第七話「覚悟」
激突する「氷」と「闇」。
その余波によって、総本殿の美しい広場は原型を留めないほどに
破壊されていた。
「あはははは! 凄いね、凄いよ君は!
理性を捨て、ただの獣になった君は、さっきまでより遥かに僕を愉しませてくれる!」
冥の狂った笑い声に、柊夜は応えない。
ただ、その瞳からはハイライトが完全に消え失せ、
底知れない殺意だけが渦巻いている。
氷河から放たれるのは、もはや美しい氷ではなく、
触れるものすべてを凍らせる凍結の結晶。
己の肉体が軋み、血を流すことすら認識していない。
そんな破滅的な死闘から離れた片隅。
時の継承者・久遠皓は、静かに金色の懐中時計を掲げていた。
「ここ全体の時間を巻き戻すのは、さすがに時の神様が許してくれない。
……だけど、君だけの『時間』なら、僕の独断でどうにでもなる」
皓の静かな声と共に、彼の周囲に無数の金色の歯車が顕現し、
カチカチと音を立てて噛み合い始めた。
彼が発動した術式──それは、世界をやり直すタイムリープではない。
花菱絢芽という一人の人間の「肉体」と「魂」の時間だけを
強制的に過去へと逆行させる、歴史への反逆だった。
ただ、このような強い技は燃費が悪いのが通常。
その例に当てはまるように零の『コレ』も絶大な幻力を奪われる。
もともと瀕死寸前の人間ができる芸当ではない、が。
彼は敷島の『継承者』
精神力は常人の数倍以上。
精神だけで大技を放つこともできる。(はず)
時は動いた。
「──『時層回帰』──」
皓が懐中時計の竜頭を逆方向にカチリと回した瞬間、
絢芽の遺体を眩い金色の光の奔流が包み込んだ。
タッ、タッ、タッ、タッ……。
時計の針が動くような音が響く。
その軌跡と同時に皓から血が落ちた。
今日中に何度も過去へ行っているのだ。
幻力も体力も体も限界なはずだった。
だが、皓は術式を組み続ける。
死ぬ可能性もあるにも関わらず。
光が絢芽の全身を駆け巡り、術式が完成した。
次の瞬間、信じられない光景が始まった。
雪原に流れ出していた絢芽の鮮血が、
全てを無視して彼女の身体へと吸い込まれるように戻っていく。
胸元を無残に貫いていた致命の傷口が、
時間を逆再生するように肉を繋ぎ合わせ、瞬く間に白い肌へと塞がっていった。
そして、肉体の時間が「傷を負う前」まで巻き戻ったその瞬間。
世界の狭間に消えかけていた彼女の「魂」の時間が、
強引に現世の肉体へと引き戻され、
ガチリと噛み合った。
「……っ、はあぁッ!!!?」
絢芽の口から、猛烈な酸素を求める悲鳴のような呼吸が漏れた。
失われていた瞳に鮮烈な光が戻り、止まっていた心臓がドクン、と力強く脈打ち始める。
「な……私、は……?」
絢芽は自分の胸に手を当てた。
衣服は切り裂かれたまだが、そこには血もなければ、傷一つない。
「おはよう、絢芽。」
呆然とする絢芽の前に、皓が血を拭きながら淡々と告げた。
「皓、くん……? なんで、ここに……。それに、私は確か九条に刺されて……」
「君は一度、確かに死んだよ。
僕は君の身体と魂の時間を数分前──君が元気だった頃に巻き戻して、
強引に生き返らせたんだ。……まあ、僕の気まぐれさ」
皓の言葉を聞いた瞬間、絢芽の脳裏に「最期の記憶」が鮮烈に蘇った。
自分が倒れた後のこと、傷つき狂っていく愛しい人の姿が。
「──柊夜、様……っ!!」
絢芽は弾かれたように顔を上げ、広場の中央へと視線を走らせた。
そこにいたのは、かつて見たこともないほどに狂い、
理性を失って刀を振り回す柊夜の姿だった。
服は引き裂かれ、全身から血を流しながら、
獣のような咆哮を上げて冥に斬りかかっている。
「……ひどいものだろう?」
皓が静かに、破壊されていく戦場を見つめながら言った。
「彼は君を失ったことで、完全に壊れてしまった。
今の柊夜を動かしているのは、
敷島を護る使命感でもなければ、君との未来を望む意志でもない。
ただ目の前の男を八つ裂きにするためだけの、殺意だ。
このまま戦いが続けば、相打ちになるか、あるいは彼の身体が内側から崩壊して死ぬ
最も、この戦いで敷島は滅びるはずだった。」
「そんな……っ!」
絢芽の胸に、張り裂けんばかりの痛みが走る。
柊夜は、自分のために狂ってくれたのだ。
自らの死が、彼からすべての理性を奪い去るほどに、彼は自分を愛してくれていた。
「……皓くん、私を生き返らせてくれて、本当にありがとうございます」
絢芽はふらつく足で、しっかりと大地を踏み締めて立ち上がった。
その手には、主の復活に呼応して再び瑞々しい幻力を放ち始めた扇「桜蘭」がある。
「今の柊夜様を止められるのは、私だけです。──行ってきます」
「手短にね。いくら時間を巻き戻したとはいえ、君の力は万全じゃない」
「ええ、一瞬で終わらせます!」
タッ!!! と、絢芽は銀世界を全力で駆け出した。
目指すは、氷と闇の嵐が吹き荒れる中心地。
理性を失った柊夜の「氷河」が、冥の黒刀と激突し、
凄まじい衝撃波を撒き散らしている。
冥はその柊夜の狂気的な猛攻を前に、初めて悦楽ではない、
本物の生命の危機を感じて冷や汗を流していた。
「ちっ、本当に化け物だな君は……! 心臓を潰されても動くんじゃないのか!?」
冥が防戦一方になりながら黒刀を振り抜こうとした、まさにその一瞬。
「──柊夜様ーーーーーーッ!!!」
戦場に、届くはずのない、
しかし誰よりも恋焦がれた少女の凛とした叫び声が響き渡った。
「──は?」
その声を聞いた刹那。
理性を失い、ただの殺戮人形と化していた柊夜の動きが、ピタリと止まった。
脳が認識するよりも早く、彼の魂が、心臓が、
その最愛の声を拒絶することなどできなかった。
「……あ、や……め……?」
ゆっくりと振り返る柊夜。
その視線の先には、傷一つない姿で、涙を流しながら真っ直ぐに自分へと走ってくる、
絢芽の姿があった。
「私はここにいます! 生きています!
だから……だからもう、そんな悲しい戦い方はしないでください……!」
「……生き、て……?」
柊夜の瞳に、微かな、しかし確かな正気の光が戻り始める。
だが、その最大の隙を、闇の継承者が見逃すはずがなかった。
「──あはは! よく分からないけど、生き返ったならもう一回殺すだけだ!!」
冥の顔に、邪悪な、そして最悪の笑みが戻る。
完全に動きの止まった柊夜の無防備な首元をめがけて、冥の黒刀が神速で突き出された。
「しま──」
正気に戻りかけた柊夜では、その反応速度の遅れをカバーしきれない。
「させると思ったのかい、」
優しく、実直で、そして絶対的な安心感のある声。
その声と共に、冥の凶悪な斬撃を何かが正面から受け止めた。
先の戦いで致命傷を負い、倒れていたはずの土の継承者──磐木大地。
その不動の双眸は死んでいない。
彼の左手には、太刀「砂礫」が固く握られていた。
ガギィィィンッ!!!
「チッ、立ち上がるのか、この男は……!」
冥が忌々しげに距離を取る。
「柊夜!!聞こえるか。絢芽ちゃんと話してこい!この戦場は貰い受ける!!」
「っ、ああ。大地、頼む、、、」
柊夜は戦線から離脱し、絢芽に駆け寄った。
「……絢芽。本当に、絢芽なのか……?」
絢芽に触れる柊夜の身体は、小刻みに震えていた。
全身の傷から血を流し、ボロボロになりながらも、
彼は絢芽の温もりを確かめるように強く、強く抱きしめる。
「はい、柊夜様。私はここにいます。あなたの隣に、ずっといます」
絢芽は柊夜の胸に手を当て、生命の幻力を流し込んで彼の傷を癒やしていく。
最愛の人の復活。
それによって、柊夜の「理性」と、揺るぎない「覚悟」が、戻ってきた。
戦区の端で見守る久遠皓。
時間を超えた奇跡の末に、
氷と花は、今度こそすべての因縁を断ち切るための最終決戦へ臨む──。
柊夜)冥、さようならのお時間だ。
冥)ぎゃあー!
☆朗報
冥、〇す!
こんな感じでよかったんだけどな




