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継承者誓約譚  作者: 冬泉アオイ
《氷花の詩》第八章「闇は消え、氷の花は咲き続けました。いつまでも」
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第一話「唯一無二の存在」

「絢芽っ……! ごめん、ごめん……っ!!」

柊夜の声は、震えていた。

あの氷のように冷徹で、周囲を圧倒するような威厳に満ちた声音は、

今の彼にはどこにもなかった。

『氷の継承者』という重荷も、最強としてのプライドも、

すべてがどこかへ吹き飛んでいた。

ただただ、一人の男として。

一人の、恋人を狂おしいほどに愛する人間として、彼は涙とともに言葉を紡いでいた。

「俺は……何もできなかった……!

継承者としての覚悟も、

絢芽と未来を歩むための覚悟も、

戦い方も……!

全部、全部、すべてがダメだった……!!!!」

言葉を絞り出すたびに、視界が涙で歪む。

胸を貫かれ、自分の腕の中で確かに冷たくなっていった最愛の少女の温もりが、

今、奇跡のように目の前にある。

その事実だけで、柊夜の胸は張り裂けそうだった。

己の無力さへの悔恨が、大粒の涙となって白銀の雪原へと零れ落ちる。

そんな愛おしい人を、絢芽は愛おしそうに、抱きしめ返した。

「いいえ……私のほうが、できていませんでした」

絢芽の細い腕が、柊夜の背中に回される。

衣服は切り裂かれたままだが、その肌には傷一つなく、

確かな心臓の鼓動がドクン、ドクンと柊夜の胸に伝わってくる。

「敵の思惑を見誤り、隙を見せて、命を奪われてしまった……。

柊夜様を、あんなにも苦しませて、絶望させてしまった。

悲しませてしまい、本当に、ごめんなさい……」

「なんで……なんで、絢芽が謝るんだよ……っ」

柊夜はもう、それ以上何も言えなかった。

絢芽もまた、静かに微笑むだけで、言葉を重ねることはしなかった。

ただ、世界で一人しかいない二人は、

互いの肌の温もりを確かめ合うように強く抱きしめ合い、

自分たちの再会に心から喜び、泣き、そして己の至らなさを悔いていた。

だが──ここはまだ、硝煙と血煙の渦巻く戦場だった。

「くっっ……、あぁっ……!」

重々しい呻き声が、激しい金属音とともに響く。

冥の猛攻を正面から受け止めていた大地が、苦悶の声を漏らした。

大地は腐っても、あるいは死に体であっても『土の継承者』だ。

その実力と、仲間を護るという執念は本物だった。

大地の持つ太刀『砂礫』が放つ重厚な一撃は、

あの九条冥を相手にしても一歩も引かず、むしろ攻め立てるほどの威力を発揮している。

しかし、先の戦いで負わされた傷はあまりにも深すぎた。

肉体の限界を精神力だけで引き延ばしているに過ぎない。

「柊夜……っ、絢芽ちゃん、ごめん……っ!

あんま、長くは時間……稼げない、かも……っ!」

大地の悲痛な叫びが、二人の世界を現実に引き戻す。

柊夜はハッと顔を上げた。ずっと泣いているわけにはいかない。

愛する人が繋いでくれたこの命を、

戦友が命懸けで守ってくれているこの時間を、無駄にするわけにはいかない。

柊夜はそっと手を伸ばし、絢芽の頬に伝う涙を指先で拭った。

それに呼応するように、絢芽もまた、柊夜の目元に溜まった涙を優しく拭う。

二人はこつんと、お互いの額を合わせた。

視線が至近距離で交錯する。

「柊夜様、大丈夫ですか?」

「ああ……。取り乱して、すまなかった」

柊夜の声から震えが消え、いつもの、静かで確固たる口調が戻ってきた。

瞳には、先ほどまでの絶望の闇ではなく、

澄み渡るような決意の光が宿っている。

二人は同時に、石段の上を睨み据えた。

ドンッ!! と激しい衝撃音とともに、

大地が冥との打ち合いを強制的に終わらせ、大きくバックステップを踏んで退いてきた。

大地の全身の傷口からは再び血が滲み、肩を大きく上下させている。

だが、その表情には微塵の悲壮感もなかった。

親友たちの『復活』を、その眼で確かに確認したからだ。

「……あとは、任せてもいいかい?」

信頼と安心に満ちた大地の声。

「「はい」」

柊夜と絢芽の声が、完璧に重なった。

もう、先ほどまで絶望に暮れていた二人はどこにもいない。

過去の因縁がどうあろうと、世界のシステムがどれほど歪んでいようと、関係ない。

ただ、自分が命を懸けてもいいと思える愛しい人が、今、隣にいる。

その厳然たる事実だけで、

二人の身体には無限の幻力が、爆発的な闘志が満ち溢れていく。

「行くぞ、絢芽」 「はい、柊夜様」

二人は並んで歩み出す。 白銀の結晶が、桃色の花弁が、戦場を舞う。

この地に佇む闇に抗い、

今度こそ二人の、そして皆の未来に平和を齎すために──。


てえてえ。


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