守るために。
あの忌々しい血族のシステムを、この代で完全に終わらせる」
冥の手が、地図の南の地──『日向』の場所を指差した。
「各洲に潜伏させている斥候たちに伝えろ。
全神経を尖らせ、継承者どもの動向を見張れと。次は……この南の地を、赤く染める」
「御意」
黒衣の構成員が、音もなく闇の中へと消えていく。
一人残された冥は、蝋燭の火を指先で静かにつまみ消した。
暗黒に包まれた部屋の中に、消え残った煙だけが、
これからの敷島の運命のように不穏に漂っていた。
冥がラスボスです。
結構強くしたい




