第二話「花の継承者『花菱絢芽』」
氷の隠れ里から飛行機と車を乗り継ぎ、数時間。
氷の一行が到着したのは、秋津洲の山奥にひっそりと佇む『花の隠れ里』だった。
ここは花の一族の血を受け継いだ者しか入れない、文字通りの秘境だ。
北海洲の極寒とは真逆の、心地よい春の香りと桜色の花弁が風に舞っている。
車が本殿の大きな門の前に止まると、待ち構えていた里の使いの者が恭しく頭を下げた。
「ようこそお出でなさいました、氷の継承者様、並びに守護官様。
本殿の屋敷にて、我らが主、花の継承者様と守護官様のお二人がお待ちしております」
「ああ、案内と報告に感謝する」
柊夜が車から降り立ち、使いの者に短く答える。
そのまま隣を歩くスーツ姿の相棒へと、ニヤニヤとした視線を向けた。
「おい、聞いたか氷雨。よかったな、鏡花に会えるぞ」
「……柊夜、何度も言わせるな。私と鏡花殿はそのような仲ではない」
氷雨はいつものクールな表情を一切崩さず、灰色の瞳で主人を軽く睨みつける。
二人は静かに本殿への石畳を歩いていく。
「でも、本音を言えば嬉しいだろ?」
「そろそろお前の頭に拳を入れてやろうか?」
「おっと、スミマセーン」
あからさまに棒読みで謝る柊夜に、氷雨は盛大にため息をついた。
「まったく、何回目だこのやり取りは……」
呆れる守護官の後ろで、柊夜は氷雨に聞こえないような小さな声でボソリと呟く。
(まったく、鏡花殿のあからさまな思いにも気づいてないのか。この気障野郎は……)
「ん? 柊夜、何か言ったか?」
「ん、いや? 何でもない。さあ、行こう」
お互いを信頼しきっているからこその軽い口喧嘩を嗜みながら、
二人はついに本殿の厳重な門の前に立った。
隠れ里の本殿とは、代々の継承者が住まう場所のことであり、
当然ながらその警備は敷島の中でもトップクラスに厳重だ。
一族の血を引く守衛たちが周囲を固めている。
柊夜が使いの者に声をかけ、大きな朱塗りの門を開けてもらうと、
その先に二人の人影が並んで立っていた。
門が開く音に気付き、振り返った花菱絢芽と神崎鏡花の二人は、
まるで事前に合わせていたかのように息をそろえて美しい一礼を捧げた。
「「氷の継承者様、並びに守護官様。本日はようこそお越しくださいました」」
その、お互いの里の威信をかけたような完璧で格式高い挨拶に、
柊夜も継承者としての表情に戻り、静かに頷く。
「こちらこそ、急な予定変更にもかかわらず出迎えていただき感謝する。
明日の国都での会議も含め、一週間ほどこちらの里を拠点としてお邪魔させてもらう。すまないな」
「いえ! 柊夜様!! 全然問題ありません!!
ほんとはもっと、ずーっと来てくれていいのに……っ」
次の瞬間、絢芽はいつもの格式高い口調をどこかへ放り投げ、
桃色の瞳を輝かせて一歩前に出た。
「ああ、俺も色々と継承者の仕事ってものがあるからな。
そんなに頻繁には来られないさ。
……しかし、絢芽。今日の着物、よく似合っている。綺麗だな」
「へっ……!?」
ナチュラルに、なんのてらいもなく容姿を褒められ、絢芽の声が綺麗に裏返った。
「いつもの数倍綺麗だ。うん
……俺なんかのために、わざわざお洒落してきてくれてありがとうな」
「は, はい……ぅ……」
顔を一瞬で真っ赤に染め上げ、絢芽は身を縮こまらせるようにして俯いてしまった。
いつもの凛とした「花の継承者」の面影はどこにもない。
そんな主人の様子を後ろで見ていた鏡花が、意地悪く微笑んで声をかける。
「お洒落した甲斐がありましたね、絢芽様?」
「う、うるさい鏡花……っ!」
「ふふっ」
またしても縮こまる絢芽を見て、柊夜はけろりとした様子で追撃をかける。
「本当に、俺のために用意してくれたのか? ありがとう」
「うぅ、柊夜様はいつもそうやって、私をからかうのだから……っ!」
「からかってないよ、本当のことだ」
真顔で、大真面目にそう言い切る柊夜に、絢芽は桃色の目を丸くした。
もう反論する言葉も見つからない様子で、真っ赤な顔のまま、
不満そうに唇を尖らせることしかできない。
その横では、守護官同士のやり取りが始まっていた。
「さて……お変わりないようで何よりです、氷雨様」
「ああ、鏡花殿。……そちらは、先日『灰燼』の奴らに襲撃をされたと聞いたが、
大丈夫か? どこか怪我などはしていないか?」
心配そうに、氷雨がぐっと鏡花との距離を縮める。
一気に近づいた黒髪の守護官に、今度は鏡花の頬が微かに朱に染まった。
「う、はい……! 大丈夫です! あと、近いです、氷雨様……っ!」
「ん、ああ……すまない。不躾だったな」
すっと距離を取る氷雨。そんな守護官二人の様子を、
主である柊夜と絢芽はジト目で見つめ、心の中で完全にシンクロしてこう思った。
((なんで、付き合ってないんだろうな、あの人たち……))
「た、立ち話もなんですし、どうぞこちらへ!」
やっと顔の熱が引いた絢芽が、慌てた様子で二人を中に案内し始めた。
本殿の最奥に位置する、花の加護が最も色濃く満ちた大部屋──『花の間』。
そこで、花と氷の主従は、これからの敷島を揺るがす戦いに向けて、
静かに机を挟んで向かい合うのだった。
ラブコメっぽいの書くの結構楽しいって感じた




