表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者誓約譚  作者: 冬泉アオイ
《氷花の詩》第八章「闇は消え、氷の花は咲き続けました。いつまでも」
PR
41/43

第二話「四代目による氷花の詩」

かつてこの総本殿を包み込んでいた、

悲しみと絶望に暮れる二人は、もうそこにはいなかった。

柊夜は「氷河」を真っ直ぐに構え、

絢芽は優美に、しかし一片の隙もなく扇「桜蘭」を開く。

二人の瞳に宿るのは、一切の揺らぎがない、

ただ目の前の悪を討ち果たすという覚悟があった。

そんな二人の様子に呆れたのか、

冥は小さくため息を漏らした

「はあ……。もう、お別れの言葉は十分に伝えたのかい?」

挑発するような、冷たい口調。

だが、今の二人にとって、そんな揺さぶりなど何の意味もなかった。

時間を巻き戻してまで繋ぎ止めた二人の意志は、

今や何よりも強固に結ばれている。

「それを言うのならば──お前がこの世界に残す、最期の言葉の間違いだろ?」

柊夜が冷徹に言い返す。

「残念」

冥はその一言だけを落とすと、闇の力を纏って二人へ近づいた。

空間を歪めながら襲い来る、闇の神器による斬撃。

一撃一撃にすべてを呪うような悍ましい力が籠められている。

しかし、大切な者を一度失い、覚悟を決めた今の柊夜に、

そんな小細工はもう通用しない。

キィィィィンッ!!!

真っ正面から闇の黒刀をねじ伏せる、柊夜の重い一撃。

予想外の反撃に冥は距離をとった。

その最中、絢芽の脳裏には、記憶が鮮烈に蘇っていた。

それは戦いが始まる直前、氷と花の主従が列車を降り、

柊夜と共に北部へと向かっていた道中のことだ。

ピリリリリリリリリ──。

突如として、絢芽の懐にある携帯電話から緊張感のない着信音が鳴り響いた。

「ええと……、柊夜様。里長からです……」

「ん? この状況だし、出ればいいだろ?」

「う、はい……」

柊夜は何か歯切れの悪さを感じていたが、絢芽はあからさまに嫌そうな顔をしながら、渋々電話に出た。

「はい、絢芽です……」

『絢芽さん、元気にしていますか? 柊夜さんとなにか進展はありましたか?

いつ私に嫁入りの報告を届けてくれるのかしら──』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、悲劇のような国都の戦場とは真反対にある、

のんびりとした、しかしどこか悪戯っぽい優しい声。

一瞬で顔を真っ赤にした絢芽は、照れ隠しなのか里長の言葉を激しく遮った。

「う、う、うるさいです、もうっ!!」

『あらあら、怒られてしまいましたか。相変わらず余裕がありませんね』

「……で、なんの要件ですか、里長」

『あら? いつもなら私のことを『ひいおばあちゃん』って

可愛らしく言ってくれるのに、冷たいわねえ』

「なんでもいいから早く要件を…… はあ…」

絢芽は思わず深い不いため息をこぼした。

(これだから、電話には出たくなかったんです……!)

里長に伝わらないよう、

柊夜に向けて「助けてください」と必死に身振り手振りで伝える絢芽。

だが、柊夜の理解力の問題か、

それとも絢芽のジェスチャーの表現力が低すぎるのが問題なのか、

柊夜は小首を傾げるだけで何も伝わっていないようだった。

『それで、そうそう、要件でしたね。今、お隣に柊夜さんはいます?』

「ん? ええ、いますよ?」

『スピーカーモードにしてもらえますか?』

「? はい、わかりました」

絢芽は首を傾げつつも、柊夜にも声が聞こえるように通話をスピーカーに切り替えた。

「こんばんは。今世の氷の継承者、冷泉──」

『ああ、そういう堅苦しい挨拶は大丈夫ですから。

時間もないですし、さっさと本題を伝えますね?』

花の里長は、柊夜の真面目な挨拶を小気味よくぶった切り、話を続けた。

『改めまして。花の隠れ里の里長、または──初代花の継承者『花菱優佳』です。

以後お見知りおきを』

「は、はい」

(いや、今さっき挨拶はいらないって言ってなかったか?)と、

柊夜の心がツッコミを入れた瞬間、優佳の声が真剣味を帯びる。

『あなたたち、今日、氷柱さんのところへ行きましたよね?』

「え、ええ。初代氷の継承者の方ですよね?」

『ええ。そして、あの人から『共鳴奇術』を教えてもらったとか』

「は、はい。そうです、が……」

柊夜が恐る恐る答えると、受話器の向こうの初代花守護官は、

呆れたようにため息をついた。

『あのバカが、一番肝心なことを伝え忘れていたらしいので、私が代わりに伝えますね

えっと…―『柊夜、花菱の娘。お前たちの奇術はまだ完成していない。

その未熟な詠唱から練り直せ』……ですって』

「「えええっ!!!?」」

驚くほど綺麗に、二人の声が重なった。

『ふふ、息ぴったりですね!

やっぱり花が氷を愛するのは、逆らえない呪いのようなものなのかしらねえ?』 「──さようならっっ!!」

羞恥とからかいに耐えきれなくなった絢芽が、

勢いよく通話終了ボタンを押して電話を切った。

そして、半分涙目になりながら柊夜を振り返ったのだ。

「わかりますか?! これだから、あの人の電話には出たくなかったんですよ……!」 「あ、ああ、わかったから。一旦落ち着こうな、絢芽」

柊夜は両手を挙げて絢芽に深呼吸を促した。

「しかし、あの詠唱を練り直せ、か……」

「個人的には、あれで完璧に完成したと思ったんですけどね……」

「どうするか……っ! ──なっ、北部が襲撃されただと!? 絢芽、行くぞ!」

「は、はいっ!」

……。

そうして、慌ただしく戦場へと駆り出され、今に至る。

(それっきり、詠唱について二人で相談できずじまいだったんですよね)

傍から見れば、ぶっつけ本番の未完成の奇術を放とうとする、

あまりにも無謀でおかしい状況。

しかし、固い絆で結ばれた今の二人には、そんな不安など関係なかった。

言葉を交わさずとも、今ならわかる。

初代の継承者たちが伝えたかった、

四代目である自分たちの「共鳴」の形が。

冥が、二人の放つただならぬ気配を察知し、大きく距離をとった。

この好機を逃すような二人ではない。

見つめ合う水縹色と桃色の双眸。

打ち合わせなど一切していない、魂の詠唱が、総本殿の夜空に響き渡った。

「──『氷は涙を流し、孤独を恨んだ』」

柊夜の声が響き、美しく重奏を奏でる。

「──『花は寂しさに耐えられず、救いを求めた』」

絢芽が凛とした声で続ける。

言葉など交わさなくても、お互いの目を見れば次に紡ぐべき言葉が魂に流れ込んでくる。 自然と、愛おしい旋律が唇から零れ落ちていく。

「「『『そんな二人は嘆き、苦しみ、互いを求めた』』」」

「っつ!まさか!!!……、させるかああああああ!!!!」

その詠唱から放たれる幻力の膨張に、

冥が初めて本物の恐怖に満ちた悲鳴を上げ、形振り構わず突っ込んできた。

だが、二人の言葉は止まらない。

いや、世界の誰も、もう止められない。

「「『『孤独の絶望は、愛で満たされた』』」」

微かな光と共に、一本の小さな苗木が二人の背後の空間に音もなく現れた。

「「『『この愛は溶けず、散りもせず、永遠に残り続けさせる』』」」

そして、運命を完全に変える、最後の一節が解き放たれる。

「「『『氷は彩り、花は歌う。空に響くは恋の詩──』』」」

「「──共鳴奇術『『氷花の詩』』!!!!!!」」

言い放った言葉と共に、四代目の柊夜と絢芽による、

『氷花の詩』がここに完全成就した。

二人の背後にあった苗木が一瞬にして急成長を遂げ、

美しく神秘的な「氷桜の大樹」へとその姿を変貌させる。

冥は直感的な死の危険に身を震わせ、必死に距離をとろうとするが、

もうすべてが遅すぎた。

「ああ! ぐあああああああああああああッ!!!!」

大樹から解き放たれた無数の花弁が冥の肉体を凍らせ、焼く。

同時に舞い散る葉が冥の闇の幻力を清らかに霧散させていく。

しかし、この共鳴奇術の効果は、ただの浄化だけではなかった。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「っ!!!!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

その瞬間、東西南北の各地での死闘を終え、

ボロボロになりながらも中央部へと這うように向かっていた

合計十八人の戦士たちを、奇妙な異変が襲った。

彼らの身体に深く刻まれていた凄惨な傷が、

枯渇していたはずの幻力が、

さらには破れた服までもが──まるで時間が逆行するように、

修復され、再生し始めたのだ。

「これは……いったい……?」

正面防衛線を死守していた宗星が、自身の掌を見つめながら唖然と言葉を漏らす。

(まさか、あの二人だというのか? いや、馬鹿な。

傷の治療はおろか、服の修復や幻力の完全譲渡なんて、

そんな術、歴史上聞いたこともないぞ……!)

「柊夜……、絢芽ちゃん……」

総本殿の広場で、冥を除いて最も間近でその光景を目撃した大地は、

驚愕のあまり言葉を失っていた。

大地の全身の致命傷もまた、桜の光に包まれて完全に完治していた。

(『共鳴奇術』……! なんなんだ、これは。ただの連携技なんてレベルじゃない。

世界そのものを書き換えるようなものじゃないか……)

そう。

この二人が完成させた共鳴奇術は、純粋な攻撃用ではない。

術の性質は、使用者の精神の在り方によってその姿を変える。

誰も死なせたくない、みんなで未来へ歩みたいという二人の強い精神が、

国都の仲間全員を救う奇跡の波動へと昇華したのだ。

その圧倒的な奇跡の威力だけで、闇の継承者・九条冥は地面に両膝をついた。

(ああ……、視界が霞む。僕の命のが、消えていく……。

僕の、復讐劇も……ここまで、か……)

だが、冥はそれでも、執念だけで辛うじて立ち上がった。

しかし、その姿はすでにボロボロで、

今なお立っていること自体が奇跡のような、悲惨な状態だった。

「「柊夜! 絢芽ちゃん!」」

その時、総本殿の四方八方のあらゆる方角から、

聞き馴染みのある声が一斉に響き渡った。

回復を遂げた宗星や鏡花、氷雨をはじめとする、国都のすべての戦士たち

──二十人全員が、ついにこの中央部へと戻り、集結したのだ。

勝負は決した。

「……これで、おしまいです」

絢芽は静かに扇を振るい、地面から強固な茨の蔓を出現させ、

身動きの取れない冥の身体を完全に拘束した。

「うっ……、がっ……」

冥は呻き声をあげ、なおもその濁った瞳で抗おうとする素振りを見せる。

だが、その手にある闇の神器は、すでに完全に光を失っていた。

「こいつも、腐っても『継承者』か。

しぶといな……。仕方ない、その身に宿る幻力の回路を凍結させる」

柊夜が「氷河」の刀身を冥の肩へと突きつけると、

「氷河」を通して柊夜は凍結の術式を流していく。

「はっ……!」

冥の口から短い悲鳴が漏れ、彼の中から、禍々しい闇の気配が完全に消え去った。

「あとは、政府の連中に任せよう。──俺たちの戦いは、これで終わりだ」

柊夜が、静かに、しかし確固たる言葉で全てを締めくくった。

この『灰燼』による未曾有の国都襲撃事件は、

負傷者多数、建物の損壊などの重軽傷様々な被害を出したものの

二人が起こした奇跡により、最終的な『死傷者はゼロ』という、

奇跡的な結末を迎えた。

この後、

唯一の心の拠り所であった『闇の継承者』という最大の後ろ盾を失った

テロ組織『灰燼』は、みるみると衰退し、やがて完全に壊滅した。

二百年の因縁を越えた、闇との過酷な戦いは

─今ここに、最高の形で幕を閉じたのだった。



はあ、

疲れた。

次で氷花の詩は終わりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ