第一話:闇と氷花の前哨戦
誓いの森、中央部──総本殿。
四方の防衛線から響く爆音や怒号が、嘘のように遠く聞こえる静寂の空間。
だが、そこは静謐などでは決してなかった。
天を衝くように立ち上るドス黒い『闇の幻力』の柱が、
総本殿の美しい和風建築をじわじわと侵食し、周囲の空間そのものを歪ませていた。
タッ、と同時に地を蹴り、その中心へと滑り込んだのは、
冷泉柊夜と花菱絢芽の二人だった。
「──ここまでだ、九条」
柊夜の凍てつく声が、歪んだ大気を切り裂いて響く。
二人の視線の先、総本殿へと続く石段の上
──そこに、敷島のすべてを恨み、壊滅させようとする元凶が佇んでいた。
「灰燼」棟梁であり、闇の継承者──九条冥。
指定されたその傍らには、影のように寄り添い、
主を護るようにして控える一人の女の姿があった。
冥の側近、否──。
「……お初にお目にかかります、氷と花の継承者様。
九条様が守護官──伏見依織にございます」
依織は不敵な笑みを浮かべ、闇の幻力を微かに纏わせながら静かに一礼した。
石段の上から、九条冥が濁った瞳を柊夜たちへと向けた。
その唇が、嘲笑うように歪む。
「あはは……本当に来たんだね、冷泉柊夜。
わざわざ北海洲の泥に塗れた隠れ里から、僕に殺されに、這いずり戻ってきたわけだ」
冥の声は穏やかで、しかし底知れない狂気を含んでいた。
「話し合い」と呼ぶにはあまりに殺気に満ちた、
だが互いの出方を探るような冷たい舌戦が、静かに幕を開ける。
「九条。お前の目的はなんだ。
療養中の大地の首か、それとも敷島の結界基盤そのものか」
柊夜は愛刀「氷河」の柄に手をかけたまま、微塵も視線を逸らさずに問い詰める。
「目的? そんな大層なものは、もうとっくに果たしつつあるよ」
冥は両腕を広げ、歪んだ夜空を見上げた。
「僕はね、この敷島という国そのものが不快なんだ。
過去の因縁に縛られ、
隠れ里なんていう歪な場所で子供たちを戦士として飼い殺しにするこのシステムが、
虫唾が走るほど大嫌いなのさ。
だから、すべてを灰にする。僕の『闇』で、過去も今も未来も、
すべてを等しく塗り潰してあげるためにね」
「勝手な言い分を……っ!」
絢芽が扇「桜蘭」を強く握りしめ、一歩前に出る。
「あなたの私怨のために、国都の市街地がどれだけ破壊され、
人々が恐怖しているか分かっているのですか!?
仲間を傷つけ、大地様を手にかけようとするあなたの狂行を、
私たちは絶対に許しません!」
絢芽の凛とした怒りの声に対しても、冥は退屈そうに首を傾げるだけだった。
「許さない? 面白いことを言うね、花の娘。
じゃあ、君たちの信じるその『敷島』は、
今までどれほどの犠牲の上に成り立ってきたか、考えたことはあるかい?
……冷泉、君だって分かっているはずだ。
氷の一族が、どれほど冷遇され、都合のいい盾として扱われてきたかをね」
冥の言葉は、蛇のように柊夜の心を這う。
だが、柊夜の水縹色の瞳に、揺らぎは一滴も生じなかった。
「……確かに、隠れ里に対して良い感情ばかりを持っているわけではない。
敷島の歴史が、綺麗なものだけではないことも知っている」
柊夜は静かに、しかし絶対の確信を込めて告げた。
「だがな、九条。俺には、そんな過去の泥に囚われて立ち止まっている暇はない。
俺が護ると決めたのは、敷島の古いシステムではなく
──今、俺の隣で共に戦ってくれる絢芽や、
国都の各地で命を懸けて防衛線を張っている、
大切な仲間たちの『未来』だ」
キィィィィィンッ!!
柊夜が「氷河」を引き抜く。
その刀身から放たれた圧倒的な白い冷気が、
総本殿を侵食していた闇の幻力を真っ二つに押し返した。
「お前の怨嗟はここで断ち切る。俺たちの未来の、生贄になれ」
「ふふ、あはははは! 素晴らしいね、素晴らしい決意だ!
──依織、お片付けの時間だよ」
冥の瞳が、完全に漆黒の闇へと染まる。
「わかっています。九条様。
──氷と花の美しき魂、我が主の闇の糧として差し上げましょう」
伏見依織が静かに身構え、その手から悍ましい闇の武器が顕現する。
話し合いは決裂した。 新しき力『共鳴奇術』を手にした柊夜と絢芽、
そしてすべてを飲み込もうとする闇の主従
──敷島の命運を分ける最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。
vs闇編!
がんばるわ




