第四話:継承者と守護官
ドゴォォォン……! と、
氷の壁の向こう側から、大気を激しく震わせる地響きが伝わってくる。
柊夜と九条──二世代の「最強」による異次元の激突が始まったのだ。
愛する人が背後で死闘を繰り広げている。
その事実は、絢芽の胸に焦りではなく、
ただ純粋な信頼と闘志を灯していた。
「……そちらが何人いようとも、私のやるべきことは変わりません」
絢芽は自身の扇「桜蘭」を優雅に、
しかし一片の隙もなく構え直し、眼前の『二人目の依織』を静かに見据えた。
「あら、ずいぶんと冷静なのね。
一人目の私が言った『あと二人』って言葉の意味、ちゃんと理解できているかしら?」
新しく現れた依織は、クスクスと肩を揺らして笑う。
その足元から立ち上る闇の幻力は、先ほど絢芽が切り伏せた一人目と全く同等、
いや、むしろこちらの出方を知っている分、より狡猾な気配を孕んでいた。
「ええ、十分に。要するに、あなたをあと二回倒せば
終わりということでしょう?」
絢芽の凛とした声に、依織はつまらなさそうに唇を尖らせた。
「おめでたい頭をしてるのね。
一回倒すだけでもあれだけ息を切らせていたくせに、
あと二回も私を殺せると思っているのかしら?
……あなたの幻力、もう底を尽きかけているんじゃない?」
依織の指摘は、半分は事実だった。
北部での戦闘、先ほどの一人目の依織との戦いで
絢芽の残りの幻力は全体の三分の一ほどになっていた。
どれほど幻力の回復速度が早い継承者といえど、
絢芽の身体には確実に疲労が蓄積し始めていた。
だが、絢芽の目は死んでいない。
「底を尽きかけているか、どうかは……。
それを今から、その身を以て確かめてみてください!」
タッ! と絢芽の足が銀世界を蹴った。
先ほどよりもさらに鋭い踏み込み。
空中を舞うように翻った絢芽の身体から、濃密な桜の結界が展開される。
「──『散華の陣』──!!」
一瞬にして、依織の周囲を旋回するように無数の桜の花弁が包み込んだ。
それは全方位からの同時多角攻撃。
逃げ場を塞がれた依織は、チッと忌々しげに舌を打つと、
漆黒のナイフを凄まじい速度で振り回し、迫り来る桜の刃を弾き落とし始めた。
キキィン、キンッ! と、闇の金属音と桜の爆散音が交互に響き渡る。
「無駄よ! 一度見た技が、この私に何度も通じると思──」
「一度見た技のまま、終わらせると思いますか?」
依織の言葉を遮るように、絢芽の声がすぐ耳元で聞こえた。
「なっ……!?」
依織が目を見開いた瞬間には、絢芽はすでに桜の嵐に紛れ、
依織の死角──真後ろへと回り込んでいた。
一人目の依織との戦いの中で、
絢芽は彼女の回避の癖、そしてナイフの可動域を完全に頭に叩き込んでいたのだ。
「これで、二人目です──!」
「桜蘭」の一閃が、依織の背中を切り裂いた。
「がはっ……!?」
鮮血が舞い、依織の身体が大きくよろめく。
絢芽は容赦なく追撃を繰り出し、その首筋を正確に捉えて真横に薙いだ。
ドサリ、と雪原に崩れ落ちる依織の肉体。
一人目と同じように、その身体はまたしてもドス黒い闇の底へと沈み、消えていく。
(──あと、一人!)
絢芽はすぐさま、次なる『三人目の依織』の出現に備えてバックステップを跳び、
周囲を警戒した。
背後か、上空か、あるいは足元の影か──。
しかし、数秒が経過しても、闇の霧から依織が姿を現す気配はなかった。
「……? 次は……!?」
緊迫した静寂が広場を包み込む。
絢芽が額の汗をぬぐい、警戒を少し緩めたその時──。
「あはははは! 引っかかったわね、小娘!」
声は、上空でも背後でもなかった。
なんと、今さっき二人目の依織が倒れ、
闇に溶けたはずの『その地面の影』から、
弾丸のような速度で漆黒のナイフが突き出されたのだ。
「しまっ……!?」
咄嗟に「桜蘭」を盾にして防ごうとしたが、完全に虚を突かれた形になった。
ナイフの一突きが絢芽の腕を襲う。
防ぎきれなかった闇の幻力の衝撃波が絢芽の華奢な身体を吹き飛ばし、
彼女は雪原の上を激しく転がった。
「うっ……、ああ……っ!」
辛うじて立ち上がるものの、絢芽の右腕からはタラリと鮮血が流れ落ち、
衣服が引き裂かれていた。
闇の霧が晴れたそこには、勝ち誇ったような、
邪悪極まりない歪んだ笑みを浮かべた『三人目の依織』が立っていた。
「私の神器の能力はね、ただ命のストックがあるだけじゃないのよ。
死んだ瞬間に、次の私の出現場所を自由に選べるの。
背後から来ると身構えていたでしょう?
残念、答えはあなたの目の前、死体の影からでした!」
依織はナイフについた絢芽の血をペロリと舐め取り、愉悦に瞳を濡らす。
「これで終わりよ。幻力も体力も限界、おまけに右腕を負傷したあなたに、
もう私を倒す術はないわ。
……一人目の私が言った『あと二人頑張ってね』っていうのはね、
あなたを絶望させるための、最高に意地の悪い『嘘』だったのよ!」
「嘘……?」
絢芽は傷ついた腕を押さえながら、息を荒くして呟いた。
「そうよ! 私の命のストックは、これで最後なんかじゃない。
あと五回、十回だって生き返られるわ!
絶望しなさい、そして冥様の闇の糧となりなさい!」
依織は完全に勝利を確信し、トドメを刺すべく、
残されたすべての闇の幻力をナイフに集束させ始めた。
ドス黒い、悍ましい刃が膨れ上がっていく。
しかし。 そんな絶体絶命の状況であるにもかかわらず、
絢芽の口元から、ふっと小さな笑みが漏れた。
「……何がおかしいの?」
依織が怪訝そうに眉をひそめる。
絢芽はゆっくりと顔を上げると、その美しい瞳で依織を真っ直ぐに見据え、
静かに言い放った。
「いいえ。あなたが今、
大慌てで『命はまだたくさんある』と大声を張り上げたことで、確信が持てました。
──やっぱり、これが最後の命なのですね。」
「なっ……!?」
依織の顔が、一瞬にして凍りついた。
「もし本当にあと何回も生き返られるのなら、
わざわざそんな嘘を明かしてまで、私を動揺させる必要はありません。
あなたが今、必死になって虚勢を張ったのは
二人目の私にあっさりと背後を取られ、殺されたことが、怖かったからなのでは?」
「うるさい、うるさい、うるさいわよッ!!」
完全に図星を突かれた依織は、金切り声を上げて激昂した。
余裕に満ちていたその表情は完全に崩れ去り、ただの狂気と焦燥に染まっている。
「口の減らない小娘がぁ! どちらにせよ、ここであなたが死ぬことに変わりは無いのよ!
──死ねぇッ!!」
依織が狂ったように地を蹴り、最大火力の闇のナイフを突き出して突撃してくる。
その速度は凄まじく、右腕を負傷した今の絢芽では、回避することは不可能に思えた。
だが、絢芽の目は、すでにその軌道を完全に捉えていた。
「……騙し合いは、私の勝ちです」
絢芽は左手で「桜蘭」を強く握り直すと、残された全幻力をその扇へと注ぎ込んだ。
狙うは、依織が突進してくるその一瞬。
氷の壁の向こうから響く柊夜の激闘の音が、絢芽の背中を強く押し出す。
二人の頭脳戦は、次の一撃ですべてが決する──。
風邪になったので更新できませんでした。
一応今は回復しているのですが、明日どうなるかはわかりません。
なので更新無くても気にしないでください。




