第七話:記憶
総本殿から影の転位門を使い、敷島北端──極寒の北海洲へと向かう道中。
列車の窓から見える一面の銀世界を眺めながら、
花菱絢芽は、手にした扇「桜蘭」を無意識に愛おしそうに撫でていた。
(初代、『闇の継承者』……)
会議での皓の言葉が、なぜか彼女の胸の奥をざわつかせていた。
目を閉じると、白銀の景色に重なるように、
自らの幼少期の、朧げな記憶が脳裏に蘇ってくる。
◇
花の継承者を輩出する『花の隠れ里』。
そこは、一年中美しい桜が咲き誇る、敷島の中でも特に穏やかで美しい里だった。
しかし、幼い頃の絢芽にとって、その里は決して温かいだけの場所ではなかった。
『絢芽、お前は花菱の正統なる継承者だ。冷泉の若き天才に遅れを取ることは許されん』
『敷島を護る盾となれ。私情を捨て、冷徹なる花の嵐を咲かせるのだ』
厳格な里長や大人たちから向けられるのは、
純粋な愛情ではなく、「継承者」というシステムとしての期待と重圧だけ。
幼い絢芽は、その桜の美しさが、
まるで自分を閉じ込める鳥籠のようだとさえ思っていた。
いつも一人で、里の奥にある巨大な桜の木の下で、泣くのを堪えて俯いていた。
そんなある日のこと。
『──おい。何をしている』
不気味なほど不機嫌そうに、
しかしどこか放っておけないといった様子で声をかけてきたのが、
当時から圧倒的な強さと冷徹さで周囲を恐れさせていた、少年時代の冷泉柊夜だった。
『……柊夜、さま』
『泣くなら他所でやれ。花菱の継承者がそんな顔をしていれば、
里の奴らがまたうるさく騒ぎ立てる』
ぶっきらぼうに言い放ちながらも、
少年だった柊夜は、寒さに震える絢芽の小さな手を、
自らの手でぎゅっと握りしめてくれたのだ。
──氷の一族特有の、少し冷たい、けれど不思議と芯から安心できる、大きな手のひら。
『私が、もっと強くなれば……柊夜様の、お隣にいても恥ずかしくないくらい、
立派なお嫁さんになれば、里の大人たちも認めてくれますか……?』
『……勝手にしろ。だが、お前が倒れそうになった時は、
俺がその前にすべての敵を斬り伏せてやる』
『じゃあじゃあ、私、頑張ります! 柊夜様の隣に立っても大丈夫なくらい』
『好きにしろ、ほら行くぞ』
あの時、柊夜がくれた不器用な優しさと約束があったからこそ、
絢芽は過酷な修行に耐え、
今こうして「花の継承者」として彼の隣に立つことができている。
◇
「──絢芽。おい、絢芽」
「へっ!? あ、は、はい! 柊夜様!」
ハッと意識を引き戻すと、
目の前には不思議そうに自分を覗き込む柊夜の水縹色の瞳があった。
いつの間にか、列車は北海洲の深い雪山へと差し掛かっている。
「妙に静かだと思ったら、何を惚けている。……寒ければ、これを着ておけ」
柊夜はフイッと不器用にお辞儀をするように目を逸らしながら、
自らの厚手の外套を絢芽の肩へと無造作に掛けた。
「あ……ふふ、ありがとうございます。柊夜様」
外套から香る、懐かしい雪と柊夜の香りに包まれながら、
絢芽はキュッと胸を熱くする。
幼い頃からずっと自分を支えてくれた、この冷たくて優しい手を、
今度は自分が支える番だ。
例えその先に、歴史から消されたどんな恐ろしい闇が待っていようとも。
「まもなく『氷の隠れ里』の結界境界へ到達する、柊夜。
……里長が、素直に口を開いてくれれば良いのだが」
背後に控える氷雨が、雪の積もる窓の外を見つめながら静かに告げる。
一行を乗せた列車は、すべての謎が眠る極寒の地へと、深く突き進んでいくのだった。
次回から五章入ります!
四章長え、




