第三話:『氷花の詩』
「九条、冥……ッ!?」
精神時空の「過去の記憶」の中で、
大人の姿のまま傍観者として立つ柊夜と絢芽は、その凄惨な光景に息を呑んだ。
炎上する花の隠れ里。倒れ伏す大人たち。
その中心で、幼い絢芽は恐怖に震え、巨大な桜の木の下で蹲っていた。
そして、任務か何かで偶然里を訪れていた少年時代の柊夜が、
ボロボロになりながらも愛刀を構え、幼い絢芽の前に立ち塞がっていたのだ。
「無駄だ無駄だぁ! 貴様らの術式など、俺の闇の前には全て無力!」
九条冥の圧倒的な暴虐。
少年・柊夜の放つ氷の魔術は、冥の赤黒い刃によって文字通り「消され」ていく。
現役の継承者すら圧倒する化け物を前に、子供の二人が敵うはずもなかった。
冥の刃が、二人をなぶり殺しにしようと振り下ろされる──。
──その刹那、空間が凍り付いた。
『──そこまでだ、狂人が』
絶対的な威圧感とともに現れたのは、長い白髪を翻した男
──『氷の隠れ里』の里長、雪松氷柱だった。
当時の雪松は、圧倒的な「初代の力」をもって九条冥を退け、
間一髪で二人の命を救ったのだ。
しかし、事件はそこでは終わらなかった。
九条冥が撤退した後、生き残った幼い二人は、
あまりの恐怖と、目の前で大勢の同胞が虐殺されたショックにより、
精神が崩壊しかけていた。
『雪松様……この子たちの精神が、恐怖で壊れてしまいます……!』
駆けつけた花菱の医療兵が涙ながらに訴える。
雪松は冷徹に二人を見下ろし、その冷たい手のひらを二人の額にかざした。
『致し方ないか…。この襲撃の記憶……いや、九条冥という「闇」の存在ごと、
こ奴らの記憶を封印する。都合のいい『出会いの記憶』へと書き換えるのだ。
──闇を恐れるな。ただ互いの温もりだけを覚えておれ』
雪松の放った精神氷結の魔術により、
九条冥の恐怖、里の炎上、血の海──それら全ての凄惨な記憶が凍り付かされ、
脳の奥底へと封印された。
残されたのは、ただ「雪の日に、柊夜が絢芽の手を握って救ってくれた」という、
美しく書き換えられた断片的な記憶だけだったのだ。
「そう……だったのね……」
精神時空の中で、大人の絢芽の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「私、ただ厳しかった大人たちに泣かされていたんじゃなかった。
家族を、里の仲間をあいつに殺されて
……それを、柊夜様が命がけで守ってくれていたんだ……!」
柊夜もまた、自身の白皙の拳を血がにじるほど強く握り締めていた。
「雪松のジジイ……俺たちを守るために、記憶を消したのか。初耳だぞ。」
九条冥への怒り、
そして自分たちをずっと守り続けてくれていた初代たちの深い意図を理解した瞬間、
二人の脳内を覆っていた霧が、完全に晴れ渡った。
魂のパズルが、今、完璧に噛み合ったのだ。
「皓! もういい、戻せ!!」
柊夜の叫びとともに、精神時空が激しく揺らぎ、光の中に溶けていく。
◇
「ハッ……!!」
地下儀式の間で、柊夜と絢芽が同時に大きな呼吸とともに目を開けた。
二人の瞳には、先ほどまでの迷いや拒絶反応の気配は一切ない。
ただ、澄み切った絶対の決意だけが宿っていた。
「おかえり。どうやら、真実を見つけられたようだね」
皓が安堵の笑みを浮かべて杖を下ろす。
「感謝する、皓。──零、もう一度門を繋げ。北海洲へ戻る」
「ん。いつでもいけるよ」
零が影を広げ、再び漆黒の門が出現する。
柊夜と絢芽は、迷うことなくその中へと飛び込んだ。
◇
──極寒の北海洲、『氷の隠れ里』玉座の間。
「ほう……随分と早いお着きだな」
玉座に座る雪松氷柱は、戻ってきた二人の「眼光」を見た瞬間、
フッと不敵な笑みを浮かべた。
「全てを思い出したか、小僧ども」
「ああ」
柊夜が一歩前に出る。
その佇まいは、数時間前とは明らかに異なっていた。
纏う冷気は静かで、しかし深みを湛えている。
「あの時、俺たちを救い、記憶を封印して守ってくれたこと
……それだけは、礼を言おう。
だが雪松、俺たちはもう、闇に怯える子供じゃない」
絢芽もまた、柊夜の隣に並び立ち、扇「桜蘭」を美しく広げた。
「雪松様。私たちの魂は、もう歪んでいません。
今度こそ、私たちの共鳴を受け止めてください!」
「フハハハ! 良い目になった! ならば来い、今世の継承者よ。
初代の力を超えてみせよ!」
雪松が玉座から飛び降り、両手を広げて圧倒的な幻力を解き放つ。
玉座の間全体が、吹雪に包まれる。
だが、柊夜と絢芽は、もう一歩も引かった。
柊夜が愛刀「氷河」を抜き放ち、絢芽が「桜蘭」を天へと掲げる。
「いくぞ、絢芽」
「はい、柊夜様……!」
二人が互いの手を、あの幼い日のようにぎゅっと握りしめた。
その瞬間、二人の術式回路が、一切の抵抗なく、
完璧な美しい波長で同調を始めた。
「『氷は涙を流す』」
「『花は救いを求める』」
柊夜が詠唱をはじめ、絢芽が続く。
キィィィィィン──!!!!!
部屋全体に、これまで聞いたこともないような、
美しくも厳かな「鈴の音」のような幻音が響き渡る。
柊夜の放つ至高の氷の冷気と、絢芽の放つ鮮烈な桜の幻力が、
互いを拒絶することなく、螺旋を描いて混ざり合っていく。
「「『『たった二つの渇望は全てを賭けた絶望へ挑む』』」」
それは属性の優劣を超え、互いを補い合い、増幅し合う、
無限のエネルギーの奔流。 ──十属性の壁を越える、初代の秘奥。
「「『『氷と冬はお互いを求めた、求め合った。』』」」
「「『『我らは誓う、この命、この身が朽ち果てようとも』』」」
「これが……共鳴奇術……!」
後ろで見守る氷雨と鏡花が、その圧倒的な美しさと出力に歓喜の表情を浮かべた。
氷は花を永久に枯れぬよう護り、花は氷に美しき命の彩りを与える。
二人の歩んできた絆そのものが、一つの新しい術式へと昇華していく。
「「『『この愛は溶けず、散りもせず、残り続ける。』』」」
柊夜と絢芽が、同時にその術式の「名」を紡いだ。
──共鳴奇術『氷花の詩』──!!!
ドォォォォォォォンッ!!!!!
玉座の間を中心に、隠れ里の全域を埋め尽くすように、
「氷で出来た、巨大な満開の桜の大樹」が一瞬にして咲き誇った。
雪松の放っていた絶対零度の威圧は、
その美しくも絶対的な氷花のエネルギーによって完全に包み込まれ、霧散していく。
「……見事だ」
吹雪が収まった中心で、雪松氷柱は、
自身の衣服が薄く氷結しているのを見つめ、満足そうに口元を緩めた。
「かつて我ら十人が、九条冥を屠るために編み出した合一の理。ま
さか、これほどの速度で己のモノにしてみせるとはな。
しかも、詠唱まで書き換えるとは
──冷泉柊夜、花菱絢芽……お前たちなら、
あの歴史のシミを、今度こそ完全に消滅させられるかもしれん」
「氷花の桜」がパキン、と美しく砕け散り、
光の粒子となって筑前の夜空へと消えていく。
柊夜は「氷河」を静かに鞘へと収めると、未だに握りしめていた絢芽の手を、
少しだけ強く握り直した。
「待っていろ、九条冥。次でお前は、完全に終わりだ」
最強の力を手に入れた継承者たちの、反撃の秒読みが今、始まったのだった。
結局ね、長い詠唱のものって強いんだよね、
ちなみになんだかんだで雪松は絢芽が氷に滞在することを許可してます。




