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継承者誓約譚  作者: 冬泉アオイ
《氷花の詩》第八章「闇は消え、氷の花は咲き続けました。いつまでも」
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第三話「Tarina jatkuu.」


あの国都を揺るがした未曾有の襲撃──いや、

後に『大戦』と呼ばれることになる激闘から、およそ数ヶ月が過ぎた頃。

隠れ里の『氷の継承者』冷泉柊夜は、窓の外に柔らかな桜が咲き誇る春の季節、

花の隠れ里・総本殿にある「花の間」で静かに目を覚ました。

「うっ……、ここは……?」

視界に飛び込んできたのは、見慣れた冷泉の屋敷ではなく、風情ある木造の天井だった。 身体を動かそうとするが、鉛のように重い。

(たしか俺はあの後……、神事庁の護衛部門の奴らに九条の身柄を引き渡して、

それから……。だめだ、記憶が綺麗に途切れてる……)

頭を痛そうに押さえ、状況を整理しようと考え込んでいる柊夜の耳に、

すぐ横から「すうすう」と、ひどく無防備で愛らしい寝息が聞こえてきた。

視線を横に向けると──そこには、花の継承者『花菱絢芽』の姿があった。

それも、同じ布団の、柊夜のすぐ真横に。

(っっっっ~~~~~~~!!!!!!????)

柊夜の心臓が爆発せんばかりに跳ね上がった。

大声を出しそうになるのを、超人的な精神力で必死に堪える。

だが、あまりの動揺にシーツを大きく揺らしてしまい、

その大振りな動きが、ぴったりと寄り添っていた少女の意識を覚醒させてしまった。

「ん、にゅ……? あれぇ、しゅうやしゃま……。おはようごじゃいましゅ……」

完全に寝ぼけているのだろう。

いつも凛としている絢芽の口調が、限界突破するほど柔らかく、

ふにゃふにゃに蕩けている。

「は?」

柊夜が呆然と声を漏らした瞬間、絢芽の目が、これ以上ないほどパチッと見開かれた。

「え? ……ええ? えええええええええええええええええ!!!」

一瞬で正気に戻った絢芽が、部屋中に響き渡るような大声を上げた。

跳び起きると同時に、ボウッ! と音が聞こえそうなほどの勢いで、

その白い頬が極限まで真っ赤に染まっていく。

「あ、柊夜様! いえっ、あの、これはですね!? えっと、その、あの……!」

完全にキャパシティをオーバーした絢芽は、金魚のように口をパクパクさせ、

それ以上言葉を発するのをやめてしまった。

(ああ……、これは完全に頭がパンクしてダメな状態の時の顔だわ)

柊夜の第六感がそう告げていた。

これ以上彼女を問い詰めるのは酷だと判断し、

代わりに状況を知っていそうな己の従者を呼ぶことにした。

「おい、氷雨。いるか?」

返事こそなかったが、直後、廊下をドタドタと全力で走ってくる騒がしい足音が響いた。

「柊夜!! お前、意識が戻ったのか!? 体は大丈夫か!?」

勢いよく襖を開けて飛び込んできたのは、息を切らした氷雨だった。

「ん? まあ……少し体がだるいくらいだけど、一体何が──」

「よかった……! お前、あの戦いが終わってから、

丸々三ヶ月間もずっと眠り姫みたいに寝てたんだぞ!」

「は? ……ん? ちょっと待て、理解が追いつかない」

柊夜は思わず眉間を押さえた。三ヶ月? 俺が?

「まあ、そうだろうな。お前が神事庁に冥を引き渡した直後、

糸が切れたようにぶっ倒れたんだ。

原因はまあ、一言で言えば『幻力の過剰消費による深刻な昏睡』。

里長も、人間が限界以上に幻力を放出していたんだから、

命があるだけ奇跡だって言ってた」

「……ちなみに、絢芽は?」

「ああ。絢芽様はお前が倒れたのを見た瞬間、

大慌てで植物の蔓でお前をご神体みたいにぐるぐる巻きにして、

ここまで強制連行してきたんだ」

「は?」

「だから、絢芽様がお前をここまで運んで、

そのまま安心したように隣で寝落ちしたんだが…

…その後、絢芽様も丸一ヶ月は起きなかった。

二人とも、あの過酷な戦場の中で、

未完成の共鳴奇術をぶっつけ本番で練り直してぶっ放したんだ。

それだけの反動がくるのは当然さ」

氷雨の説明に納得しつつも、柊夜は最大の問題点へと視線を戻した。

「……違う。それはわかった。

俺が聞きたいのは、なんで絢芽が、こんな風に俺の布団の真横にいるんだ?

別個に布団はあるだろ」

「あー……それは、だな。……うん、回答を拒否する。命が惜しい」

「なんでだよ!」

引きつった笑いを浮かべる氷雨の背後から、

クスクスと楽しげな笑い声と共に鏡花が姿を現した。

「ふふ、それについては私が説明してあげましょうか、柊夜様」

「鏡花、頼む」

「一ヶ月後に目を覚ました絢芽様は、こう思ったわけです。

『私が起きたのに、なんで柊夜様はまだ起きてくれないの!?』……と。

要するに、一人でいるのが寂しくなってしまって、

お留守番のご褒美と称して、毎晩一方的にこうして添い寝をされていたわけですね」 「な、なるほど……?」

柊夜は納得したような、けれども男として色々と限界なような、

なんとも言えない複雑で微妙な表情を浮かべた。

横では絢芽が両手で顔を覆って小さくなっている。

「……まあ、いいか。無事だったなら何よりだ。他の継承者たちはどうなった?」

「全継承者と守護官の中で、戦後に意識が戻らなかったのは大地様とお前、

そして絢芽様の三人だけだったよ。

戦いから一週間後に大地様が起きて、一ヶ月後に絢芽様。

そして、最後がお前だ」

「俺が一番最後だったのか……」

「はい! そうですよ! 本当に、結構……寂しかったんですからね?」

絢芽が覆っていた手を退け、少し潤んだ瞳で柊夜をじっと見つめる。

その瞳には、からかわれた恥ずかしさよりも、

最愛の人が目覚めてくれたことへの心からの安堵が満ちていた。

「……悪かったな。留守をありがとな。

──そういえば、継承者会議はどうなったんだ? 俺たちが不在の間、誰が回してた?」 「今の、例の炎の男の子が代理で仕切っていたわよ」

「宗星か。ん? その声は──」

聞き覚えのある、しかしこの部屋にいるはずのない、どこか浮世離れした艶やかな声。

「お元気かしら、四代目の柊夜さん?」

「え? あ、はい、特に異常なしです……って、貴殿は……初代の!?」

そこには、白と桃色の美しいグラデーションを描く髪をさらりと靡かせ、

悪戯っぽく桃色の瞳を輝かせる女性──かつて電話越しにダメ出しを食らわせてきた、

初代花の継承者『花菱優佳』が立っていた。

「ええ。初代花の継承者の優佳よ。改めてよろしくね。

──じゃあ、用件は済んだし、あとは若い二人きりで存分にね〜?」

優佳はウインクを一つ残すと、まだ話したそうにしていた氷雨と鏡花の首根っこを掴み、風のように部屋から去っていってしまった。

静まり返る「花の間」。

ふたたび、二人きりの時間が訪れる。

「……ちなみに、絢芽さんや」

「は、はい……何でしょうか、柊夜様」

「今、何月何日だ?」

「今は、瑞月五十九年の……三月九日です。

ちなみに、今年の柊夜様の誕生日は、まだお祝いできていません。

寝ている間に過ぎてしまいましたから……」

「え? 三月九日?」

「はい。今日が何の日か、まさかお忘れで?」

少し拗ねたように唇を尖らせる絢芽を見て、柊夜の口元が優しく緩んだ。

「俺を何だと思ってる。……さすがに忘れんさ。絢芽、十八歳の誕生日、おめでとう」 「──っ! はい! 柊夜様も、十八歳の誕生日、おめでとうございます」

二人は同じ三月九日生まれ。

今日という日に目覚められたのは、運命の悪戯か、それとも神様の粋な計らいだろうか。

「今日、起きられて本当によかった……」

「ええ、本当に。……あ、それでですね、柊夜様。

お誕生日プレゼント、何か準備はありますか?

もしなかったら……私、どうしても欲しいものがあるのですけれど」

「いや、起きたのが今日の今日だから、準備も何もできてない。

本当にごめん。……で、欲しいものってなんだ? 宝石か? それとも土地か?

冷泉の財力なら、大体の物は買ってやれると思うけど……」

大真面目にそんな世俗的な提案をする恋人に、絢芽は呆れたように小さく笑い、

それから、上目遣いでじっと柊夜を見つめた。

「いいえ。世界中のどんなに高価な品物よりも、

まだ私、貰っていないものがあったなと思いまして」

「……何だ?」

「──柊夜様からの、愛の言葉?です」

「ゴホッ、ッ!?」

柊夜は、サイドテーブルに置いてあった飲みかけの水を盛大に吹き出しかけた。

「は、はあ!?」

「ですから。私への、真っ直ぐな愛の言葉を、今ここでいただきたいのです」

顔を真っ赤にしながらも、絶対に退かないという強い意志を宿した桃色の瞳。

その真っ直ぐな視線を受け止め、柊夜は小さくため息をつき──観念したように、

微笑んだ。 起きた早々これか、と思いながらも、

これこそが自分の求めていた愛おしい日常なのだと、胸が熱くなる。

柊夜は絢芽の小さな手を、両手でそっと包み込んだ。

「……絢芽」

「はい」

「好きだ。──俺と、結婚してくれ」

一瞬の静寂の後、絢芽の瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

けれど、その顔には、世界で一番幸せな満面の笑みが咲き誇っていた。

「──っ……。はいっ、喜んで……!!」

……ここから先に何があったのかは、わざわざ語るまでもなく、

君の想像がつくだろう。

里長と両親に盛大な冷やかしと共に許可をもらい、婚姻届を提出し、

その後二人がどれほど温かく幸せな家庭を築いていったか。

その幸せな惚気話は、また今度の機会としよう。

氷と花が織りなした、長きにわたる因縁の物語は、ここで静かに幕を閉じた。



では、最後に君に問おう。

「この物語は、一体どんな話だったのか?」と。

当事者たちに尋ねれば、きっとバラバラな答えが返ってくるはずだ。

柊夜は「残酷な人殺しの物語だ」と静かに語り、

絢芽は顔を赤くしながら「絶対に、至高の恋の物語です!」と胸を張り、

氷雨は苦笑しながら「叶わぬ復讐の物語だろ」と笑い、

鏡花はどこか遠くを見つめて「初めて絶望を味わった物語でした」と呟く。

では──ここまで彼らの旅路をずっと見守ってきてくれた、

画面の向こうにいる「君」は、この物語をどう考えるだろうか。

この物語は、君たちが生きる「今」とどこか似ていて、

けれど、決定的にどこかが違う──そんな、世界の物語。



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