第五話:花と氷の前奏
「ハハハ! 氷の継承者がしゃしゃり出てきたか!
だが、この結晶体があらゆる術式を吸収し、
お前たちの幻力を肉塊に変えることに変わりはないわぁッ!」
灰燼の兵が狂ったように叫び、再び特殊相殺重機の結晶体を赤黒く発光させる。
日奈と千夜の光を吸い上げ、さらに柊夜の放った氷壁の魔力をも貪り喰おうと、
結晶体が不気味に脈動した。
「──術式を吸う、か。面白いな。」
柊夜は微塵も動じることなく、「氷河」の柄に手をかけた。その瞳は冷徹そのもの。
そして、隣に立つ絢芽と視線を交わす必要すらなかった。
魂のパズルが噛み合った今の二人には、言葉など不要。
互いの呼吸が、完全に一つの波長としてシンクロしている。
絢芽が美しく跳躍し、空中へと躍り出た。
彼女が扇「桜蘭」を大きく一閃した瞬間、
北部の森に異様なほどの濃厚な花の香りが立ち込める。
「──『蒼月の夜桜』──!!」
ドッ、と爆発的な勢いで吹き荒れたのは、数万、数百万という圧倒的な密度の、
光り輝く桜の花びらだった。
月の光を反射し、敵の視界を封じさせた。
「うおっ!? なんだ、前が見えん……っ! どこだ、どこにいる!?」
灰燼の兵たちが、突如として視界を埋め尽くした桃色の嵐に大混乱に陥る。
重機のセンサーや目となる照準器のレンズにも、
桜の花びらが容赦なくこびり付き、完全にその視界を封じられた。
術式を吸収しようにも、
あまりに広範囲かつ多すぎる桜の粒子に結晶体の処理が追いつかず、
重機はただ不気味な警告音を鳴らすことしかできない。
次の瞬間、地を這うような冷気が、桜の嵐を瞬時に凍りつかせながら駆け抜けた。
柊夜の身体が、一筋の「白い閃光」と化す。
その踏み込みは、音を置き去りにした。
柊夜は「氷河」を静かに引き抜いた。
術式を吸収する結晶体が、目の前に迫る。
それが柊夜の冷気を吸い込もうと、赤黒い光の渦を巻いた
──その瞬間、結晶体そのものが、
根元からミキミキと不気味な音を立てて凍りつき始めた。
「吸うのが先か、凍りつき、砕けるのが先か……試してみろ」
極限まで圧縮された柊夜の冷気は、吸い込まれるよりも早く、
結晶体の分子構造そのものを瞬時に『凍結』させ、
その機能を停止させたのだ。
キィィィン──。
世界の音が消えたかのような、美しい静寂の直後。
柊夜の横一文字の抜刀が、完全に凍りついた結晶体を、
そしてその後ろにある重機の巨体ごと、真っ二つに両断した。
パリィィィィィンッ!!!!!
ガラスが砕け散るような、あまりにも綺麗な音が響き渡る。
術式を吸収していた灰燼の最新鋭重機は、爆発することすら許されず、
ただの「凍った鉄の塊」として左右に泣き別れ、
そのままサラサラと白い雪の粒子となって崩壊していった。
「ば、化け物か……っ! 特殊重機が一撃で……!?」
丸腰になった灰燼の兵たちが、恐怖に腰を抜かして地面にへたり込む。
その中心に、柊夜は静かに「氷河」を納刀し、絢芽がその隣にふわりと着地した。
共鳴奇術という切り札を使うまでもない。
ただ互いの長所を完璧に噛み合わせただけの、圧倒的な蹂躙だった。
「日奈、千夜。立てるか」
柊夜が振り返り、未だに呆然としている二人に声をかける。
「う、うん……凄いね、二人とも。なんだか、前よりもずっと……」
日奈が駆の槍を支えにしながら、なんとか立ち上がる。
その瞳には、かつてないほど固い絆で結ばれた二人の姿が焼き付いていた。
千夜もまた、感動に瞳を潤ませながら、愛弓「天弓」を拾い上げる。
しかし、戦場に感傷に浸る時間はなかった。
国都の中央部──総本殿の方角から、
これまでとは比較にならないほどの禍々しい『闇の幻力』が、
天を衝くように立ち上るのが見えたからだ。
「──チッ、九条の本隊が中央に現れたか」
柊夜がそちらを睨みつけ、表情を険しくする。
「日奈ちゃん、千夜ちゃん。私たちはすぐに、九条のところに向かいます!」
絢芽が二人の手を取り、自身の幻力を少しだけ分け与えながら力強く言った。
「ここはもう、敵の親玉が消えました。
雑兵だけなら、二人の力で十分に抑え込めるはずです。
──この北部、任せてもいいですか?」
その絢芽の信頼に満ちた言葉に、日奈と千夜は顔を見合わせ、そして強く頷いた。
二人の継承者の瞳には、先ほどまでの絶望や弱気は一切消え失せ、
敷島を守るという強い「覚悟」が戻っていた。
「うん、任せて! 絢芽ちゃんたちが前を向いて戦えるように、
この後ろは、私たちが絶対に死守するから!」
日奈が光槍を強く握り直す。
「はい! 大地様の救護室には、指一本触れさせません。
……柊夜様、絢芽様、大地さんの仇を、
私たちの代わりに討ち果たしてください!」
千夜が「天弓」を引き絞り、残った灰燼の兵たちを鋭く見据えた。
最高のバトンタッチだった。
背後を信頼できる仲間に託し、柊夜と絢芽は再び前を向く。
「行くぞ、絢芽。次が本番だ」
「はい、柊夜様……っ!」
二人は同時に地を蹴り、桜の花びらと白い冷気の残像を残しながら、
激戦の渦巻く中央部──総本殿へと向かって、
全速力で突風のように駆け抜けていくのだった。
さあ、最終決戦へと…
行かないんだなこれが。
誰か忘れてないか?




