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継承者誓約譚  作者: 冬泉アオイ
《氷花の詩》第七章「過去には決別を、現在には羨望を、そして未来には祝福を、」
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第六話「ウシナッタモノ」

「柊夜様──!!」

氷の壁を強引に破り、銀世界へと飛び出した絢芽の目に映ったのは、

肩から鮮血を流しながらも、不敵に笑う冥と対峙し続ける柊夜の姿だった。

「──絢芽? なぜここに、依織は……」

怪訝そうに振り返る柊夜。その瞳に、

微かに黒い影が揺らめいているのを、絢芽は見逃さなかった。

すでに冥の神器による『精神支配』の浸食は始まっている。

「喋らないでください、柊夜様! 今、治します……っ!」

絢芽はボロボロの身体を震わせながら柊夜に駆け寄り、その傷口へ両手を当てた。

花が持つ、生命を育む術式。

残された全幻力を注ぎ込み、花の淡い光が柊夜の肩の傷を包み込む。

肉体の治癒と同時に、彼の精神へと滑り込もうとしていた冥の邪悪な呪いが、

清らかな花の幻力によって完全に押し流され、霧散していく。

「う……っ、絢芽、お前、これは……」

柊夜の瞳から濁りが消え、完全に正気が戻る。

精神支配は、間一髪で免れた。

「……よかった。間に合い、ました……」

安堵の笑みを浮かべ、絢芽がその場に崩れ落ちそうになった─

─その、治療が終わった刹那だった。

「──あはは。素晴らしいね。でも、隙だらけだよ」

ゾク、と世界が凍りつくような寒気が走る。

絢芽の背後、冥の手から放たれたのは、

先ほど氷山をも一瞬で両断した闇の神器の一閃。

「しまっ──」

柊夜が叫び、刀を構えようとした時には、すでに遅かった。

鈍い、肉を切り裂く音が静寂を破る。

「……え?」

絢芽の小さな、掠れた声。

彼女の胸元から、漆黒の刃が突き出していた。

冥の黒刀が、柊夜を庇うようにして前にいた絢芽の華奢な肉体を、

完全に背後から貫いたのだ。

「あはは! 邪魔な守護官がいなくなって、ようやく二人きりになれると思ったのに。

先に君の大好きな人を壊しちゃった。ごめんね?」

冥が引き抜いた刀から、鮮血がしぶきを上げて雪原を汚す。

糸が切れた人形のように、絢芽の身体が地面へ倒れ込んでいく。

「絢芽……? おい、嘘だろ……絢芽!!!」

柊夜の絶叫が、銀世界を引き裂いた。 倒れる絢芽の身体を抱き起こすが、

彼女の胸からは止めどなく赤い血が溢れ出し、

その美しい瞳からは急速に光が失われていく。

「柊夜……様。ごめ、ん、な、さ…い……」

それが、彼女の最期の言葉だった。

絢芽の手が、雪原へと落ちる。

彼女の命が消えた。

手が、体が冷えてゆく。

あの恋しいはずの温もりが消えていった。

「──、───」

プツ――、と柊夜の頭の中で、何かが切れた音がした。

好きな人が、今、自分の腕の中で冷たくなっていく。

「あははは! いいねえ、その顔! 絶望に染まった君の顔、最高に美しいよ!」

嘲笑う冥。

その声を耳にした瞬間──柊夜の理性は、崩壊した。

敷島を護るためでも、未来のためでもない。

戦う理由は、ただ一つ。

(九条を、殺す。肉の一片、細胞の一つまで、跡形もなく切り刻んで殺す。)

「うああああああああああああああああああッ!!!」

咆哮とともに、柊夜の体内から、これまでの比ではない規模の冷気が爆発した。

周囲の空間そのものを絶対零度の地獄へと変えた、

理性を失い、ただの化け物と化した柊夜が、

地面が抉れる勢いで踏み込み、一閃を放った。

ガギィィィィィィィィンッ!!!!!

氷河と黒刀が激突し、周囲の氷剣が衝撃波で吹き飛ばされる。

「ははっ、凄いね! 理性を捨てたか!」と叫ぶ冥の顔に、

柊夜は構わず刀を叩きつけ、狂ったように剣を振り始めた。

引くことも、守ることも忘れた死闘。

二人は、互いの肉体を切り刻みながら血みどろの乱舞を繰り広げる。

そのあまりの激しさに、戦場は誰の手も付けられない混沌の渦へと巻き込まれていった。

──だが。

その二人の凄絶な殺し合いの最中、激しい戦闘の余波が届かない片隅。

ぽつんと横たわる、冷たくなった絢芽の遺体の傍らに。

一人の男が、姿を現した。

整った容姿に、どこか浮世離れした静かな佇まい。

その身に纏うのは、歴史の深みを感じさせる独特の幻力。

──時の継承者「久遠 皓」。

皓は、血の海に横たわる絢芽を見つめ、静かにその場に片膝をついた。

「……ひどい有り様だね」

その声は、柊夜の叫びや、冥の狂笑にかき消されるほど静かだったが、

確かな重みを持っていた。

皓はそっと、自身の懐から古めかしい金色の懐中時計を取り出す。

時計の針は、完全に静止していた。

「ここで柊夜は倒れ、この敷島は終わる。

 ―それが正史だ」

皓は絢芽の冷たくなった手にそっと触れ、懐中時計の竜頭をカチリ、

と静かに押し込んだ。

その瞬間、静止していた時計の針が、力強く刻みを始める。

チ・ク・タ・ク──。

「僕がここに現れたということは、歴史の歯車が狂ったということさ。

……さあ、始めようか。絢芽。

君の、そして彼らの未来を取り戻すための、時間逆行(やりなおし)を」

激化する氷と闇の死闘。その傍らで、時の継承者の放つ金色の光が、

静かに、しかし存在感を放ちながら絢芽の身体を包み込み始めていた──。



この話書くのつらいわ

つらい

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