第五話「誓いの森の集い」
──翌日。花と氷の一行は、国都へ向かう車の中にいた。
窓の外には、北海洲の極寒とは打って変わって、
高くそびえ立つビル群の街並みが広がっている。
「くしゅんっ!」
突然、隣に座っていた絢芽が、小鳥のような可愛らしい声でくしゃみをした。
「やはり冬だからな。車内とはいえ、少し冷えるか。ほら、これを肩にかけろ」
柊夜は自らの紺色の羽織を脱ぐと、絢芽の肩へと優しく掛けた。
「いえ、柊夜様、私は大丈夫です! これくらい、継承者として耐えなければ──」
「いいから、黙って羽織っていろ」
「は、はい……っ」
またしても顔を赤くして大人しくなる絢芽。
そんなやり取りを繰り広げているうちに、車は目的地である、
国都の中心部へと到着した。
敷島の政治のすべてを司る機関が集まる中心街。
その一角に、一般人の立ち入りが厳重に禁止された、広大な原生林が佇んでいる。
その森の名は──『誓いの森』。
森の中央にある古い社で、歴代の継承者たちは大いなる自然の力を授かり、
その身に宿すのだという。
その森の中心部には、周囲の景観を壊さないように配慮された、
美しい木造の建造物が建てられていた。
二ヶ月に一度、全国から十人の継承者が集い、
近況報告と情報共有を行う場所──『継承者会議』の会場だ。
重厚な木の扉を開けると、そこにはすでに、
各地の隠れ里から集まった八人の継承者たちの姿があった。
今回の会議は、襲撃の対応に追われていた花と氷の一行が、最も遅い到着となった。
「絢芽ちゃん! この前灰燼に襲撃されたって聞いて、
ひなっちと一緒にすごく心配してたんだよ!?」
扉を開けるなり、真っ先に駆け寄ってきたのは、風の継承者「風見 凪」だった。
その後ろからは、光の継承者「天宮 日奈」も心配そうな表情で歩いてくる。
「大丈夫ですか、絢芽。凪が今すぐにでも花の隠れ里に飛び出していこうとするのを、
引き留めるのが本当に大変だったんですよ?」
「二人とも、ご心配をおかけしました。
でも、ご覧の通り私は無事ですので、安心してください」
絢芽は、先ほどまで柊夜に見せていたデレデレとした態度が嘘のように、
凛とした「花の継承者」として大人の対応を見せる。
だが、凪の鋭い視線が、絢芽の肩に掛けられた「紺色の羽織」へと向けられた瞬間、
風の継承者の目がギロリと細くなった。
「「……で、そこの『誑し野郎』は、なんで平然と隣にいるわけ?」」
凪と日奈の二人が、一斉に柊夜を指差して声を揃える。
「いや、何って……俺はただ、一緒に会議に来ただけなんだけど……」
「じゃあ、なんで絢芽ちゃんが柊夜の羽織を着てるのよ!
また移動中に何か誑かしたんでしょ!?」
「もう私、知りません。凪がそこの誑し野郎を風の刃でバラバラに刻んでも、
私は何も見ていないことにします」
「ちょ、二人とも落ち着いて……っ!」
絢芽が慌てて止めに入るが、柊夜に対する二人の手厳しい当たりは止まらない。
その時、柊夜の目の前の空間に、
ゴゥッ、と激しい音を立てて真っ赤な「炎の壁」が出現した。
「まあ、待ちたまえ二人とも。
柊夜も一気に二人から当たられては、まともな説明もできないさ」
炎の壁の向こうから、落ち着いた声で場を制したのは、
炎の継承者「緋村 宗星」だった。
「ああ、宗星の言う通りだ。
せっかく全員揃ったんだ、一旦席に着いた方がいいと思うぞ?」
地の継承者「磐木 大地」もまた、宗星の意見に賛同するように深く頷く。
十人の継承者の中でも、純粋な実力トップ5に名を連ねる二人の言葉には、
重い説得力があった。
凪と日奈は、柊夜に向けて「ちっ」と盛大な舌打ちを残しながら、
渋々と自席へと戻っていった。
「全員着席したな。
ではこれより──瑞月五十八年、第三百五十回目『継承者会議』を始める。
……っと、だが、まずはその前に、この壁が邪魔だな」
柊夜がそう呟き、水縹色の瞳を微かに光らせた瞬間。
目の前で燃え盛っていた激しい炎の壁が、
一瞬にして蒼い氷の壁へと姿を変え、パキィン、と綺麗な音を立てて粉々に砕け散った。
最強の呼び声高い、氷の継承者の力が静かに誇示された瞬間だった。
「おいおい、畏まってどうした? 『最強さん』よぉ」
不敵な笑みを浮かべ、
椅子の背もたれに深く寄りかかった雷の継承者「雷堂 迅」が、
柊夜を挑発するように声をかける。
柊夜は砕け散った氷の破片を見つめながら、冷徹な声で告げた。
「先日の『花の隠れ里』への襲撃について、一つ全員で考えたいことがあってな」
国都の静かな会議室に、緊迫した空気が流れ始める。
これこそが、敷島全土を巻き込む長い戦いの、本当の始まりだった。
次から二章へ行きます




