第一話:氷の隠れ里、里長『雪松 氷柱』
凍てつく吹雪が遮る、北海洲の最果て。
常人には決して見つけることのできない強固な結界の先、
白銀の世界にひっそりと佇む『氷の隠れ里』の最奥
──総白木造りの厳かな玉座の間に、冷泉柊夜と花菱絢芽、
そして二人の守護官は足を踏み入れていた。
「──久しぶりだな、柊夜。国都での甘いお遊びに飽きて、のこのこと戻ってきたか」
部屋の奥から響いたのは、すべてを見透かすような、冷酷で地響きのような声音。
そこに座していたのは、氷の隠れ里を統べる里長であり、
この瑞月の時代において最古の絶対者──雪松 氷柱。
その姿は老人のそれではなく、
数百年もの間、時を凍らせて生きてきたかのような、凍てつく美貌を持った男だった。
「無駄口を叩きに来たわけじゃない、雪松」
柊夜は一歩前に進み出ると、水縹色の瞳で里長を真っ直ぐに射抜いた。
「筑前で磐木大地が、九条冥を名乗る男にやられた。
時の遡航によって暴かれたあいつの起源は、
初代『闇の継承者』──。
歴史から消された十一の目の席について、すべてを吐いてもらう」
柊夜の言葉が落ちた瞬間、玉座の間の空気が一瞬で「絶対零度」へと氷結した。
絢芽が思わず小さく息を呑む。
しかし、雪松氷柱は驚く風でもなく、ただ冷たい溜息を一つ吐き出した。
「……ふん。久遠の小僧が余計な真似を。
よもや、あの男の幻力の残滓を見つけて時を遡るとはな」
里長は静かに立ち上がると、長い白髪を揺らしながら、ゆっくりと階段を降りてきた。
その一歩ごとに、床の木目がバリバリと凍り付いていく。
「柊夜、お前たち現役の継承者は、
各里の里長を『ただの血族の長』だと思っているようだが……それは大きな間違いだ。
我ら十人の里長は、かつて敷島の国を興した──『初代継承者』その人なのだからな」
「──なっ!?」
氷雨と鏡花が同時に絶句し、絢芽が驚愕に目を見開いた。
数百年もの間、初代継承者本人が姿や名を変え、
隠れ里の長として現代まで生き永らえてきたという真実。
「ならば、九条冥も……お前たちの仲間だったはずだ」
柊夜の問いに、雪松は冷酷に首を横に振った。
「仲間、だと? 烏滸がましい。……あやつは『闇の力』を、
国のためではなく、ただ純粋な『快楽殺人』のために使っていた狂人だ。
力無き民を、兵を、果ては我らの血族までをもなぶり殺しにし、
敷島を血の海に変えようとした最凶の罪人。だからこそ、
当時、我ら十人の初代継承者が立ち上がり、総力を挙げてあの男を討伐した
……はずだった」
雪松の拳が、みしり、と不気味な音を立てて強張る。
「だが、奴の『闇の力』は、我らの想像を遥かに超えていた。
肉体を消滅させ、歴史からその存在の記述をすべて抹消し、
概念ごとこの世から消し去ったと思っていたが
……奴は、その濃厚な闇の幻力を使って、
数百年の間、地の底で生き延びていたというわけだ」
すべてを恨み、すべてを呪いながら、復讐の刃を研ぎ続けていたもう一人の初代。
それこそが、九条冥という男の真の正体だった。
「……事情は理解した」
柊夜は静かに愛刀「氷河」の柄に手をかけた。
その瞳に宿る怒りの炎は、里長の威圧を前にしても、決して揺らぐことはない。
「敵が初代の化け物だろうと、俺のやることは変わらない。
大地を、この敷島を愚弄した奴を、俺の氷で今度こそ完全に消し去るだけだ」
「フハハハ! 威勢だけは一人前だな、柊夜!」
雪松氷柱が突然、狂ったように笑い声をあげた。
「だが、今の貴様の出力では、九条冥の闇はおろか、
あの『反・術式兵装』の物量にいずれ押し潰される。
筑前での『氷の剣雨』、あれが貴様の限界だろう?
術式を消される恐怖を、ただの物量でねじ伏せるなど、二度は通用せん」
「……何が言いたい」
雪松は笑いを収めると、柊夜の前に立ち、
その冷たい手のひらを柊夜の胸元へと突きつけた。
「──今から貴様に、我ら初代の技『共鳴奇術』の理を叩き込む」
「共鳴、奇術……」
柊夜の呟きと共に、雪松の宿す、現代のそれとは明らかに密度が違う
「初代の氷の幻力」が、激流となって柊夜の肉体へと流れ込み始めたのだった。
雪松は柊夜に氷の能力を教えた張本人だよ
先に言ってほしかったな




